8時出勤のノエビアを辞めて、



もっともうれしかったこと。



それは、8時まで寝てられること。  



と同時に、8時15分の朝ドラをちゃんとみれるようになったこと。



辞めたころは平成12年、確か『私の青空』だった。

シングルマザーの話が、その頃の私にはなかなかあこがれの世界だった記憶だ。



1961年に始まった連ドラ。



私の記憶は、昭和44年『信子とおばあちゃん』かな~。でも、子供だった私にとって、ストーリーはチンプンカンプン。



意識として残っているのは、『鳩子の海』。天才子役といわれた齋藤こず恵ちゃんがでていたこともあり、

子供としては親近感があった。


パーソナルプロデューサー 唐澤理恵BLOG Powered by Ameba

その後、『雲のじゅうたん』をみて、活躍する女性にあこがれを感じてた。


昭和52年『風見鶏』、昭和54年『マー姉ちゃん』、昭和55年『なっちゃんの写真館』

高校生だった私は、とにかく東京に行くことにあこがれを感じてた時代。


とくに、女性の生きざまには興味があった。


東京に出てきてからは、母の影響がないため、連ドラはみなくなったけど、昭和58年の『おしん』ははまった。



その後、社会人になってからは、書いたように出社時刻8時だったため、

連ドラ生活は無理な生活が始まる。



そして、ノエビアを辞めたとき。


そこからが再連ドラ人生の始まり始まり。


平成12年の『私の青空』にはじまり、

今日で最終回だった『てっぱん』にも大きく影響を受けた。



時代時代に自分の人生とかさね併せ、記憶がよみがえる。


NHKもなかなかよいですな~ラブラブ