私たちがこの世に生きた証ってなんだろう。
人それぞれ、それを求めて生きているのかもしれない。
そして、この世を去るとき、人それぞれ、何かを思うに違いない。
かなり年上で、尊敬する彼に「飲み友達」と言っては失礼かもしれないが敢えてそう呼ばせて頂く。
昨年、この世を去った飲み友達がいる。
昨年の7月9日、赤坂で日本酒720ml×3本空けて、
ふらふらしながら、中国マッサージの店でマッサージを並んで受けて、それぞれに帰った最後の想い出がある。
あの日から1か月半後に亡くなっていたと知ったのは、11月初めのことだった。
電話で彼の秘書からそれを聞いた時は愕然とし、信じられない、の一言だった。
墓地の住所をファックスで送って頂いたが、あれから9カ月経過した今日、
やっとお墓参りに行ってきた。
お墓は彼らしいいでたち、
花壇が両脇に造られ、色とりどりのお花で華やかな雰囲気、
周囲と比べて唯一西洋的な雰囲気を醸し出している。
そこには、彼の似顔絵とともに、He lived his life honestly と書かれていた。
まさにその通りだと思う。
そして、彼の最後の手紙なのかどうかは謎だが、そこに書かれた日本語の詩は、
涙を誘うものであったけれど、それ以上に彼の生きざまと人柄がそこに表れていると感じた。
彼とは酒という共通点から、一緒に飲んだり食べたりのほか、
仕事でも大変お世話になった。
会社を辞めて創業した私を密かに応援してくれていた。
だからこそ、苦言もたくさん言われ、あまりの辛辣な物言いに激怒し一時会うこともなかったが、
なぜか昨年の7月、2年ぶりに再会した。
彼の死は、その後の出来事であった。
お墓の前で、生前彼が好きだったマオタイを片手に、
そこに書かれた詩を何度も読み返しながら、自問自答してみた。
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失敗や挫折にも 多く見舞われた
しかし、力の及ぶ限り
やれることをやった
ゼロから出発し、今またゼロに戻る
永遠の世界に飛び立つときは
身軽な方がいい
精神の自由が
この離陸の瞬間から始まる
別れではない
いつでも会える 心の中でも
だから私は敢えて 別れを言わない
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そして、その後に ご本人のお名前と、書かれたと思われる日にち、
そして、
~この世に生きた証として~
とあった。
いったい私がこの世に生きた証は何なんだろう、何になるんだろうと・・・。
彼ほどストイックではないし、ロマンチストでもない私は、
「まあ、私は125歳まで生きれば、なんとか証を創れるよね!?」
と彼の墓に問いかけて、ふと我に返りその場を去った。
墓地の入り口に、彼の顔にそっくりなカエルたちの像が並んでいるのには参った。
ここを選ぶとは・・・ さすが、イガピョンだ!
ついでに、管理事務所内の蕎麦屋で蕎麦とビールをいただきながら、
彼を師と仰ぐも、125歳まで生きるために酒の飲み方だけは彼を反面教師にしようと心に誓ったのである。
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