AIに仕事の相談をしていて、時々こんなことがあります。
「いや、そうじゃなくて……」
AIが私の意図と違う答えを出す。
もう一度説明する。
それでも違う。
「だから、そこじゃないんだよ!」
だんだんイライラしてくる(笑)
以前なら、「AIが理解してくれない。」と思っていました。
もちろん、本当にAIが勘違いしていることもあります。
でも最近は、もう一つ考えるようになりました。
「もしかして、私の説明が曖昧なんじゃないか?」
頭の中では分かっている
設計をしていると、頭の中には完成したイメージがあります。
「ここがこう動いて……」
「この部品がここに当たって……」
「だから、この形になる。」
自分では分かっています。
ところが、それをAIに説明しようとすると、うまく言葉にならない。
そんなことがあります。
そこで気づきます。
頭の中で分かっていることと、人に説明できることは違う。
AIは私の頭の中を見られない
当たり前ですが、AIには私の頭の中は見えません。
私が伝えた文章。
図面。
画像。
数値。
条件。
AIが使えるのは、基本的に私が渡した情報です。
私の中では、「当然ここはこうなる。」と思っていても、それを伝えていなければAIには分かりません。
するとAIは、与えられた情報から考えます。
そして私とは違う答えを出す。
そこで、「AIが間違えた!」となる。
でも確認してみると、必要な条件を伝えていなかったのは自分だった。
そんなこともあります。
「説明できない」は結構重要なサイン
最近は、AIに何度説明してもうまく伝わらない時、一度止まるようにしています。
そして、「そもそも自分は何をしたいんだ?」と整理する。
目的は何か。
絶対に守る条件は何か。
何が決まっているのか。
何がまだ決まっていないのか。
それを整理してから、もう一度AIに伝える。
すると、急に話が通じることがあります。
AIが賢くなったわけではありません(笑)
自分の考えが整理されたのです。
これは人間同士でも同じだった
考えてみれば、これはAIだけの話ではありません。
長くものづくりをしていると、図面を見た人から、「ここ、どういう意味ですか?」と聞かれることがあります。
設計者は、「見たら分かるやろ。」と思ってしまうことがある。
でも、本当に良い図面なら、作る人が迷わない方がいい。
組み立てる人が迷わない。
使う人も迷わない。
後から図面を見た人にも、意図が伝わる。
私は、そういう設計を大切にしてきました。
AIと話していると、それと同じことを自分に突きつけられることがあります。
「それ、本当に相手に伝わる説明になってる?」と。
AIが「説明の練習相手」になっていた
AIを使う目的は、答えをもらうことだと思っていました。
でも最近は、自分の考えをAIに説明すること自体にも価値があると思っています。
AIに伝わるように整理する。
言葉にする。
条件を明確にする。
曖昧なところを見つける。
すると、自分自身の理解も深くなります。
つまりAIは、答えを出してくれる相手であると同時に、自分の考えを整理するための相手
にもなっていました。
編集後記
AIに、「違う!」「そうじゃない!」と言っている時。
最近は少しだけ、自分も疑います。
「待てよ。俺の説明、本当に分かるようになってるか?」
これを考えるだけで、AIとのやり取りが変わることがあります。
そして面白いのは、AIに説明し直しているうちに、「あれ? こっちの方がいいんじゃない?」
と、自分で別案を思いつくことまであること。
AIに教えているつもりが、自分が教えられている。
なんとも不思議です(笑)
58歳になっても、「伝える」ということには、まだまだ学ぶことがあります。
今日もAI相手に説明の練習です。
AIを学び、AIと共に考え、AIと共に創り上げる。
