ゆとりある存在感、

 

人間この世に生まれ、最終的にはあの世に召されるわけですが、究極、ゆとりある存在感に行きつきたいと思う人、少なくないように思います。

 

マズローの法則でいえば、食事に困らず、周囲から承認されて、幸せに生きるということが大切ではありますが、一握りのゆとりある存在感を放つ人へのあこがれは誰もがあるに違いありません。

 

五段階欲求説の最上部にある自己実現の層ですよね。

 

社長よりも会長に多い。

 

高僧にも多い。

 

一方で仙人という存在にも多そうですよね。

 

何かを超越してしまった人?

 

となると年齢次第?

 

いや、そうでもない気がします。

 

老人の集まる介護施設でも、

 

自分が、自分が、としゃしゃりでる状態ではゆとりはないし、

怒りっぽくても余裕はない。

 

若くてもやけにゆとりを感じさせるタイプもいる。

 

ある人とお話しをしていて、これかしらと思えるお話。

 

つまり、誰かに勝とうとしている人は余裕はない。

 

誰かにではなく、自分に負けないと思っている人はもしかしたら

前者よりも余裕がありそうにみえる。

 

でも、勝ち負けといっているうちはゆとり感には至らないのでしょうね。

 

勝ち負けという感覚がなくなるとき。

 

それを目指して人生修行!

 

そんなことを考えるここ1週間でございます。

 

 


ゆとり感が出るまで、何にでも挑戦いたします。