今までは、読んでくださった方々が良くないイメージや感情を抱くことのないよう、できる限り言葉を選んでこのブログを書いてきましたが、今回はより深い解放と現在までの変化の理解のため、私の幼少時からのお金に関する記憶、つまり初期設定について正直にまとめてみたいと思います。まずは①私の認識している実体験編から。
私の家族は両親と弟の4人家族。生まれ育ったのは県営の住宅で、公立の小・中学校・高校に通いました。父は普通のサラリーマン。私と弟を保育園に入れて、母はずっと仕事をしていました。まさに労働階級のごく一般的な家庭でした。
父のお給料はお小遣い以外すべて母に渡して任せていたと思います。母のお小遣いというものはなかったと聞いています。二人とも洋服などにはあまり興味がなく、たまに揃えるユニクロで満足という感じでした。ただ母はかばんが好きでそこまでお高くはないかばんはよく買ってきてました。
一番お金を使っていたのが以前も書きましたが食費のようです。母は家族が集まる夕食にはふんだんに食材を使った料理を何品も作ってくれましたし、季節の果物もよくデザートで出してくれました。週に一度はステーキ、焼肉、お寿司など外食に連れていってくれました。母いわく「家族においしいものを食べさせてあげたかったの」両親ともに食に関してはお金をかける考えだったようです。ただ二人ともお酒は全く飲まないのでそこはかかっていません。
小さい頃はよく色んなところへ連れて行ってくれました。ディズニーランド、動物園、遊園地、キャンプ、海…いっぱい写真が残ってます。私たちの成長に合わせて遊んだあとは寝て帰れるよう車もワゴンになったり何回か買い替えてました。また、習い事もやりたいと言ったら通わせてもらえました。私はピアノ、お習字、そろばん。一時期は水泳や、塾にも通っていました。弟もいろいろ。今思えば、私たち子供のためにかなりお金を使ってくれていたんだなとわかります。ありがとう。
そして私が高校2年、弟が高校1年の時に縁あって一軒家を購入しました。立派な大きい家で今でもみんなのお気に入りです。が、頭金も少なくそこからはかなり住宅ローンの返済が大変だったようです。それでも、生活のレベルが落ちることはありませんでした。
こうした出費があり、貯金は全くなかったようです。そのため高校卒業後、私も弟も大学の学費や自動車学校の費用、結婚式の費用やそれぞれのマイホーム資金など自分のことは全て自分たちで働いて支払ってきました。
それが当たり前だと思っていましたから私立大学の学費、一人暮らしの費用、車代まで親に支払ってもらってる友達がいると知った時は驚きましたね。さらには結婚式やマイホームの援助まで!ものすごく羨ましかったしそこまでしてもらっておいて文句とか言ってたら許せなかったですね。悔しくてもっと豊かになりたくて必死に毎日毎日解放し続けて5年、現在に至るというわけです。
…と、包み隠さず私の家族のお金に関する記憶を綴ってみました。実際に体験してきたのはこんな内容です。自分にとってこの体験が当たり前で、他の方がどうだったのかはわかりませんし、比べる必要もないと思っています。自分で設定してきたのですから。とにかくとても大切にしてもらってきたのがわかって感謝の気持ちも溢れつつ、いろいろと刷り込まれている様子が伺えますね(苦笑)
では、次回はそんな思考の初期設定について思い出してみようと思います。今回もお読みいただき、ありがとうございました(^^)