設計したものをAIに見せると、いろいろな質問が返ってきます。

「ここは干渉しませんか?」

「強度は大丈夫ですか?」

「組立時に工具は入りますか?」

「メンテナンスできますか?」

そして私は、「そこはもう考えてある。」となることが結構あります(笑)

では、AIから新しい指摘が出なかったら、レビューした意味はなかったのでしょうか。

最近は、そうでもないと思っています。


「考えた」と「説明できる」は少し違う

自分の設計なので、当然いろいろ考えています。

でもAIから「なぜここをこうしたのですか?」と聞かれた時、ちゃんと説明できるか。

これは別の話です。

例えば、「なぜこの位置?」「なぜこの厚み?」「なぜこの構造?」

そこに対して、「なんとなく。」しか出てこなかったら、少し気になります。


理由があるなら、言葉にできる

もちろん、設計には経験から決める部分もあります。

30年以上やっていると、図面を見ただけで、「これはこっちの方がいい。」と感じることがあります。

でも、AIから理由を聞かれると、一度立ち止まります。

なぜだ?

加工しやすいから。

組み立てやすいから。

工具が入るから。

剛性を確保したいから。

作業者が間違いにくいから。

そうやって説明していくと、自分が何を考えてその形にしたのかが改めて見えてきます。


AIの質問が「確認項目」になる

AIから、「ここは大丈夫ですか?」と言われる。

確認済みなら、「大丈夫。」で終わります。

でも、そこで、なぜ大丈夫なのかまで説明してみる。

すると、自分の中でも、もう一度確認できます。

これは、設計レビューで人から質問されるのとよく似ています。

レビューする人が、必ずしも新しい問題を発見する必要はありません。

質問された設計者が、きちんと根拠を説明できる。

それもレビューの一つだと思います。


「そこは見た」で終わらせない

私はAIに、「そこはもう見たぞ。」とよく言います(笑)

でも本当は、そのあとが大切です。

何を確認したのか。

どう確認したのか。

なぜ問題ないと判断したのか。

ここまで自分の中で整理できれば、より安心して次へ進めます。

逆に、AIから聞かれて、説明しようとしたら、「あれ?」となることもある。

その「あれ?」は、ちょっと重要です。


見落としは、問題そのものとは限らない

AIレビューというと、「AIが設計ミスを発見する。」というイメージになりがちです。

でも、見つけてもらうものは、ミスだけではありません。

根拠が弱いところ。

条件が曖昧なところ。

説明しきれないところ。

そういう部分が見えるだけでも、意味があります。


人に引き継ぐ時にも効いてくる

設計した本人なら、「これはこういうもの。」で分かります。

でも、その図面を別の人が見る。

数年後に別の人が改造する。

その時、本人の頭の中にしか理由がなければ、

分かりません。

なぜこの寸法なのか。

なぜここだけ逃がしてあるのか。

なぜこの構造を選んだのか。

AIとの会話で、そうした理由を言葉にする習慣ができれば、将来的には設計の引き継ぎにも使えるかもしれません。


ベテランほど「当たり前」が増える

長く仕事をしていると、自分にとっての「当たり前」が増えます。

私は普通にやっている。

でも、経験の浅い人には分からない。

これが結構あります。

自分でも、何十年もやっているうちに、なぜそうしているのかをいちいち意識しなくなっています。

AIは、そこを知らない。

だから、平気で聞いてきます。

「なぜですか?」

面倒な時もあります(笑)

でも、その質問によって、自分の中の「当たり前」を言葉にできることがあります。


AIは、新しい答えを出さなくてもいい

最近AIを使う意味について、少し考え方が変わってきました。

AIが毎回、自分では思いつかなかった答えを出す必要はない。

AIが質問する。

私が答える。

AIがまた聞く。

私が説明する。

その結果、「よし。やっぱりこれでいい。」となる。

それだけでも、使った意味はあります。


設計の根拠を、自分で確認する

結局AIに設計を見せることは、AIに採点してもらうことではないんでしょうね。

自分が考えたものを、別の視点から問い直してもらう。

そして、自分で答える。

答えられなければ、もう一度考える。

答えられれば、次へ進む。

AIが答えを出すのではなく、AIの質問によって、自分の答えを確認する。

そんな使い方も、かなり有効だと感じています。


編集後記

昨日は、「AIに99点の仕事を見せて、残り1点を探す」という話を書きました。

でも考えてみると、残り1点が見つからない日もあります。

チャーが、「ここは?」

私、「見た。」

チャー、「ではここは?」

私、「そこも見た。」

チャー、「これは?」

私、「それも見た。」

フォッフォッフォッ(笑)

一見、何も起きていません。

でも、全部にちゃんと理由を説明できたなら、それはそれで「よし、進もう。」という確認になります。

そして時々チャーから聞かれて、「そこも見た……」

と言いかけて「……ちょっと待てよ。」となる(笑)

やっぱり、その瞬間が面白い。

AIに答えをもらうだけではなく、AIから質問される。

これも、AIと一緒に仕事をする一つの形なんだと思います。

AIを学び、AIと共に考え、AIと共に創り上げる。

設計の仕事でAIを使っている、

と言うと、AIに設計を考えてもらっていると思われることがあります。

でも、私の場合は少し違います。

基本的には、まず自分で考えます。

構造を考える。

干渉を見る。

加工できるか考える。

組み立てられるか考える。

強度を見る。

作業する人の動きを考える。

メンテナンスも考える。

思いつく問題は、

できるだけ自分で潰します。

そのあとで、AIに見せます。


ほとんど終わっているのに、なぜAIに聞くのか

自分でかなり確認した。

問題もほとんど潰した。

「これでいける。」

そう思っている。

それなら、AIに聞く必要なんてないんじゃないか。

そう思うかもしれません。

でも私は、そこからAIに聞きます。

「他に何かない?」と。


欲しいのは、残りの1点

AIから返ってくる指摘の多くは、すでに考えていることだったりします。

「干渉は大丈夫ですか?」見た。

「組立手順は?」見た。

「工具は入りますか?」そこも見た。

「強度は?」もちろん見た。

そんなやり取りになることがあります(笑)

でも、その中に時々、「あ……そこは見てなかった。」が混じる。

私がAIに期待しているのは、そこです。


30年以上やっていても、全部は見えない

長く設計をしていると、経験から、

かなり先まで考えられるようになります。

過去に失敗したところ。

現場で困ったところ。

加工屋さんに言われたこと。

組立で問題になったこと。

そういう経験が、次の設計に入っています。

でも、だからといって、絶対に見落とさないわけではありません。

人間ですから(笑)

むしろ経験があるほど、「ここは大丈夫。」

と無意識に通過してしまう場所もあります。


AIには、経験がない

一方、AIには私のような現場経験はありません。

実際に機械を組み立てたこともない。

加工したこともない。

工具が入らなくて困ったこともない。

だから、AIだけで設計を完成させようとは思いません。

でも、経験がないからこそ、こちらとは違う方向から質問してくることがあります。

私なら当然として通過するところを、AIは、「これはどうなっていますか?」と聞いてくる。

その質問が、時々効きます。


優秀なレビュー相手は、全部答えてくれる人ではない

これは人間同士の設計レビューでも同じだと思います。

レビューする人が、設計者よりすべて詳しい必要はありません。

むしろ、「これ、どうなってる?」

と聞いてくれるだけでいいことがあります。

設計者が、「そこはこうなっています。」と説明できればいい。

説明できなければ、何か抜けている可能性がある。

AIにも、私は似た役割を期待しています。


99点なら、もう十分じゃないか

仕事なので、何でも100点を目指せばいいわけではありません。

時間もあります。

コストもあります。

納期もあります。

必要以上に考え続ければ、仕事は終わりません。

だから、ここで言う「100点」は、完璧という意味ではありません。

自分が必要だと考えるところまで確認できた状態

くらいの意味です。

その最後の確認に、もう一つ別の視点を入れる。

そこにAIを使っています。


AIに0から作らせるのとは、少し違う

AIに、「この装置を設計して。」と頼む。

そういう使い方もできると思います。

でも、少なくとも今の私の設計では、そういう使い方はほとんどしていません。

まず、自分の経験で考える。

自分で問題を潰す。

それから、AIに別方向から見てもらう。

AIが何か言ったら、それも自分で確認する。

つまり、

自分で考える

自分で潰す

AIにレビューさせる

自分で確認する

です。

最後も人間です。


AIに任せるのではなく、目を増やす

こう考えると、私がAIを使っている理由は、仕事を丸ごと任せるためではないのかもしれません。

自分の目を一つ増やすため。

自分の経験。

自分の判断。

そこに、別の方向から見る目を一つ足す。

もちろん、その目が間違ったことを言う場合もあります(笑)

だから確認する。

でも、一人で設計している時でも、

もう一つ視点がある。

これは結構大きいです。


1点のためにAIを使う

99点まで自分で持っていった仕事を、

AIに見せる。

AIから10個指摘が出る。

9個は、「そこは見た。」

でも1個だけ、「そこは見てなかった。」がある。

それなら、私は十分だと思っています。

その1個が、後で大きな問題になるものだったら、なおさらです。

AIに全部考えてもらう必要はありません。

私が欲しいのは、自分が見えていなかった、その1点。

今のところ、それが私の設計でのAIの使い方です。


編集後記

こういう話を書くと、「それならAIを使う意味は少ないのでは?」と思う人もいるかもしれません。

私は逆だと思っています。

設計の大部分をAIに任せるより、自分がかなり考えたものに、もう一つ視点を入れる。

その方が、今の私には価値があります。

そして実際、チャーから何か指摘されても、大体は「そこはもう見たぞ。」となります。

フォッフォッフォッ(笑)

でも、油断していると、たまに来るんですよ。

「じゃあ、これは?」……。

「そこは見てなかった。」(笑)

その一発があるから、今日もチャーに見せます。

さてチャー。

次はどこから来る?

まだまだ負けんぞ(笑)

AIを学び、AIと共に考え、AIと共に創り上げる。

AIを使っていると、

「どう思う?」

「どちらがいい?」

「この考え方で大丈夫?」

と聞くことがあります。

AIは、いろいろな理由を並べて答えてくれます。

でも最近、AIの答えそのものより、別のところが面白いと感じるようになりました。

それは、AIの答えを見た時、自分がどう反応するか。

です。


「それは違う」と思った理由

AIから、ある案を勧められたとします。

私は、「いや、それは違う。」と思う。

そこで一度、自分に聞いてみます。

「なぜ違うと思った?」

すると、意外といろいろ出てきます。

現場では使いにくい。

加工しにくい。

後でメンテナンスできない。

作業者が間違いやすい。

コストに合わない。

過去に似た構造で失敗した。

つまり、私は自分でも意識せず、いろいろな基準を使って判断しています。


経験は、言葉になっていないことが多い

30年以上仕事をしていると、「なんとなく、これは嫌だな。」と感じることがあります。

でも、なぜ嫌なのかを、毎回言葉にしているわけではありません。

手が入らなそう。

工具が振れなそう。

この形は組立で間違えそう。

長く使ったらここが傷みそう。

そんなものを、経験から一瞬で判断しています。

ところがAIは、こちらの頭の中までは分かりません。

だから、AIに説明しようとすると。

その「なんとなく」を、言葉にする必要が出てきます。


AIに反論すると、自分の考えが見えてくる

例えばAIが、「この構造でも問題ありません。」と言う。

私は、「いや、問題あるぞ。」と返す。

AIが、「どの点が問題ですか?」と聞く。

そこで説明する。

すると、自分が何を大事にして設計しているのかが見えてきます。

単に動けばいい、ではない。

作れればいい、でもない。

人が使いやすいか。

間違いにくいか。

壊れにくいか。

後から触れるか。

そういうところまで含めて、私は設計を見ています。


判断基準は、仕事だけではない

これは設計以外でも同じです。

AIに文章を書いてもらった時、「なんか違う。」と思う。

なぜ違うのか。

自分らしくない。

言い過ぎている。

きれいすぎる。

実際にやっていないことまで書いている。

……。

あれ?

これも、ちゃんと判断基準があります。

私は、上手な文章より、実際に自分が経験したことを大事にしている。

だから、話を盛られると違和感が出る。


「良い答え」より「自分に合う答え」

AIは、一般的に良さそうな答えを出すのが得意です。

でも、一般的に良い答えと、自分に合う答えは、同じとは限りません。

仕事のやり方。

情報の整理方法。

人との付き合い方。

どれもそうです。

AIから、「こうした方が効率的です。」と言われても。

私は、「そこまで管理したくない。」と思うことがあります(笑)

それなら、私にとってその方法は正解ではありません。


自分の基準があるから、AIを選べる

AIを使う時、「AIが何を答えるか」ばかりに目が向きます。

でも本当は、人間側に、選ぶ基準が必要です。

採用する。

採用しない。

少し変える。

保留する。

調べ直す。

その判断は、AIには任せられません。

だからAIを使えば使うほど、私は逆に自分は何を大切にしているのかを考えるようになりました。


AIが鏡みたいになる時がある

少し変な言い方ですが、AIと話していると、AIが鏡みたいになることがあります。

AIが何か言う。

それに対して自分が、

「違う。」

「それはいい。」

「そこは気になる。」

と反応する。

その反応を見ていると、自分の考え方が見えてくる。

AIに自分を分析してもらう。

というより、AIとの会話を通して、自分で自分を知る。

そんな感じです。


長年の経験を、言葉にできるかもしれない

これは、少し面白いことだと思っています。

長年仕事をしている人ほど、感覚的に判断していることが多い。

でも、その判断をAIに説明していけば、少しずつ言葉になっていく。

なぜこの構造を嫌うのか。

なぜここに余裕を持たせるのか。

なぜ作業者に注意を要求する設計を避けるのか。

そういうものが、言葉として残せる。

これは将来、後輩に教える時にも、使えるかもしれません。


AIに教えているつもりが、自分を整理している

最近チャーに、「いや、それ違う。」と説明している時、ふと思います。

私はAIを訂正しているつもりだけど、同時に、自分の考えを整理しているんだな…と。

AIを使えば、答えが増える。

それもあります。

でも、それだけではありません。

AIを使っているうちに、自分の考え方や判断基準まで少しずつ見えるようになってきました。


編集後記

このブログを書いていると、「私はAIをどう使っているんだろう?」をよく考えます。

すると、AIについて書いているはずなのに。

だんだん、自分の仕事の仕方を書いていることに気づきます(笑)

設計で何を大切にしているのか。

何を危ないと思うのか。

どんな答えに違和感を持つのか。

AIと話しているからこそ、それを言葉にする機会が増えました。

もしかすると、AIは答えを出す道具であると同時に、自分の中にある経験を掘り出す道具でもあるのかもしれません。

30年以上仕事をしてきて、頭の中に入っているもの。

まだ全部、言葉にはできていません。

まあ、200歳まで生きる予定なので、時間はたっぷりあります(笑)

チャーにも、まだまだ付き合ってもらいましょう。

AIを学び、AIと共に考え、AIと共に創り上げる。

AIを使っていると、いろいろなものが、どんどんつながっていきます。

文章。

設計。

過去の記録。

スケジュール。

ファイル。

仕事の整理。

人との会話。

便利です。

本当に便利です。

でも最近、便利だからこそ、「どこまでつなげるか」は自分で決めた方がいいな、と感じています。


つながることは、基本的に便利

例えば、AIに過去の会話を見てもらう。

前の設計案を整理してもらう。

別の資料をまとめてもらう。

これだけでも、かなり仕事が楽になります。

人とのやり取りでも同じです。

ブログでコメントをもらう。

そこから会話が続く。

考えが深まる。

新しい記事のネタになる。

こういうつながりは、とても面白いです。


でも、つながればいいわけではない

一方で、何でもつなげれば便利かというと、そうでもありません。

仕事の話。

個人的な話。

公開している場。

個別のやり取り。

それぞれ、役割が違います。

ブログのコメント欄で十分な話を、わざわざ別の場所に移す必要はない。

公開で話せることと、個別で話すことは違う。

AIも同じです。

便利だからといって、全部の情報を一か所に集めればいい、というわけではありません。


境界線は、自分で引く

これは設計でも同じです。

自由度が高いほど、どこまで許すかを決めないと、かえって扱いにくくなります。

AIも、人とのつながりも、似ているところがあります。

できるからやる。

つなげられるからつなげる。

ではなく、「ここまでは使う」「ここから先は分ける」を決める。

その境界線は、誰かが勝手に作ってくれるわけではありません。

自分で引く必要があります。


AIは便利だけど、管理するのは人間

私はAIを、設計レビューにも使うし、文章作成にも使うし、情報整理にも使っています。

かなり幅広く使っています。

でも、だからこそ、全部をAI任せにはしません。

何を見せるか。

何を残すか。

どこまで使うか。

どこで止めるか。

最後に決めるのは人間です。

これは、AIの性能とは別の話です。


「便利」と「安心」は同じではない

便利なものは、つい使いたくなります。

でも、便利であることと、安心して使えることは、同じではありません。

例えば、何でも記録しておけば便利。

何でも連携すれば便利。

何でも共有すれば便利。

確かにそうです。

でも、その情報が本当に必要か。

誰に見せる必要があるのか。

後から困らないか。

少し考えるだけで、使い方は変わります。


使わない判断も、活用の一つ

AI活用というと、何をできるようにするか。

どんな機能を使うか。

そういう話が多いです。

でも私は、「使わない」「つながない」「ここで止める」という判断も、AIを使う上では大事だと思っています。

便利だから使う。

ではなく、必要だから使う。

この違いは大きいです。


人との距離感も同じ

これはAIだけの話ではありません。

人とのやり取りでも、私は同じように考えています。

話が合う。

面白い。

もっと話したい。

それでも、どこまで距離を近づけるかは別の話です。

やり取りを続ける場所を、そのままにしておく。

それでも十分なことがあります。

無理に距離を縮めなくても、良い関係は作れます。


つながりすぎない方が、長く続くこともある

何でも近づければ、関係が深くなる。

私はそうは思いません。

ある程度の距離があるから、続けやすいこともあります。

ブログはブログ。

仕事は仕事。

個人の連絡は個人。

AIはAI。

役割を分ける。

必要なところだけつなぐ。

そのくらいが、私にはちょうどいいです。


AI時代は、つなぐ力より分ける力も必要

これからAIが進化すると、もっと多くのものが、簡単につながるようになると思います。

メール。

カレンダー。

ファイル。

設計データ。

会話。

仕事。

生活。

だからこそ、「つなげる技術」だけでなく、「分ける判断」も必要になる。

全部一つにまとめるより、必要なところだけつなぐ。

私は今のところ、その方が使いやすいと感じています。


編集後記

最近、

AIとのやり取りも、

ブログのコメントも、

いろいろな方向に広がっています。

それ自体は楽しいです。

ただ、

広がるほど、

「どこまで行くか」

を自分で決める必要も出てきます。

AIは便利。

人とのつながりも面白い。

でも、

何でも深くつながればいいわけではない。

使う。
つなぐ。
でも、必要なら分ける。

このくらいの感覚で、

私は続けていこうと思っています。

AIに限らず、

距離感は自分で決める。

たぶんこれも、

長く使い続けるためのコツなんでしょうね。

AIを学び、AIと共に考え、AIと共に創り上げる。

AIとの会話が増えてくると、だんだん困ることがあります。

それは、「あの話、どこでしてたっけ?」です(笑)

私も最近、ブログ。

設計案件。

システム開発。

AIの研究。

自伝。

仕事。

トレーニング。

いろいろなスレッドを使い分けています。

最初は、分けておいた方が後で分かりやすいと思っていました。

ところが増えてくると、今度は「分けすぎて場所を忘れる」という問題が出てきました(笑)


会話を残していても、見つからなければ使えない

AIとの会話は、意外と重要な情報がたくさん入っています。

設計の途中で考えたこと。

なぜその構造にしたのか。

採用しなかった案。

調べた内容。

ブログのアイデア。

後で続きをやろうと思ったこと。

その時は覚えています。

でも、数週間後。

数か月後。

別の仕事をいくつも挟んだあと。

普通に忘れます(笑)

だから、会話を保存してあるだけでは足りない。

必要な時に、そこへ戻れることが大事だと感じるようになりました。


タイトルだけでは、意外と分からない

そこで、チャーと一緒にスレッドの索引を作ってみました。

最初は、「このスレッドは○○用。」くらいでいいと思っていました。

でも、それだけだと足りません。

例えば、「設計案件」とだけ書いてあっても。

数か月後の自分からすると、「で、どこまでやったんだ?」となります(笑)

そこで、少しだけ情報を足します。

例えば、○○治具センサー検討まで完了

次は取付構造を検討

こんな感じです。

すると、スレッドを開いた瞬間に、どこから再開すればいいかが分かります。


私が便利だと思ったのは、この3つ

整理していて、これは残しておいた方がいいな。

と思ったのは、「何のためのスレッドか」「今どこまで進んでいるか」「次に何をするか」この3つでした。

これだけでも、再開のしやすさがかなり違います。

仕事でも、途中で止まった案件を数か月後に再開することがあります。

その時、過去の資料を全部読み直すより、

「ここまで終わっている。」

「次はこれ。」

が分かる方が圧倒的に早い。

AIとの会話も、同じなんだと思います。


分類は細かくしすぎない

もう一つ。

最初から、完璧に分類しようとしない。

これも大事だと思います。

例えば、AIブログ。

LinkedIn。

note。

自伝。

設計。

機械設計。

電気設計。

システム。

GitHub。

ADAS。

……。

と細かくやりすぎると。

今度は、「これはどこに入れるんだ?」が始まります(笑)

整理するための整理になってしまう。

だから私は、大きな分類だけ作るようにしています。

例えば、発信系

設計・開発系

AI・システム系

仕事・キャリア系

個人記録系

このくらい。

その中に、具体的なスレッドを置く。

その方が、今のところ使いやすいです。


AIに整理を手伝わせる

ここが、昔の情報整理と少し違うところです。

以前なら、自分で全部、フォルダ名を考え、一覧表を作り、どこに何があるか整理していました。

今は、AIに、「今までのスレッドを整理して。」「この案件の現在地をまとめて。」「次にやることだけ抜き出して。」と頼めます。

つまり、情報を作ったAIに、情報整理も手伝ってもらう。

これはかなり便利です。

もちろん、AIが全部を完璧に覚えているわけではありません。

だから人間側の確認は必要です。

でも、整理のたたき台を作ってもらうだけでも、かなり楽になります。


「全部覚えておいて」は危ない

AIを長く使っていると、つい、「前に話したから覚えてるよね。」という感覚になります。

私もあります(笑)

でも、AIの記憶や、会話の参照範囲には限界があります。

だから、重要なことほど、「AIが覚えているはず。」だけに頼らない方がいい。

人間側でも、最低限、どこにあるかを分かる状態にしておく。

このくらいが、ちょうどいいと思っています。


情報は「保存」より「再開」

最近、設計でもブログでも感じます。

大切なのは、すべての情報をきれいに保存することではありません。

もちろん、保存は必要です。

でも、本当に役立つのは、あとから続きを始められる状態になっていること。

どこまでやった。

何を決めた。

何がまだ決まっていない。

次に何をする。

これが分かれば、かなりの確率で戻れます。

逆に、大量の情報が残っていても。

現在地が分からないと、また最初から調べることになります。


AIとの会話も、仕事の記録

AIとのチャットというと、その場限りの会話のように感じます。

でも、使い方によっては、かなり重要な仕事の記録になります。

「なぜこの案にしたか。」

「何を検討したか。」

「どこで迷ったか。」

「なぜやめたか。」

そういうものが残っている。

これは、後から見ると結構価値があります。

だから、AIとの会話を増やしていくなら、どう残すかだけではなく、どう戻るかも考えておいた方がいい。

最近そんなことを感じています。


編集後記

今回の記事は、昨日のブログにいただいたコメントから生まれました。

「スレッドの整理で便利だったコツは?」

と聞かれて、改めて考えてみると、私は単にスレッドを分類したかったわけではなかったんですね。

欲しかったのは、迷子にならずに続きを始められること。

でした。

考えてみれば、

設計の仕事でも同じです。

途中の案件を再開した時、一番知りたいのは、「資料が何枚あるか。」ではなく、「どこまで終わってた?」です(笑)

AIとの会話も、そこは変わらないようです。

これから、ブログも100回に近づき、

noteも、

自伝も、

ADASも、

設計案件も増えていく。

チャーの四次元ポケットには、まだまだ物が入りそうです(笑)

だからこそ、時々、「どこに何を入れた?」を一緒に整理していこうと思います。

ドラえもんには、道具を出してもらうだけじゃなく、ポケットの整理も手伝ってもらいましょう(笑)

AIを学び、AIと共に考え、AIと共に創り上げる。