コミュニケーションを極める実践トレーニングを学ぶスクール -4ページ目

コミュニケーションを極める実践トレーニングを学ぶスクール

あなたもプロのコミュニケーションスキルを身につけませんか?

注意欠陥障害(ADHD)と呼ばれる子供の方がパフォーマンスは高いのです。

確かに、来週のテストの点数で、一生懸命先生の話を聞いてノートをとっている生徒と比べれば、明らかに、ノートをとっている生徒のほうが点数が高いでしょう。

しかしながら、来週図工の時間に、独創的な絵を書くという場合どうでしょう?

それは、明らかに注意欠陥障害(ADHD)と呼ばれる子供の方がパフォーマンスは高いでしょう。

何故かというと何かアーティスティックなことにパフォーマンスを発揮するには、入力する情報量の差が影響します。

足をばたばたさせながらいる子供は後ろの小さいホコリにも気づくだろうし、他の生徒がどのように先生の話を聞いているのかも見ることが出来ます。

しかし、先生の話を一生懸命聞いている子供は、ホコリにも気づくことはないだろうし、他の生徒がどのように先生の話を聞いているのかは見えないでしょう。

情報入力の絶対量は明らかに、注意欠陥と呼ばれる子供の方が多いでしょう。

アイディアは情報と情報の組み合わせでしかありません。
これをナポレオン・ヒルはハーモニクスアイディアと言いました。

人はそれぞれ違います。
短所もあれば、長所もあるのです。

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世界とか世の中というのは自分とは独立して存在していて、自分はその中に置かれているものだと思っていませんか?
そして、自分ではどうにもならない絶対的な存在としての外界があると考えていませんか?

実は、そうではありません。

「世界とは自分が認識したもののこと」

なのです。

世界とか環境は、あなた自身が認識したものであって、認識していないものはあなたにとって存在しないものと同じなのです。

そして、脳は、
「認識したことが実際にある現実世界とは違ったものとしても、脳は、認識したことを現実の世界であると判断する。」のです。

テーブルの上にメガネと写真が置いてあったとします。メガネがないと見えないので困っていた人が家中を探した挙句、
そのテーブルの上でメガネを見つけました。

「あった!」と思ってそのメガネを掛けてどこかへ行ってしまったとします。

あとで聞いてみると、メガネがテーブルの上に合ったことは覚えているけど、一緒に写真も置いてあったことは全く覚えていないということがあります。
目では見えていたはずなのに、メガネにしか意識が行っていなかったので写真を意識しなかったのです。

この人は「テーブルの上にあったのはメガネだけで、写真はなかった。」というでしょう。

これと似た例で悩みに関しても言えます。

例えば、Aさんが職場でミスをしたとしましょう。
その日は、彼氏とのデートの日だったのですが、職場でのミスが頭をぐるぐる駆け巡り、デートのことはすっかり忘れてしまっていたのです。

Aさんはとても責任感が強い人なので、
「職場でのミス」を意識の中心に置き、悩んでいました。

しかし、その結果楽しみにしていた、デートの約束をすっぽかしてしまいました。

一方Bさんも職場でミスをしたとしましょう。
その日は、彼氏とのデートの日だったので、職場でのミスは一旦置いておいて、デートのことだけを考えました。

Bさんはとても切り替えの早い人なので、
「彼氏とのデート」を意識の中心に置き、彼氏とのデートを楽しみました。

すると、さっき悩んでいた職場でのミスは、意識の外ですから、そのことでデート中悩むことはありませんでした。

そして、デート後、ふと職場でのミスを思い出したのですが、不思議なことに、
「仕方がない。切り替えて次。」
と思えるようになっていたのです。

これは、無意識の力を上手く使った問題解決の方法と言えます。

意識でいくら考えても解決不可能な問題は、意識の中心から外し、別のことに集中してみるのです。
すると問題がいとも簡単に解決することがあります。

出来事には意味がありません。

「叱られた」という刺激に対して「腹が立つ」という反応があるという、この一連の流れをアンカーリングのプロセスといいます。
「叱られる」という行動がトリガー(引き金)となって、「腹が立つ」という思考、感情、行動が起こる(アンカー)。

「叱られる」というトリガーがいつもいつも「腹が立つ」というアンカーになるわけではありません。

人によって違いますし、同じ人だったとしても、状況が違えば全く違う反応になることもあります。

例えば、Aさんはお母さんに叱られたときは、「腹が立つ」というのが常なのですが、
尊敬している先生に叱られたときは、「反省する」ということもありえます。

Aさんがお母さんに叱られたとき、「腹が立つ」とすると、

そこには、無意識的に

「お母さんに叱られた。」

「いつまでも子供扱いされるのはイヤだ。」

「腹が立つ。イライラする。」


という風に無意識的に、自動思考が働き、腹がたち、イライラするという風に意味付けをします。

結果、
「お母さんに叱られたから腹が立ち、やる気が無くなった。」という風に意味付けを重ねます。

しかしながら、本当は、
「お母さんに叱られたから、腹が立ち、やる気がなくなった」のではありません。

「意味付け」は自分自身で怒りを選択し、勝手に自分でそれを言い訳にしてやる気をなくしただけなのです。
すべては自分の選択の結果であり、いくらでも選択を変えることは可能です。

そのためには、まず「気づく」ことです。

無意識に任せずに、自分の自動思考の癖を知るということです。

自分を俯瞰的なポジションでみたときに、その行動や感情が効果的なのかどうか、客観視してみるのです。

自分の意識だけを体から天井に移し自分を見てみる。
そうすると自分のパターンに気づくことができます。

それが効果的なら続ければいいし、非効果的なら続けない方がいい。

このように、自分を俯瞰的に捉えてみる視点を、メタ視点といいます。
メタ視点を鍛えると、あらゆる角度から物事を考えることが出来ていきます。

既存の枠組みにとらわれない、自由な視点です。

仕事でも、恋愛でも、ありとあらゆる人間関係の問題にも、このメタ視点があれば、
解決の糸口を探ることができます。

自分の無意識のパターンをメタ的な視点から捉え、自分にとって効果的な意味付けをしていきましょう。

すると、人生が少しだけ面白くなるかもしれません。

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「ハエはうんこにたかる。蝶は花にたかる。」

という言葉があります。

つまり、寄ってくる人が悪いんじゃなくて、あなたにふさわしい人が集まってきているということです。

よく、
「私にはツキがない。」
「私の周りにはろくな男がいない」
「うちの会社にはろくな社員がいない」

というような愚痴を聴くことがあります。

うるさく飛び回り、ばい菌をばらまく不潔なハエ。

ハエはうんこや腐って悪臭を放つようなところにたかります。
不潔なところを好んで生息しているのです。

ツキがないオーラを放ち、ろくでもない男をひきつける雰囲気をして、
活気がなく、暗く否定的な雰囲気を放っているからでしょう。

あなたの周りにはどのような人が集まっていますか?

もし、そこに不満があるのなら、それは周りに原因があるのではない。
あなたに原因があるのです。

あなたが花になれば自ずと、蝶が集まります。

ウンコはやめて花になりましょう。
「人は人生の敗北を避けるために、あらゆるものを利用します。」

ある若手女優が初めての主演舞台の準備中に体の震えが止まらなくなり、
練習ができず舞台が中止に追い込まれるということがありました。

本人は頑張ろうとしたのですが、立ち上がることすらできないほどの虚脱感があったということです。

小学生が、宿題を忘れていたのに気がついて、朝、お腹が痛くなったり、熱がでたりする時の感覚と一緒です。
怒られたくないからです。

その女性も、自分の本当の実力が証明されるのが怖かったからです。

非常に激務の会社に務めていて、うつ病になったとします。
すると、休職して治療することが出来ます。

しかし治ってしまうと、またストレスの多い職場に戻らなければいけません。

だから、治ってしまっては困るのです。

このように病気であることにより得られる利益のことを疾病利得と言います。

病気になることはしんどく辛いことです。

しかし、周りの目があるところで、自らの敗北をさらされる比べればなんということはありません。
負け戦に挑むくらいなら病気の方がまだましなのかもしれません。

敗北を避けるために、ありとあらゆるものを利用するのです。