精神科医

 

これを書いている時点で、医師免許を取って6年半、精神科医になって4年半です。

医師免許という国家資格を取りましたが、精神保健指定医という、また別の国家資格をさらに取ることになるとは、医師免許取得時にはまったく思っていませんでした。

 

内科専門医というような専門医という資格がありますが、あれは国家資格ではなく、日本専門医機構が定めた資格です。まぁ、自己研鑽的な意味合いが強いかなと思います。

箔付けで、医学博士とか、〇〇科指導医とか、いろいろありますが、〇〇科専門医は最もベーシックな資格です。

 

精神科にも、精神科専門医というものはあります。しかし、それを取ったところで、お金にならないし…。内科専門医やその他の〇〇科専門医も、取ったところで給料を増やしてくれる病院って、ほぼ聞いたことがないです。

一方で、精神科医でやっていくためには、精神保健指定医の資格があれば断然有利となります。精神科医であれば、ほとんどの人がこの資格取得を目指します。と言うのも、この資格は実務的な資格であるからです。業務の幅が圧倒的に広まります。

 

精神保健指定医の資格は、精神科専門医の資格とは内容が全然違います。

 

 

  精神科特有の事情

 

例えば、足が痛くて歩けないとします。レントゲンを撮ってみたら、足の骨が折れていることが判ったとします。

「骨折ですね。これは手術が必要ですから、入院しましょう」と説明されれば、患者さんは病状説明に納得し、入院して手術を受ける運びとなります。

 

ところが、精神科の患者さんの場合、病気のせいで自分が病気であることを理解できなくなっていることがあります。病識の欠如です。だから、あなたは精神科的な病気にかかっていますと言われても、それを理解することが困難になっていることもあるのです。

 

 

  精神科患者さんの入院例

 

ずっとうつ状態で、家に閉じ籠っていた人が、ある時から突然外出するようになりました。

声が大きく、怒鳴るような怖い声で通りがかった人にも声をかけまくっています。しかし、声をかけられた人たちは、絡まれたら嫌と無視、見て見ぬふりをして通り過ぎていきます。すると、「おい、答えろ」と容易に興奮し、怒鳴ります。

昼夜を問わず、友人や親戚に電話をかけまくり、目をギラギラさせながらハイテンションになって、一方的に喋り続けます。

ホームセンターでエアコン、洗濯機、マッサージチェア、大型テレビ、パソコンなど必要もないのに高価な家電製品を次から次へと購入契約をしてしまいました。

挙句の果てには、生活費に使う予定だった30万円で宝くじを買ってしまいました。

 

あれほど鬱々としていたのに、その正反対、気が大きくなっています。

明らかにおかしい。

そこで、家族が精神科の病院へ連れて行きます。

 

ここで、医師が診察して、双極性障害の躁状態ですと告げて、このままでは社会的な(人間関係や経済面などで)損失を被るため、医療と本人保護の観点から入院治療が必要ですと説明したとします。

この時に、本人が説明に納得せず、入院しないと言ったら、どうしましょうか?

 

「こいつらが連れてきたから一緒に来ただけだ。調子はどこも悪くない。絶好調だ。お前らは俺を病人扱いするつもりか。何の権利があって勝手に入院させるんだ。人権侵害で警察に訴えてやるぞ。俺は帰る」と言われたら、どうしますか?

 

 ★双極性障害(躁うつ病)の躁状態の極端な例です。脚色しています。

 ★すべての躁うつ病患者さんがこのような症状を呈するわけではありません。

 

躁状態もそうですが、うつ状態、統合失調症の幻覚妄想状態など、精神疾患によって自分で自分が病気であることを理解できないことが多々あるのです。

入院が必要ですと説明しても、本人は帰宅を希望。
帰ると言うからと、ご希望どおり帰宅させたとしたら、治療に結び付きません。
 
そこで、ご家族にどうしますかと問います。

医師の病状説明にご家族が納得し、入院に同意されるのであれば、本人が同意しなくても入院にできる制度があります。これを医療保護入院と言います。

 

ただし、ここで言う医師というのは、医師であれば誰でもよいわけではありません。本人の人権を制限することになるので、精神保健指定医という資格を持っている医師が診察し、入院可否の判断をして、法律に則って入院していただく手順を踏みます

 

精神保健指定医が診察し、精神障害があることを認め、医療や保護のためには外来では無理で、入院による治療が必要な状態であると判断する。しかし、本人は精神障害のため、その必要性が理解できず、自発的に入院できない状態にある。

家族は入院の必要性を理解し、入院に同意している。

こんな場合は、精神保健および精神障碍者福祉に関する法律に基づいて、本人の意思によらず強制的に入院させられる制度が医療保護入院です。

 

自分で病気であることを理解し、入院の必要性を理解して、入院しますと言えるならいいのです(この場合の入院形態を任意入院といいます)。

しかし、病識や判断力が欠如していれば、入院の必要性を理解できないので、やむを得ず本人の人権を制限することになるものの、そこは法律に則って無理矢理入院していただくことになります。

そして、この手続きは、精神保健指定医の資格を持った医師だけが行える権限です。

先に述べた精神科専門医では、これを行うことができません。

 

  精神保健指定医の仕事

 

精神科の入院は、本人が入院に同意して入院する任意入院の他、このような医療保護入院や措置入院、応急入院、緊急措置入院の4つの入院形態、合計5つの入院形態があります。一般の精神科医、すなわち医師免許のみ持っている医師の場合、任意入院を行うことはできます。

しかし、その他の4つの入院形態では、本人の同意を得ずに入院させることになりますから、同意しないという本人の権利を侵すことになるため、精神保健指定医の資格を持つ医師しか行えないことになっています。

 

その他、診察により、入院患者さんの精神状態が極めて悪く、自傷や他害のおそれが高い場合や、そのまま放置すれば患者さんの治療や予後に影響し、一般の精神病室では医療や保護を図ることができないと認められる場合に、やむを得ず身体拘束や隔離といった行動制限を行うことが法律上可能となります。

 

このように、本人の人権を制限することになりますが、「精神保健および精神障碍者福祉に関する法律」に則って上記実施することが可能な資格が精神保健指定医です。

実際、当院の入院患者さんの9割ぐらいが医療保護入院です。このため、精神科病院に精神保健指定医がいなければ、こういった患者さんの受け入れが不能となるため、まったく話になりません。

 

その他、精神保健指定医が急性期の入院患者さんの診察をすると、非指定医が診察した時と比べて高い医療点数が得られます。指定医資格は、病院経営にも寄与します。

例えば、入院3ヶ月以内の急性期患者さんを非指定医が診察したとすると、診察1回で病院の儲けは1,500円。週に2回までしか点数を付けられませんから、2回診察して3,000円しか診察料をいただけません。

ところが、指定医が診察すると1回で4,000円なんです。非指定医の診察2回分よりも多い。しかも、週に3回まで点数を付けられるので、最大12,000円。

全然違いますね。

 

外来診察では、指定医と非指定医で診察料はそんなに大きくは違いませんが、指定医の方が少し高く設定されています。

 

 

  精神保健指定医を取得するための申請資格

 

医師免許は国家資格ですが、精神保健指定医の資格も厚労省が認める国家資格です。

 

精神保健指定医の申請は、医師5年以上の経験があり、うち精神科医療の経験が3年以上あって、3日間の講習会に参加すると、申請の資格を得ます。

その上で、症例レポートを5本書いて提出します。締め切りは年2回。

レポートの審査に合格すると、口頭試問があります。

口頭試問に合格すれば、晴れて精神保健指定医の資格が得られます。

その口頭試問が2023年9月にありました。

 

この続きは、次のページに書きます。

 

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