失敗すれば、それは企業にとって大きな損失につながる。



しかし、なぜ失敗したのか。



過去に事例のないことに挑戦しての失敗なのか、これまで通りのことをしての失敗なのか。



本日もある企業トップの方とお話をしていたのですが、



日本ほど失敗に対する糾弾が意味のないものはないと・・・・・・。



何かすれば社長が辞める?



何かは何か。



環境に合わせた挑戦の上での失敗なのか。



私も以前の会社で新たな挑戦をたくさんしでかした。



もちろん、多くの失敗、会社に損失も残している。



だけど、過去の事例に合わせた事業だけでは停滞である。



何もしないで停滞させるのか、何かを興して失敗するのか。



どちらがいいのか。



何かを興して成功がもっともいいのは決まっている。



だけど、前例のないことに挑戦して、そんなに簡単に成功はない。



失敗糾弾は、なぜ失敗したのかを明確にし、将来に活かすための糾弾であるべきだ。



そのあたりが、骨抜きにされた日本はなかなか立て直せない部分かもしれない。



失敗糾弾の意味は、相手をつぶすことではなく、



将来を輝かしいものにするためであること。



島国日本、良い意味での失敗大国にしてみてもいいのでは???



などと、極端なことを考えてしまう今日この頃でございます。音譜