癌と父、それを見守る家族 -3ページ目

癌と父、それを見守る家族

2005年8月、父が脳腫瘍で倒れました。

それに関する自分の気持ちとかを整理する為に書こうと思います。

22日の夜、みんな寝たので
「医者が末期がん患者になってわかったこと―ある脳外科医が脳腫瘍と闘った凄絶な日々」
という本を母から借りて一晩で読んだ。


3回も脳腫瘍手術して結局助からなかった医者の話。
すごいショッキングだった。

病院の苦しみとか、不安とか、想像を絶すると思った。
自分の専門分野の病気になったわけだから自分でどれだけの命とか超リアルにわかるわけだし。


今まで父が倒れてから、「一ヶ月に一回実家に帰って元気な顔を見せているだけで充分だろう」と思っていた。
でもそれでは自分のしてることがとても足りないように感じた。

もうかれこれ10年くらい父と暮らしていないのでこういう状態になるまでほとんど会話もなかったが故非常に照れくさい。
今回は、ご飯も食べれるし歌も歌えてるので非常に調子良い。しかしこの状態が継続すると思うべきではないので、
照れくさいなども言っていられない。月に一回会うその時が、常に会うのが最後と思って後悔のないように
別れなければいけない。


-父は弾き語りが好きなので、ギター弾けない代わりに弾いてあげて外で歌わせてあげる


-今年中に家族で旅行に連れて行く(少なくとも半年ごとに旅行の目標持ってもらうことで先に楽しみを作っておきたい)


-できるだけ撫でたりハグしてあげたりする。(本で撫でられるとすごく安心すると書いていたので)


上二つは、うまく行きそう。一番下は照れくさくてあまり上手く出来なかった。
自分が情けない。次帰ったときはもっとやってあげよう。他に何をしてあげたら喜ぶかなぁ…

とりあえず土日の二日、一泊だけ実家に帰る。


なんか、父は脳に水がたまってそれを取る手術をしたばっかりらしく調子が良いみたい。

手術といっても頭蓋骨と頭の皮膚の間に水を貯める袋を常に入れていてそこから脳腫瘍のところまで管が伸びている。自動的に腫瘍から水が出るとそちらの袋に貯まる、といった仕組みのもので、その水を貯めて

頭蓋骨→袋→体の外に出すみたい。恐ろしく合理的な装置だが、こんなものが使えてしまう人間の体も恐ろしい。


先日セカンドオピニオンの先生の話しいわく、「水が貯まる」=「腫瘍が死んで一部が水になっている」、ということで良いことらしい。確かに一ヶ月前よりはるかに元気である。歌もある程度うまかったし、ごはんもちゃんと食べていた。うれしい限りだ。


死を直面した人は、それを知りたい人と知りたくない人に分かれると思う。父は後者であると明言していた。

もう先が短くてもそれは怖いから知りたくない、とのこと。故、母も家族もそのことについてはある程度、ぼやかした形で表現している。

というか、本人も知っているだろうが、口に出してはっきり誰も言っていないだけ・・・そんな空気。

とりあえず、明日一日のんびりと父と家にいようと思う。


自分の命が限られていたら、それを知りたい?知りたくない?


私はどっちだろう?今現在は前者だけど、実際、死と直面した場合、後者になるのかもしれない。

みなさんはどうですか?


という訳で、セカンドオピニオンの結果を母に電話で告げる。

-今の治療は最適かつ高レベルなので安心するべき
-父の腫瘍は、雑巾にしみた水のようなもので取り除くのは現在の医学では不可能である

以上を告げる。後者の方は母もよく理解していたから「ぁあ、やっぱりか」みたいな感じだった。

ほんとこれから先

-どれだけ父が痛みや苦しみやストレスを少なく過ごせるか?
-でおれが何をしたら父が喜ぶか?

になると思う。どちらもそうとう難しい問題だ。
結婚とかしたら親は喜ぶもんなのか?いや、だからっていきなり結婚するのはどうかと思うけど(笑)。

本に脳腫瘍の専門で有名とあって、実際評判も高かった河瀬先生にセカンドオピニオンとして父のカルテを持って訪れる。
成人病センターの治療内容は河瀬先生であっても同じ事するし、レベルの高い治療法だから安心しなさい!病院を移す必要は一切ない!
と言われる。

それはそれで嬉しい。しっかり父を診てくれてるんだ!って安心する。

ちょうど同タイミングで、テレビでゴッドハンドとして紹介されている、福島先生に宛てたメールの返信が本人から帰ってくる。



両先生の返事は同じ:

「現在の医学では治せない。治療で腫瘍が大きくなるのを抑制するしかできない。貴方のお父さんは生きれてあと1~2年」

二人には、藁をもすがる思いで託した願いだったので、ショックとかガッカリとか失望よりも、
「やっぱりそうか…」ってある種、自分の予想とおりの返事だったので特に動揺はなかった。
明日、大阪に帰るので、その時でも良いがやっぱり今夜にでもこの事は母に伝えておこうと思う。


それにしてもセカンドオピニオン、保険利けへんゆーても2万円かかるって高すぎないか?

『医者が末期がん患者になってわかったこと』て本を母に送った。

んで母からのメール…

「ありがとう。出来たら読みたくないけど…仕方ないもんね。
土日の外泊は今までで一番元気やった。水を抜いて大分麻痺が良くなったのと、食欲がちょっとでてきたから。
少しづつ話をしているからこの頃は何と無くわかってきたと思う。
余り期待を持つのも、後でショックが大きいやろ。
残酷やね!」

結構、もう開き直ってる母は強いが問題はその事実を受け入れらる準備が出来ていない父だと思う。
恐らく精神的にも肉体的にもそうとうまいってる父に余命の事を言ったら生きる気力を失う気がする。
とりあえず「まぁ生存率が0%なわけでもないから、あまり悲観的にならずに。
父の気の持ちようで多少今後の命は変わる気がするから父を励まそう」的なメールで返す。

こういう状況になった時、やはり男性より女性の方が強い気がする。
まぁ個人差はあるだろうが、うちの父と母をみた時やはり頼もしいのは母である。


ゴッドハンドと呼ばれている福島先生の本を読んだ。
すごい先生だと思う。ぜひうちの父も見て欲しいなぁと思っていたが。

この人は治せない手術は「治せない。ごめんなさい。」と言うそうだ。
父の入院している成人病センターの人も福島先生にコンタクトを取ったが「ごめんなさい」と断られたそうだ。

本にもその例が書いていたが、うちの父もその本と同じように取り除けない腫瘍…

福島先生は、「治せないからあと1年2年の間でお父さんが喜ぶ事は何かなって考えてあげてください」
と家族に伝えたそうな。

その文章を昼間、ランチ食べてカフェで読んでて少し鳥肌がたった。

なんだろう?

父があと残りの人生で息子にしてほしい事っていったい?

うーん。

てか、自分の彼女があと1年の命って言われても何して良いかわからん。
自分自身があと1年の命ならなにするって言われても何したらええかわからん。

しばらくこれが自分の中で大きなテーマになりそうだ。

最近はネットで体験談を書いてる人のBLOGをチェックして励まされたり現実を突きつけられたり勉強したりしてる。
本を数冊買った。

医者が末期がん患者になってわかったこと → 母に送ったので読んでない。
続・医者が末期がん患者になってわかったこと → 母に送ったので読んでない。
患者が決めた!いい病院 近畿・東海版―患者11万人アンケート 完全保存版 → 微妙。エクセルデータみたいであんまり。
医師がすすめる最高の名医+治る病院

これを見て慶応の河瀬先生って人がかなり有名で脳腫瘍の専門の人、と知った。
前回の父の生徒さんの平田先生に確認とった所、やはり有名な先生との事。

この先生に見てもらおうと思ってる。
とりあえず母から紹介状はもらったし、再来週いってみます。

9/23~9/25、実家に帰った。
前回は、自分のやってるバンドのツアースケジュールに合わせて数時間父と話せただけやった。
今回はちゃんと泊りがけで帰れた。

左半身がまったく動かなくなって車椅子生活の父。
自宅にいるもののトイレも自分で行けず何かちょっとすると疲れて眠たくなるみたい。
ご飯は結構ちゃんと食べてて安心したけどあまり美味しくないみたい。
歌はぼちぼち上手かったが、かなり下手になってた。

いつもイヤミばっかり言ってむかつく父だが、それも言わない。
本当に弱ってて小さい感じがした。

特に気の利いたことも言えないのでとにかくしゃべらなくても一緒にいるようにした。
パソコンにカラオケつけてリハビリと運動用にした。
まじ何してあげたらいいかわからん。

とにかくあんまり脳腫瘍の事考えず、ご飯食べていっぱい寝て、のんびりできてストレスを感じない事が一番良い気がする。
だからあんまいろいろ話すよりのんびりしてる方がいいかな、と二人でテレビ見ながらぐーぐー寝てた。

人間て不思議なもんで、辛い事があって何日かたつとポジティブに考えられるようになる。
泣きまくりの絶望の日々は1週間ほどで終わった。
本やインターネットでいろいろ眉唾ものの情報から何から探りはじめる。
絶望の雲から一点の光が射して来た感じがする。いろいろ調べてダメもとでいろいろ父に助言していこうと思う。

そして、父の放射線治療スタート。手術では腫瘍は取れないので、カテーテルと放射線で腫瘍を
-小さくする
-現状維持
するのが目的らしい。

それが2週間くらいあって父の60日ぶり?とかに家で一泊できたみたい。

この頃になるといつも治療の副作用で熱があってしんどいようであまりメールも返事くれなくなった。
すき焼き食べたけどあんまり味覚がなくて美味しくないらしい。
大好物やのに可哀相に。

サンプル手術の結果は皆が予想していた通りグリオーマグレード3。
生存率は2年生きたら奇跡との事。自分でネットとか調べてみてその生存率の低さにまじでびっくりした。
なんか初めて事実を突きつけられた。
その事実を知りながら、電話で「手術が終わって一段落や。これでだんだんよくなって早く仕事したい」
って超ポジティブになってる父の話を聞くのが本当に辛かった。

なんか寝てても起きてもこの数日は泣きまくっていた。
こんなに泣いたのはたぶん10年くらいなかった気がする。

父にとっては、これがメインの手術でサンプル取るのも脳を傷つける可能性があって何か後遺症があるかもな大変な手術で
これが終わったらもう手術はない、と思っていたみたい。
なんでも脳に穴を空けてストローみたいなのを通してちょろっと腫瘍のサンプルを取るようで手術後、父と話したが、
ドリルで脳に穴開ける瞬間とかもわかったらしい。怖っ(((( ;゚д゚)))アワワワワ