当方、看護学校の精神科医療の非常勤講師も務めております。

看護学生さん向けの精神科の講義をするわけですが、そこで入院形態の話が出てきます。内科や整形外科などでは、特にこういった特別な入院形態はありません。しかしながら、精神科ではその特殊な事情から、入院形態が5つ存在します。

 

以下の写真は、看護師さん向けの教科書に書かれている入院形態の説明です。

何だか解りにくい。

精神保健指定医2名だとか、同意者/措置者だとか、自傷他害の恐れとか、72時間とか…。

なんだなんだ。

 

そこで、私がザックリ解説させていただきます。

 

まず、試験対策であるならば、以下覚えるだけで可です。細かいイレギュラーはどうするんだという話は、後から補足説明します。イレギュラーは今は端折ります。

 

 

  精神科独特の5つの入院形態

 

まず、精神科には入院形態が5つあること。

医学生さんや看護学生さんなら、まずはこれを覚えます。5つあるよと。

 

そして、この5つを2つに分けるとすると、「任意入院」「その他の4つ」に分けられます。

 

 

  任意入院

 

「任意入院」は、入院しますかと問われて、「はい、入院します」というもの。内科や整形外科などで入院する場合とほぼ同じですね(厳密には、同じじゃない部分もあるんですが、それは後から書きます。同じだと思っていていいです)。

ここで入院に携わる医師は、一般医で可です。精神保健指定医の資格は不要です。

 

 

  その他の4つの入院形態

 

「任意入院」以外の4つについては、共通項があります。まずはその共通項を覚えます。その共通項とは「精神保健指定医が診察して、精神障害を認め、その治療のためには外来では行えず、入院が必要であると判断されるもの」であることです。

そして、本人が入院に同意しない場合、同意できない場合、というものです。

「医療保護入院」「措置入院」「応急入院」「緊急措置入院」いずれも、上記は共通項です。

 

入院するなら、自発的に入院する任意入院が理想です。しかし、精神科では、病気のせいで自分が病気であることが理解できないことがあるのです。また、判断力が十分でないことも多いです。そのため、自発的な入院を促したくても、それが無理なことが多々あるのです。

したがって、本人が入院に同意しない場合、同意できない場合でも、やむを得ず入院とできる非自発的な入院形態が4つあるのです。

実質的にはいわゆる強制入院ですが、法律的には強制入院という言葉はありません。

その他の4つの入院形態いずれにも共通する共通項を押さえておきます。

 

 

  医療保護入院

 

ではまず「医療保護入院」から。

これは、過去ブログにも例を書きました。そこから引用します。

 

ずっとうつ状態で、家に閉じ籠っていた人が、ある時から突然外出するようになりました。

声が大きく、怒鳴るような怖い声で通りがかった人にも声をかけまくっています。しかし、声をかけられた人たちは、絡まれたら嫌と無視、見て見ぬふりをして通り過ぎていきます。すると、「おい、答えろ」と容易に興奮し、怒鳴ります。

昼夜を問わず、友人や親戚に電話をかけまくり、目をギラギラさせながらハイテンションになって、一方的に喋り続けます。

ホームセンターでエアコン、洗濯機、マッサージチェア、大型テレビ、パソコンなど必要もないのに高価な家電製品を次から次へと購入契約をしてしまいました。

挙句の果てには、生活費に使う予定だった30万円で宝くじを買ってしまいました。

 

あれほど鬱々としていたのに、その正反対、気が大きくなっています。

明らかにおかしい。

そこで、家族が精神科の病院へ連れて行きます。

 

ここで、医師が診察して、双極性障害の躁状態ですと告げて、このままでは社会的な(人間関係や経済面などで)損失を被るため、医療と本人保護の観点から入院治療が必要ですと説明したとします。

この時に、本人が説明に納得せず、入院しないと言ったら、どうしましょうか?

 

「こいつらが連れてきたから一緒に来ただけだ。調子はどこも悪くない。絶好調だ。お前らは俺を病人扱いするつもりか。何の権利があって勝手に入院させるんだ。人権侵害で警察に訴えてやるぞ。俺は帰る」と言われたら、どうしますか?

 

 ★双極性障害(躁うつ病)の躁状態の極端な例です。脚色しています。

 ★すべての躁うつ病患者さんがこのような症状を呈するわけではありません。

 

躁状態もそうですが、うつ状態、統合失調症の幻覚妄想状態など、精神疾患によって自分で自分が病気であることを理解できないことが多々あるのです。

入院が必要ですと説明しても、本人は帰宅を希望。

帰ると言うからと、ご希望どおり帰宅させたとしたら、治療に結び付きません。

 

そこで、ご家族にどうしますかと問います。

医師の病状説明にご家族が納得し、入院に同意されるのであれば、本人が同意しなくても入院にできる制度があります。これを医療保護入院と言います。

 

ただし、ここで言う医師というのは、医師であれば誰でもよいわけではありません。本人の人権を制限することになるので、精神保健指定医という資格を持っている医師が診察し、入院可否の判断をして、法律に則って入院していただく手順を踏みます

 

精神保健指定医(以降、指定医と略します)が診察し、精神障害があることを認め、医療や保護のためには外来では無理で、入院による治療が必要な状態であると判断する。しかし、本人は精神障害のため、その必要性が理解できず、自発的に入院できない状態にある。

家族は入院の必要性を理解し、入院に同意している。

こんな場合は、精神保健および精神障碍者福祉に関する法律に基づいて、本人の意思によらず強制的に入院させられる制度が医療保護入院です。

 

引用は以上。これで医療保護入院の説明は十分ですかね?

要するに、本人に代わり、家族が同意する入院。

 

「家族」と書きましたが、家族がいない人の場合はどうする?

「家族等」とは?

それは後で書きます。まあ覚えなくていいです。

 

 

  措置入院

 

では次、「措置入院」です。

自傷他害の恐れありで措置入院、という部分は間違っていません。

しかし、もっと解りやすく、ズバリ言います。

措置入院は、警察沙汰です

 

警察沙汰。

ほぼこれだと思っていて構いません。

歩行者天国で大声を上げながら金属バットを振り回している人がいる。110番通報されて警察官が臨場。他害の恐れがあるわけですから、取り押さえられますね。そして、警察署に連行されて、事情聴取されますが、何だかおかしなことを言っている。

「宇宙からコロナがバラ撒かれて、世界が終わる」等々。

警察官も、「これはおかしいぞ、もしかして精神疾患か」と疑うわけです。

 

そこで、警察署から保健所に連絡が行き、保健所からその時の当番病院になっている精神科病院に診察依頼が来ます(保健所を通じて知事に届け出が出されます)。

こうして、警察官と保健所の職員の少なくとも4人ぐらいで病院に連れて来られて、指定医の診察を受けるものです。

 

措置入院の指定医診察のことを「措置鑑定」とか「措置診察」等と言います。保健所職員も立ち会います。そして、2名の指定医の診察を受けて、2名とも「要措置」と判断すると、措置入院が成立します。

 

措置入院は、知事の権限で入院となります。いわば命令。

最初に掲げた写真には「同意者/措置者」という欄があって、そこに「知事」と書いてあるのですが、この入院については知事の同意ではありません。命令です。

命令だから、家族が連れて帰りますと言ってもダメ。家族の意向は関係ありません。

だから、最も厳しい入院形態です。

だからこそ、2名の指定医の診察を受けて、判断の一致が必要とされるのです。

 

これ聞けば、医療保護とはだいぶ違うことが解るでしょう?

では、2名の指定医の判断が一致しなかったら?

1名でも措置入院の必要なしと判断したら?

それは後で述べます。試験対策なら、そこまで知っている必要はありませんから。

 

と言うことで、4つの非自発的入院の2本柱である「医療保護入院」と「措置入院」の説明が終わりました。

 

 

  応急入院と緊急措置入院と72時間の意味

 

残りの2つ、「応急入院」と「緊急措置入院」は、各々「医療保護入院」と「措置入院」のイレギュラーバージョンです。

医療保護入院では家族の同意が必要ということですが、入院時に家族の連絡先不詳で家族と連絡が取れず、診察に同席していただけない場合、家族の同意がないことから医療保護入院が成立しません。

しかし、それでは医療に結び付きません。患者の状態が悪く、一刻を争う状態であれば、家族の同意なしで文字通り応急的に入院させるもの。

それが「応急入院」です。

家族の同意なしで、と言うよりも、家族を探して同意を待っていることができないような事態だからこそ、同意を待たずに入院とできるわけです。

ただし、有効期間は72時間。

だから、72時間が経過すれば、退院となってしまいます。

 

しかし、72時間何もせず、指をくわえて時間が経過するのを待っているわけではありません。その72時間中に家族を探して連絡を取り、来院してもらうのです。

そして、改めて医療保護入院の一連の手続きを踏んで、医療保護入院が成立すれば、医療保護入院に切り替えて入院継続してもらうという話。

それだけ。

 

そして、最後の「緊急措置入院」ですが、これも応急入院と似ています。

「措置入院」では、自傷他害の恐れあり。指定医2名。

しかし、正に自傷他害の恐れが緊迫していれば、2名集まるのを待っていられませんし、もし夜中なら、当番病院とはいえ指定医がおそらく1名しか当直していないことでしょう。

そこで、1名でも緊急で入院させられるよう、緊急措置入院が存在します。

ただし、これも有効期間が72時間。

 

もちろん、72時間何もせず、指をくわえて時間が経過するのを待っているわけではありません。

72時間と言えば、例えば金曜日の夕方に緊急措置入院が決まったとしても、月曜日の夕方までにケリをつければよいということ。改めて、措置入院が必要であるかどうかの診察を、72時間以内に2名の指定医で行います(保健所から職員がやって来て立ち合います)。

 

週末をはさんでも72時間あれば大丈夫ということで、うまいこと考えた72時間なんですね。

 

再掲。

応急入院は、医療保護入院の附属品みたいですね。

緊急措置入院も、措置入院の附属品みたいですね。まあ、そういう理解でいいと思います。

 

以上で試験対策としては十二分です。これよりも細かい話は出ませんから。

 

  任意入院の退院制限(2024/05 追記)

 

ひとつ書き忘れていたものがありました。任意入院の退院制限。

 

実は、任意入院の場合、患者さんが退院したいという申し出を以って退院できます。退院したい時に退院となるわけです(手続き上、少し前もって言ってくださいね)。

大雑把に事前に医師から「1~2ヶ月で退院ね」と言われていることはあっても、いつ退院するかの融通がかなり利くんじゃないかと肌感覚で思います。そこは、内科や外科など他の科とはちょっと違っていますね。

患者の申し出に基づき、退院しても問題がなければ退院可です。

 

ところが、入院中に病状が悪化する人がいます。

「この状態で退院したら不味いだろう」という状態の任意入院の患者さんが、退院したいと申し出た場合、どうするか?

こんな時、指定医が診察し、医療と保護のため患者の入院の継続が必要であると認めれば、72時間は退院をさせないという、退院制限をかけられる制度があります。

 

これ、最近の看護師国家試験にも出題されていました。

 

72時間が経過すれば、退院制限の効力がなくなり、退院となってしまいます。

しかし、もうお解かりと思いますが、この72時間に家族を呼ぶわけです。家族の同意が得られれば、医療保護入院に切り替えて入院継続となります(厳密には、任意入院を退院して、医療保護入院として入院となります)。

やはり、さすがに病状的にこれでは退院はさせられないという場合は、そうなるのもやむを得ませんね。

 

 

  イレギュラーな話

 

以下は細かい話で一問一答形式。覚えなくてもいいです。

 

「医療保護入院」の家族同意ですが、家族がいない人や絶縁状態である場合はどうするか?

それは、市町村長同意というものがあります。家族等の「等」には、この市町村長も含まれるというわけです。精神保健福祉法第33条2にあります。

なお、虐待が認められた家族は、同意者にはなれません。これは2023年4月から明記されました。

 

「医療保護入院」の診察で、家族が入院に同意しなかったら?

本人を連れてお帰りいただきます。後はどうなっても知りません。

 

自傷他害の恐れがあれば措置入院で、自傷他害の恐れがなければ医療保護入院という覚え方をしていると、訳が解らなくなります。実際には自傷他害の恐れがあっても、医療保護入院となっているケースはいくらでもあります。

夜中に家から飛び出して、どこかへ行ってしまった。警察に捜索願を出して捜索してもらったところ、橋の上にいて、今まさに飛び降りようとしていたところを警察官に保護され、家族に引き渡された。しかし、「宇宙から…」と何だか変なことを言っている。そこで翌日精神科を受診したところ、入院した方がよいと医師に言われた。

こんな時は、家族同意の医療保護入院。

知事の権限(命令)で措置入院になるわけではありませんね。


措置鑑定では、2名の指定医の判断が「要措置」で一致した場合のみ措置入院となりますが、一致しなかったらどうなる?

措置入院にはなりませんし、もちろん1名が「要措置」としたからと緊急措置入院になるわけでもありません。いずれか一方でも措置不要とすれば「措置不要」となります。

その上で、しかし精神障害があるでしょうとなれば、家族同意で医療保護入院になるケースもあるし、本人がしばらく入院しますと言うなら任意入院になるケースもあります。

逆に、精神障害はありません、精神障害がないので措置入院や緊急措置入院は不要、それどころか、他害行為は刑法犯に触れる犯罪行為であったでしょうね、という判断になれば、警察官に本人を警察署に連れて帰っていただきます。

 

「任意入院」のところで書きましたが、内科や整形外科などで入院する場合の入院と任意入院は、厳密には同じではないという話ですが。

認知症高齢者の方が骨折して、整形外科に入院しましょう、手術しましょうという話になった時、本人が入院や手術の必要性を理解できなくても、家族の同意により普通に入院させてますね。

しかし、精神科で認知症高齢者が入院となる場合なら、入院治療の必要性が理解できないことから、医療保護入院とすることが原則です。

 

ところが、私が初期研修で精神科研修を受けていた時の話ですが、指定医の資格のある先生でありながら、認知症高齢者に無理矢理「入院、うん」と言わせて任意入院にされていたケースはありましたけどね(笑)。

「なるべくなら任意入院がいいんだ」という言い分も解りますけど…。

 

医療保護入院などの非自発的入院に該当しそうだけど、本人が「入院します」と言っている場合、その時は任意入院になるのか?

本人がよく理解しないまま、口任せで「入院します」と言っているか、そこは勘繰っても仕方がないですが、本人の言葉をどう捉えるか次第でしょう。

仮に本人が「うん」と言ったとしても(本人に「うん」と言わせたとしても)、理解力や判断力が十分ではない、現実検討ができていない、同意が一定しない等のことから、やはり家族同意で医療保護入院とするが適当であると判断されるケースが多いです。

 

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