鉄撮り屋

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撮り鉄ぺぺのブログです!
ここは、これまで撮りためてきた懐かしい鉄道写真をシェアする発信基地
「あの頃こんな車両あったな〜」「この風景いいな!」と感じてもらえたらと。
現在はX・アメブロ・YouTube・TikTok・Threadsでも発信中
よろしくお願いします

おはようございます、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます。

京都鉄道博物館で「義経」が動きましたね!

 

義経と言えば国鉄末1985.7.29-1986.3月末に梅田南ヤード跡地で展示の「IMPORT EXPRESS OSAKA」を思い出します。余剰サロ・サシ581を各国の特急の色にして展示。

先頭は義経、車内はミニパビリオンになっておりました。

少年ぺぺはアメリカのガム購入、ピンクの着色が今も脳裏に残ってます…。

 こちら数か月間、大阪駅11番線の塚本寄り、荷物列車用 切欠きホームに展示されたEF58 150に取付けられたPRのヘッドマーク。

この時期は営業運転中の117系新快速にもPRマークが付きました。

おはようございます、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます。

25年ぶり発掘ネガより 

西大津にいたら敦賀方面へ向かうキハ!

突然でビックリ!

すると1時間くらいしたら戻ってきました(笑)

敦賀ー湖東ー京都ー湖西線のどこか観光?

で折り返し西大津下車で(回送で向日町留置かな)

夕刻に敦賀へ戻ったのかな?

2回見たけどちゃんと1周はしたと思います。(笑)

1987.6.7  西大津

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます

新幹線で夜行列車運転!今から楽しみですね!

2007年頃の急行「銀河」の時刻表と比べると…。

 

「東海道ルミエールエクスプレス」

東京22:07 品川22:07 新横浜22:18 京都6:44 新大阪6:59

「銀河」

東京23:00 品川23:07-08 横浜23:25-26 京都6:43-44 大阪7:18 

 

めちゃめちゃ近い時刻設定!ちょっとあの頃を思い出しますね!

 

まぁ座席なので臨時急行「銀河51号」の雰囲気が近いかな?

 

って事で再び💦寝台急行「銀河」を…。 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます

東海道新幹線《夜発・朝着》特別列車を発表しましたね。

 『東海道ルミエールエクスプレス』

 8/8(土)22時に東京駅を出発し、翌日8/9(日)6時59分に新大阪に到着。

24時~翌6時までは岐阜羽島駅に停車し、翌朝まで車内で過ごす特別な体験が楽しめるとの事。

 

これはもうまさに臨時「銀河51号」ですね!

(「51号」は14系座席車)

って事で定期で走っていた寝台急行「銀河」の方を…。

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます

E653系 583系塗装の画像がJR東日本新潟支社Instagramに出ましたね!

結構似合ってる!これは楽しみ!

って事で…。

583系を色々と…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
イメージ 1
JR西日本は6月22日、923形「ドクターイエロー」T5編成の検測運転を、2027年1月に終了すると発表しましたね。
 
いよいよと言いますか、ついにと言いますか。
 
 
ドクターイエローT-5は、「見ると幸せになれる」と言われる特別な新幹線ですね。
 
普段は線路や架線の状態を点検するために走っているので、いつ会えるか分からへんところが魅力です。黄色い車体が遠くから見えた瞬間、「おった!」と大人でも子どもでもテンションが上がります。まさに新幹線界のレアキャラですね。
 
そんなT-5が来年で運行を終えると聞いて、ぺぺは正直さみしいです。「まだまだ走ってくれるやろ」と思らなくとも「ついに来たか!』
 
ニュースを見た時は「あらま!」とツッコミたくなりました。長い間、安全な新幹線を陰で支えてきた働き者が引退するのは、一つの時代が終わるような気がします。
 
もちろん、新しい技術へバトンタッチするのは大切です。でも、あの鮮やかな黄色い姿が見られなくなると思うと、やっぱり胸がキュッとなります。できることなら最後にもう一度、元気に走る姿をこの目で見届けたいです。
 
ドクターイエローは、乗客を運ばなくても、多くの人に夢や笑顔を届けてくれました。ぺぺも「ありがとう、長い間お疲れさま!」と心から伝えたいです。そして最後の日まで、安全運行を支えながら、たくさんの人を笑顔にしてほしいと思います。もし最後に見かけたら、手を振りながら「お疲れさん!これからはゆっくり休んでや!」と言うてしまいそうです。
 
 
…でも、黄色やから目立ちすぎて、「休んでてもすぐ見つかるやん!」なんて笑ってしまうかもしれません。知らんけど(笑)
 
長い間、本当にありがとう、ドクターイエローT-5。あと少し!
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは😃
寂しくなりますね
 
 
1997年3月に営業運転を開始した新幹線車両。国内初めて時速300キロでの営業運転を実現。
当時の営業運転列車では世界最速タイとなっていましたね。
 
新幹線500系は、「日本で一番かっこいい新幹線」と言われることも多い人気車両。
たしかにお子様人気もすごい!
1997年にデビューし、山陽新幹線では日本で初めて営業最高時速300キロを実現しました。長くとがった先頭部分は、速さだけでなく、トンネルに入るときの騒音を減らす工夫でもあります。その美しい流線形は、今見ても未来の乗り物のようです。
 
車内も快適で、当時としては最新の設備がそろい、「夢の新幹線」と呼ばれました。しかし、高性能な分だけ製造や整備にお金がかかり、座席数も少なかったため、後に登場した新しい車両へ主役の座を譲ることになります。

 

 

現在は8両編成となり、山陽新幹線の「こだま」として活躍しています。最速を目指した車両が、今では各駅に停まりながら地域の足として走る姿には、どこか親しみを感じます。
 
関西では、新大阪駅などで500系を見つけると、「おっ、今日は500系やん!」とうれしくなる人も多いようです。鉄道ファンはもちろん、子どもから大人まで「やっぱり500系はかっこええなあ」と思わず見とれてしまいます。
 
速さだけではなく、美しさと技術力を兼ね備えた500系は、日本の新幹線の歴史に残る名車です。
 
せやけど今は「こだま」が仕事。
 
見た目は「300キロ出しまっせ!」いう顔やのに、現実は各駅停車。
「急がへん、急がへん」が今の500系流なんかもしれませんね🤭

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

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思い出フォト1991.7.21って事で

一度だけ訪れたヨコカル!EF63の写真です。

1991年、私は一度だけ碓氷峠を訪れる機会がありました。鉄道ファンなら一度は見てみたい、日本有数の難所として知られた横川~軽井沢間、いわゆる「ヨコカル」です。当時はまだ信越本線の碓氷峠越えが健在で、補機として活躍するEF63形電気機関車の姿を、自分の目で見てみたいという思いがありました。

横川駅に降り立つと、駅全体が鉄道好きの熱気に包まれていました。ホームにはカメラを持ったファンが大勢いて、「みんな狙いは一緒やな」と思わず笑ってしまいました。関西から来た私は、「ここがあの碓氷峠か」と感動しっぱなしです。

しばらくすると、ゴツい顔つきのEF63がゆっくり姿を現しました。写真では何度も見ていましたが、実物は迫力がまるで違います。車体の重厚感、独特の警笛、モーター音…。急勾配25パーミルに挑むためだけに生まれた機関車というだけあって、「頼もしさ」の一言に尽きます。

横川ではEF63が列車の後ろに連結される作業を見ることができました。職員さんたちが手際よく作業を進める様子は見事で、「これぞ職人技やなぁ」と見入ってしまいました。今なら動画で何本も見られる時代ですが、やっぱり現地で見る迫力には敵いません。

発車すると、EF63は列車を力強く押し上げていきます。モーターの唸りがホームまで響き、「頑張れ、EF63!」と心の中で応援していました。あの力強い音は30年以上経った今でも耳に残っています。

 

途中では、峠ならではの急カーブや険しい山並みが続きます。「ようこんな所に線路を造ったもんやなぁ」と感心するばかりです。車窓から眺める景色は雄大で、まさに山岳鉄道そのもの。鉄道と自然が見事に調和した風景でした。

もちろん撮影も楽しみました。当時はフィルムカメラですから、「ここぞ!」という瞬間だけシャッターを切ります。「あと何枚や?」と数えながら撮るので、一枚一枚に気合いが入ります。今みたいに何百枚も連写できたら楽なんですが、当時は現像するまで成功したか分からないというドキドキ感もありました。

お昼には名物の駅弁「峠の釜めし」を買い、「峠まで来たんやから食べとかんと損や!」と美味しくいただきました。写真を撮って、列車を眺めて、お腹も満たされる。こんな贅沢な一日はそうありません。

あの頃は、「この風景がずっと続くんやろう」と思っていました。しかし1997年、長野新幹線開業に伴って碓氷峠区間は廃止され、EF63もその役目を終えました。だからこそ、1991年に一度だけでも実際に訪れ、その雄姿を目に焼き付けることができたのは、本当に幸運だったと思います。

今でも当時の写真を見返すたび、EF63の重厚な姿や碓氷峠の澄んだ空気がよみがえります。「もう一回だけあの音を聞きたいなぁ」と思いますが、それが叶わないからこそ思い出はより輝くのでしょう。ほんま、あの日のヨコカルは最高でした。「一度しか行ってへん」と言いながら、心の中では何度でも走り続けている、大切な鉄道の思い出です。