毎日たのしく
過ごしているオータですが、今日はフトそんな事を考えてしまいました

そもそも教室に出入りしている高校生のOKOTOが
失恋のイタデ
を公表しに訪れたのがきっかけでこんな述懐をしているわけで、OKOTOのイタミは
本人にはリアルなんだけれど、聞く人間にとっては
雑談のネタの1つぐらいの重さでしかなく、心配は
してあげられはしても同情は出来ず、ただただ
OTOKOの陳情を「もう20回目だよ」ぐらいの
面持ちで聞いたわけです。

それぞれに出会いや出来事があり、それに直面して
それぞれに想い、行動する。その中で感じたり
うれしかったり、かなしかったり、いきどおったり
少しづつ生きる知恵やヒントをみつけていく

OKOTOのこの過剰とも言うべき陳情を聞きながら
偉そうに答えている自分は本当は何ほどの人物に
なれているというのか、甚だ疑問である

いくつになっても、どんな体験・経験を経たとしても
常に謙虚に自分を見つめ、そして物事を前向きに
捕らえていくことができるだろうか

自問自答するが答えなどなかなか出るものでもない
自分のまだまだ未熟だったころの、また自分のまだまだ
未熟なままの精神の鏡として、OKOTOの必死の訴えは
自分の心にそのような想いを沸き起こさせたのだった
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