性善説とは人は基本いい人だとして付き合う考え方です。
性悪説とは人は基本悪い人だとして付き合う考え方です。
今の日本において、法律という枠組みがある以上、この日本では、性悪説が採用されているということになります。
なぜなら、法律とは、
「どのような罪を犯したのかにたいして、どのような罰を与えるのか。」
というものだからです。
これがいい、悪いというのではありません。
もし、法律がなければ、何か悪いする人の抑制にはならないからです。
例えば、変なオジサンが、子供に、
「このアメを上げるね。だからおじさんと一緒にどっかに行かない?」
という人がいたとして、そういう事自体がとても悲しいことですが、
そのような人に対する抑制にはならない。
しかしながら、我々はもう大人です。
こと人間関係を結ぶ上で、我々は性悪説を持ち込んでいませんか?
はじめて出会う相手と性悪説で出会う場合、
この人は、きっと悪い人だという前提を持って人と出会うため、知れば知るほど、出会う相手の悪いところばかりが目につきます。
「この人は悪い人だろうか?」
「うぁ。やっぱりここがダメだ。」
「あそこも少し気に入らない。」
…
という風に、ダメなところばかりがフォーカスされます。
しかしながら、はじめて出会う相手と性善説で出会う場合、
この人は、きっと善い人だという前提を持って、人と出会うため、知れば知るほど、出会う相手のいいところばかりが目につきます。
「この人は善いひとだろうか?」
「うぁ。やっぱりここがいいな。」
「ここもいいな。やっぱりこの人は素敵だな。」
どちらの人生を歩むのかはあなたの自由です。
つまり、あなたの選択です。
あなたは、どちらの道を選びますか?
性善説でしょうか?
性悪説でしょうか?
それとも、全く違う考え方でしょうか?