嵯峨野観光鉄道用 DEC743も公開!って事で(;^ω^) | 鉄撮り屋

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嵯峨野観光鉄道用 DEC743も公開!って事で(;^ω^)

嵯峨野観光色のDEC743形も2両同時に報道公開されたようですが、ヘッドマーク付きの方が嵯峨野観光鉄道所属の1001号車、ヘッドマークなしの方がJR西日本所属の8号車となるそうです。

トロッコ客車の方も今後登場予定で、現状と同じく編成の一端には運転台付きの制御客車が連結。

動力車こそ1両ですがやはりプッシュプル運用になると発表されていますね。

 

では、今は知っている嵯峨野観光鉄道の車両を見てみましょう!

嵯峨野観光鉄道といえば、京都を代表する観光鉄道として多くの人に親しまれています。しかし、その線路の歴史をたどると、もともとは観光鉄道ではなく、日本海方面へ向かう重要幹線である山陰本線の一部でした。現在ではのんびりと景色を楽しむトロッコ列車ですが、その足元には長い鉄道史が刻まれているのです。

明治時代末期から大正時代にかけて、京都から山陰地方を結ぶ山陰本線が整備されました。京都から亀岡へ向かう区間では、保津峡に沿って線路が敷かれます。現在のトロッコ嵯峨駅からトロッコ亀岡駅へ向かうルートこそが、その旧線です。

少年ペペも廃線になる前に撮影しておりました!!!

保津川沿いの険しい渓谷を縫うように走るこの区間は、景色こそ抜群でしたが、鉄道運行の面ではなかなか大変でした。急カーブが多く、速度も出しにくい。蒸気機関車時代には煙がトンネル内に充満し、乗務員も乗客も苦労したそうです。

それでも長年にわたり、多くの列車がこの区間を走りました。蒸気機関車牽引の客車列車、気動車急行、そして寝台特急まで通過しました。まさに山陰本線の大動脈だったのです。

ところが昭和に入り、輸送量の増加とスピードアップの要求が高まります。そこでJRの前身である国鉄は、保津峡区間の線路を付け替えることを決定しました。

1989年、山陰本線の嵯峨~馬堀間に新線が開業します。長大トンネルを主体としたルートに変更され、列車は旧線を通らなくなりました。

これにより旧線は役目を終えます。

普通ならここで線路は撤去され、「昔ここに線路がありました」で終わる話です。しかし保津峡の絶景を惜しむ声が多くありました。

「こんな景色を捨てるん、もったいないやん!」

まさにその一言です。

そこで誕生したのが嵯峨野観光鉄道です。

1991年、旧山陰本線を活用した観光鉄道として開業しました。嵯峨駅近くにトロッコ嵯峨駅を設け、トロッコ嵐山駅、トロッコ保津峡駅を経由し、トロッコ亀岡駅まで約7.3キロを結ぶ路線としてスタートしたのです。

開業当初から人気は上々でした。

京都観光といえば寺社仏閣が有名ですが、自然を楽しめる観光スポットとして新たな魅力が加わりました。

春は桜。

夏は新緑。

秋は紅葉。

冬は雪景色。

四季ごとに違う顔を見せる保津峡は、何度乗っても飽きません。

特に秋の紅葉シーズンは大人気です。

予約開始と同時に席が埋まる日も珍しくありません。

「紅葉見に行こう」

と思ったら満席。

「ほな来年やな」

という鉄道ファンあるあるも発生します。

列車には窓のない「リッチ号」も連結されています。

自然の風を直接感じられる人気車両です。

ただし真夏は暑い。

冬は寒い。

春は花粉。

秋は最高。

人生みたいな車両です。

沿線では保津川下りの舟が見えることもあります。列車から手を振ると、船頭さんや観光客が振り返してくれることもあり、ほのぼのした雰囲気が流れます。

また、嵯峨野観光鉄道は鉄道ファンにも人気です。

もともと山陰本線旧線だったため、各所に本線時代の面影が残っています。

古いトンネルや橋梁、線形などを見ると、「ここを特急あさかぜが走っていたなあ」と想像が膨らみます。

近年は外国人観光客からの人気も非常に高くなりました。

京都観光の定番コースとして世界的に知られる存在となっています。

嵐山観光と組み合わせる人も多く、春や秋には駅構内から外国語がたくさん聞こえてきます。

ある意味、世界に羽ばたいた旧山陰本線とも言えるでしょう。

さらに安全設備や車両の改良も続けられています。

観光列車でありながら、元国鉄路線らしい堅実な運営が行われており、多くの利用者を支えています。

もし山陰本線の新線切替時に旧線が廃線となり撤去されていたら、今の嵯峨野観光鉄道は存在しませんでした。

かつて特急や急行が駆け抜けた本線が、今ではゆっくり走る観光列車として第二の人生を歩んでいるのです。

鉄道にも第二の人生がある。

人間で言えば、定年退職したあとに大人気インフルエンサーになったようなものです。

「昔は本線のエリートやったんやで」

と言いながら、今は京都を代表する観光スターとして活躍しているわけです。

山陰本線旧線時代から現在まで、嵯峨野観光鉄道は単なる観光列車ではありません。国鉄・JRの歴史、地域の観光振興、そして保津峡の美しい自然が一体となった貴重な存在です。

これからも保津川のせせらぎを聞きながら、ゆっくりと走り続けてほしいものです。急がなくてもええんです。もともと特急が走っていた線路で、今は景色を楽しむためにゆっくり走る。その贅沢こそが、嵯峨野観光鉄道最大の魅力なのかもしれません。鉄道の世界は奥深いですなあ。ほんまに。