昨晩もテレビを観ていて、今の時代はさまざまなカップルのスタイルがあるとつくづく感じます。
ドリカムの彼女が、19歳年下の男性と婚姻届をだしたとか、![]()
(※うらやましい限りです。)
加藤茶さんが、孫ほどの奥さんをもらったとか、![]()
女性に性転換手術をした人が、男性と籍をいれたとか、
これまで私たちが常識としてきたことが、常識でなくなりつつある昨今。
でも、動物を観ていても、カップルのスタイルはさまざまなんだから、
我々のような感情や哲学をもつ人間のカップルのスタイルはいろいろあって当然だと思う。
ましてや、混沌とした時代、
子孫繁栄だけが、人間の役割ではないともいえる。
昨晩のテレビでとくに注目したことは、
性同一性障害をもつ女性が長年苦しんだ結果、性転換手術を経て男になれた。![]()
戸籍上も男性として認められ、晴れて妻をめとって幸せな家庭生活を送っている。![]()
しかし、その男性には残念ながら男性としての生殖能力はない。
そのため、他人の精子を得て、妻に人工授精をすることによって子供を授かる。![]()
喜びに満ちあふれたふたりは、役所に行き出生手続きをしたところ、
妻は母として認められたが、男性は父親として認められなかった。![]()
つまり、子供の戸籍の父親欄は空白となる。
なぜ![]()
一般的な夫婦の場合、
男性に生殖能力がなく、他人の精子から人工授精によって子供を授かれば、
父親として認められるという。
ところが、その男性が元は女性であったことから、
明らかに生殖能力がないという理由から父親として認められなく、
子供の戸籍には、父親の覧に名前が記載されないでいる。
戸籍として、男性を男性として認め、
女性との婚姻を認めたというのに・・・・・・。![]()
明らかに、つじつまがあわないというか、片手落ちというか、お役所仕事というか・・・・・・。
だったら、最初から男性を男性として認めず、婚姻も認めなければいいわけで、
なぜ、子供の父親として認めないのか。
不可解である。
確固たる芯のない、ぶれぶれの判断であると言わざるを得ない。
養子縁組の場合であっても、父親欄に名前が記載されるはず。
どう考えてもおかしい。
生殖能力が明らかにあるないの判断なんて、通常の男性にも女性に対してもできないはず。
なのに・・・・・・。
それをみていて、
数週間前、何人かで一夫一妻制か一夫多妻制か、一妻多夫制かを議論していたことを思い出す。
人間がこの世に生まれ、
無秩序の時代を経て、
秩序ある時代になり、
常識というものが出来上がってきたと思う。
しかし、
さらに成熟していく時代において、
果たしてすべての制度がこれまでどおりでいいかというと疑問に思うところでもある。
宇宙の歴史の中で、地球の寿命も終盤を迎えているとある宇宙学者が言っていた。
そんな時代だからこそ、もっと柔軟に、もっと開放的に、もっとポジティブに
いろいろなことを受けとめる必要があるとつくづく思う。
上司と部下、女性と男性、老人と若者、日本人とアメリカ人、お金持ちと貧乏人、
これまでのような画一的な人と人の違いの観点でなく、
そんな境界線をもなくなっていく時代だからこそ、
もっと柔軟にそれぞれの違いを受けとめていく必要があるのでしょうね。
究極の異文化コミュニケーションこそ、これからの時代に必要な能力!
そんなことを再確認した昨夜でございました。![]()