今の携帯電話が2年を超えました。

 

 

 

最近モデルチェンジをしたいなーと思っています。

 

 

 

で、携帯に付加してほしい機能とかをちょっと考えてみました。

 

 

 

まずは・・・、

 

 

 

カメラ機能(但し3.0Mピクセル以上)

 

 

 

FMラジオ(これはもうある)

 

 

 

ハードディスク(音楽、英会話、会議録音したい)

 

 

 

まあ普通です。

 

 

 

でもカメラの機能向上は、デジタルカメラ市場が危うい現状ですから、携帯電話のカメラ機能のスペックの向上はちょっと難しいかもね。

 

 

 

デジタルカメラの開発方針を変えなくちゃ無理っぽいかな。

 

 

 

オッと、話しがずれそうです。戻しまして・・・、

 

 

 

懐中電灯付き携帯(地震のとき要るな)

 

 

 

レーザーポインター付き携帯(会議のときちょっと便利)

 

 

 

手動充電器(いざというときは重宝する)

 

 

 

自動翻訳機能(もちろん音声変換機能付き)
 

 

 

指紋照合機能(これはすぐ出来そう)

 

 

 

簡単緊急時発信機能(これもすぐ出来そう。犯罪防止機能とも言う)

 

 

 

 

あれば面白いかなっていうのは・・・、

 

 

 

ペン入力機能(どうかな?どうってことないか)

 

 

 

自宅の鍵付き携帯(もちろんデジタルロックです)

 

 

 

消しゴム携帯(ゴムで出来た携帯電話。衝撃にはやたら強い?)

 

 

 

シャチハタ携帯(印鑑って案外好きです)

 

 

 

メガホン携帯(大音量スピーカー付。待ち合わせで、はぐれても大丈夫)

 

 

 

扇子携帯(もう暑い真夏も大丈夫!?)

 

  

 

 

ちょっと・・・微妙・・・、 


 

 

 

爪楊枝アンテナ携帯(・・・・・・)

 

 

 

歯ブラシアンテナ携帯(・・・・・・)

 

 

 

ペンアンテナ携帯(・・・これはいけるかも)

 

 

 

ペン型携帯(見た目はかっこよさそう。ボタンは全部ダイヤル式だ)

 

 

  

十得携帯(サバイバル携帯とも言う。アウトドア派は必携)

 

 

 

  

ふーっ、この辺で勘弁したろか・・・。 

 

 

 

でも十得携帯はちょっとほしいかも・・・(^.^)

暑い!

 

 

とにかく暑い!

 

 


このところの関西の暑さはちょっとオカシイです。

 

 

 

世界的に地球温暖化とか異常気象とか言いますが、確かに今年のこの暑さ、肌に感じるものは尋常じゃないなにものかを感じさせます。

 

 

 

日本列島でも日本海側は大雨ですが、一山越えて太平洋側に来ると日照り続きで取水制限が始まっている地域もあるほどです。

 

 

 

ほんの数十キロ離れただけで、これだけ気候条件が変わる国もまあないでしょうね。

 

 

 

そのような風土を持つ国だからこそ、という情緒的な部分もあったのですが、それも徐々に極端化していくと、情緒とも言っていられなくなります。

 

 

 

日本人の美意識なんていうのも変わってきているよなー。

 

 

 

日本人の深層にも確実に変化を与えているような気がしています。

 

 

 

 

 

それはそれとして、これだけ暑い国でこんなに一生懸命働く国民ていうのも珍しいですよね。

 

 

 

世界の主要都市はだいたい寒い地域が多いですね。

 

 

 

日本のようにほとんど亜熱帯化している国なら、ぼーっとして観光関連収入で暮らすって言うのが理想的な気もします。(どんどん少子高齢化が進んだらそうなるしかないかもね)

 

 

 

って考えると、日本人ってやっぱりすごくなくなくない?・・・(^_^;)

 

 

M議長 「これから 自分戦略会議! を開催します。」

 

 

 


 

M1 「・・・何それ?」

 

  

 

M議長 「皆さんの話しを聞いていればわかります。」

 

 

  

M1 「もったいぶってんじゃねえよ・・・<(`^´)>」

 

 

 

M2 「まあまあ、そう短気にならずに、ゆっくり聞きましょうや。」

 

 

 

 

 

 

M3 「私はこの2ヶ月の間に新しいデザインの仕事を受注します。」

 

 

 

M4 「私はこの夏の間に海に旅行へ行きます。」

 

 

 

M5 「私は今年中に海外旅行に行きます。」

 

 

 

M6 「私はこの2年間で英会話をマスターします。」

 

 

 

M7 「私はこの3年間で会社の売上げを10倍にします。」

 

 

 

M8 「私は5年後に自社ビルを新築します。」

 

 

 

M9 「私は50歳でこの仕事から脱皮して違うことをはじめます。」

 

 

 

M10 「私は6年後に自邸を新築します。」 

 

 

 
M1 「どこまで続くわけよ・・・<(`^´)>」

 

 

 

M2 「まあまあ、そう短気にならずに、ゆっくり聞きましょうや。」

 

 

 

 

 

 

M11 「私はみんながドキドキワクワクするような空間や時間を生み出します。」

 

 

 

M12 「私はお金持ちになります。」

 

 

 

M13 「私は世界中を飛び回ります。」

 

 

 

M14 「私はのんびりと暮らしながら好きなことで生活をします。」

 

 

 

M15 「私は自分のコレクションを充実させます。」

 

 

 

M16 「私は自分のアトリエをつくります。」

 

 

 

M17 「私は・・・」

 

 

 
M1 「好き放題言ってんじゃねえよ・・・<(`^´)>」

 

 

 

M2 「まあまあ、そう短気にならずに、その気になれば出来そうなことばかりじゃないですか。」

 

 

 

 

 

 

M17 「私は社会に対する発言力を高めます。」

 

 

 

M18 「私は新しいビジネスモデルを構築します。」

 

 

 

M19 「私はあらゆる教養を高めます。」

 

 

 

M20 「私はあらゆるものに興味をもち、あらゆることにチャレンジします。」

 

 

 

M1 「もう好きにしたら・・・(-_-;)、 で終わりかよ?」

 

 

 

M2 「まだまだ、背の高い人、低い人、太った人、痩せた人、たくさん後ろで待っていそうですね。」

 

 

 

M1 「そりゃすごい。それだけたくさんの人がいたら大混乱しそうだな。

 

 

 

M議長 「とりあえずこのあたりでちょっと一段落して、皆さん順番に並んでください。出来れば、実現したい事柄のジャンル別、そして、早く自分の目標が実現できそうな順番に。」

 

 

 

M1 「わかんねえ奴もいるようだぜ・・・(-。-)y-゜゜゜

 

 

 

M2 「そういう人は議長が決めるしかないでしょうね。」

 

 

 

M議長 「そうですね、私の 価値判断で優先順位 を決めましょう。」

 

 

 

M1 「並んだ後どうするつもりだよ

 

 

 

M議長 「冷静に自分と向き合って、それを実現するために何が不足していて、何を持ってるか、ちゃんと考えてください。そして行動するための計画を考えてください。」


 

 

 
M1 「行動計画なんて、みんな考えているんだよ。

 

  

  


M議長 「それは素晴らしい。では後は 勇気と信念 を持って行動するのみですね。」

 

 

 

M2 「成功するまで諦めない って言うのも大事ですね。」


 

 

 

M1 「ははは、すごいね。 絶対に失敗しない わけだ。

 

 

 

M議長 「そのようです。ではそれぞれのジャンルでこれはというリーダーを選出してください。」

  

 

 

M1 「え、何? まだ続きがあるの? それに、この話しって落ちはあるの?

 

 

 

M議長 「それもそうですね。今日はこのあたりで休憩しましょうか。でも、今日の会議内容は忘れないように 何度も何度も繰り返し て下さい。 完全に自分の 腑に落ちる まで。」

 

(議長、ちょっと強引に落としすぎ・・・;^_^A)

  

「・・・だったら」「・・・していれば」というように「たら・れば」は過去を振り返る悪の権化のように扱われています。

 

確かに後悔先に立たずで、「あの時こうしていたら」とか「こういうように行動していれば」と悔やんでネガティブになると駄目です。

 

しかし、私はこの「たら・れば」は自己批判や自己分析の上で非常に重要なツールだと思っています。

 

 

あの瞬間にこの判断をしたから今の自分がある。

 

あの時、違う判断をしていたら、どういうような展開が出来ただろうか。

 

さらに、これから予測されることに対して、こういうようにすれば、どうなるだろうか。

 

 

もうお分かりでしょう。

 

過去・現在・未来、このシュミレーションをする上で絶対にこの考え方は必要なんです。

 

将来をイメージする上で、過去の経験は重要な判断材料になります。

 

自分の過去を体験したそのものだけでなく、「たら・れば」を活用することでバリエーションを豊富にすることが出来るのです。

  

そして、それが将来の自分の行動へのシュミレーションに有効に活用できるということなんです。

 

 

人間の潜在意識の領域では、現実の体験と空想の体験を明確に判別していないといいます。

 

そうです、自分がバーチャルに試行した体験も現実の体験と同様の価値を持つこともあるわけです。

 

それが潜在意識に刷り込まれると、将来的に本当に体験したことのないとんでもない出来事が起こっても、バーチャルな体験を繰り返していると、迷うことなくそれに対応できるということです。

 

ちょっと話しが難しい方向になってきましたが、この潜在意識とバーチャル体験についてはまたいずれ詳細にお話したいと思います。

 

ということで自分に真正面から対峙することが出来れば「たら・れば」も決して悪くないってコトです。

街中を歩いているとはっとする風景に出会うことはありませんか?

 

 

 

「なんだか懐かしい風景」

 

「その瞬間が劇的に美しい風景」

 

「よくわからないけど目が離せない風景」

 

・・・エトセトラ・・エトセトラ・・・

 

 

さて、どのような時にこのように心惹かれるのでしょうか。

 

人の心の琴線に触れるような風景についてちょっと考えてみたいと思いました。

 

ちょっとこれもミニシリーズで連載しようかな、なんて思っています。

 

 

乞うご期待!

「創発」という概念があります。

 

これは10年位前から自然科学のいわゆる「複雑系」といわれているジャンルでよく使われ出した概念です。

 

私も当時まちづくりや組織づくりの説明に良く使いました。

 

最近、ごく普通に目に付くようになってきましたが、果たして皆さんその意味をわかっているのでしょうか。

 

単純に創造するというより、創発するといったほうがかっこよく聞こえるという感じで使っていることが多いような気がします。(それはそれで良いのですけどね)

  

ネット検索すると次のような解説があります。

 

局所的な相互作用を持つ、もしくは自律的な要素が多数集まることによって、その総和とは質的に異なる高度で複雑な秩序やシステムが生じる現象のこと。所与の条件からの予測や意図、計画を超えた構造変化や創造が誘発されるという意味で「創発」と呼ばれる。

 

ちょっとわかりにくいですね。

 

 

リンゴを分子レベルとリンゴという物体レベルで考えてみてください。

 

分子レベルの性質とリンゴという物体そのものの性質にはなんら関係性はありません。リンゴを構成する分子にもともとリンゴになるべき性質が備わっているというものではないですから。

 

このように下位の階層のものが、上位の階層にあるシステムをもって次の新たな特質を生み出すことを創発といっているのです。

 

ほとんどの生命体がそうです。

 

また、「人間-家族-地域-国家」というような階層構造にも創発の概念が当てはまると思っています。
 

 

もちろん、ビジネス構築も同じです。

 

「個人-チーム-企業(組織)」の構図です。

 

ビジネスという切り口で見ると、予定調和的な創発、突然変異的な創発、可逆的な創発、不可逆的な創発・・・、

 

いろいろなタイプがありそうです。

 

いずれにしても、1+1=2では企業として組織化する意味はありません。

 

いろんな人や組織が複雑に組み合わさることにより、新たな価値創造を起こし創発することが重要です。

 

確かにそのような時代にどんどんなってきました。

 

 

 

恐れずに新たな地平に漕ぎ出しましょう!

 

Let's bigin! (古い!ってか・・・(^_^;))

 

ちょっと前に「少子高齢化」に関することを書きました。

 

最近考えていることをちょっとメモします。

 

日本は高齢化が進み長寿世界一の国と言えます。

 

で、寿命が長くなると一体人生のどの世代の時間が長くなるんだろう、ということです。 

 

単純に考えると70歳~80歳の年代の分人生が長くなるんだから、老人といわれる世代の時間が長くなるに決まっているということになるんですが、どうも違うような気がしています。

 

そうじゃなくて、全体的に間延びしているというように感じるんです。

 

言ってる意味が良くわからない?

 

60cmのゴムを引っ張って80cmにした時の状態をイメージしてください。

 

そんな風に感じるんです。

 

この考え方で寿命60歳・70歳の場合と現在の寿命82歳の場合を比較します。

 

寿命60歳  寿命82歳   寿命70歳  寿命82歳

 10歳  → 13.7歳     10歳  → 11.7歳

 15歳  → 20.5歳     15歳  → 17.6歳

 20歳  → 27.3歳     20歳  → 23.4歳

 25歳  → 34.1歳     25歳  → 29.3歳

 30歳  → 41.0歳     30歳  → 35.1歳

 40歳  → 54.7歳     40歳  → 46.9歳

 50歳  → 68.3歳     50歳  → 58.6歳

 60歳  → 82.0歳     60歳  → 70.3歳

 

いかがですか?

 

ちなみに平均寿命60歳が約50年前、寿命70歳は約40年前です。

10年間で10歳も平均寿命が延びたんですね。

 

50年前の20歳は今の27歳、40年前の20歳は今で言うと23~24歳くらいということです。

 

 

何が言いたいかというと、最近、10台や20代の若者と話しをする機会が多いのですが、異様に幼いのです。

 

上の比較を考えてみるとなんとなくこれくらいのずれがあるように思います。

 

例えば、

中学生と話すと小学生のように感じる。

高校生と話すと中学生のように感じる。

 

こんな感じです。

 

少子高齢化というけれど、これは実は違うんじゃないか。

 

全体的に低年齢化してきているので、相対的には変わっていないように思ってしまいます。

 

つまり、子供の数は見かけは減っているけれど、子供の上限年齢が実は上がってきているので、その年齢層を含むと変わっていないのではないかということなんです。

 

このあたり、ちょっと数値的に検証してみる価値はありそうだと思いませんか?

 

もし、そうだとすると社会の仕組みそのものの考え方を根本的に変えないといけなくなるんじゃないでしょうかね・・・。

ちょっと前から「集団化ビジネス」ということを言っています。

 

そこで、顧客を集団化していくときのプロセスでこれは押え処かなと思う一つの考え方をご紹介します。

 

 

「3つのS」・・・どこかにありそうですが、一応わたしのオリジナルのつもりです。

(もしかしたら既に同様のことを言われてる方はいるかもしれません。そのときはご容赦下さい。)

 

 

1つ目のS : 嗜好 

→ A.顧客の興味・好き嫌いといった個人的傾向に配慮しているか。

→ B.どういう嗜好の人を集団化させたいか、そのイメージがあるか。

   

2つ目のS :

→ A.それが顧客のライフスタイルの方向性と合致できるか。

→ B.どういう志向へと導いていきたいのかを提案しているか。

 

3つ目のS :

→ A.結果としてライフスタイルに組み込まれ顧客に内面化できるか。

→ B.どういうライフスタイルを理想とするかを明確に提案しているか。

 

 

ちなみにAはマーケッティング分析型指向、Bはライフスタイル提案型指向の場合の表現です。

  

商品開発でも空間デザインでも、出発点のベクトルが異なると大きな差が出てきそうです。

 

私はこれからの時代には、当然ですがライフスタイル提案型でないと「集団化ビジネス」にはならないと考えています。

 

 

またプレゼンテーション手法の考え方にしても、いきなりどーんと見せつけるのも一つの手法ですし、緩やかに「3つのS」の視点で誘導的に腑に落とし込むようにプレゼンするのも有効な手法だと思っています。

先日韓国の20代の青年と知り合う機会がありました。

彼は現在東京の大学の大学院に通っているのですが、同時に東京本社のIT、CG関連の社員100名以上の会社の社長でもあります。

日本と韓国の長所をミックスしながらアジアでの市場開拓を行っていきたいという事でした。

 

日本と韓国、メディアでもいろんな確執が取り上げられます。

しかし、次世代の若者たちはそれはそれと割り切って位置づけているのです。

アジアが次の時代の世界のリーダーの一翼を担う可能性を秘めていることを彼は察知しています。

アジアでの新しいビジネスモデルは確かに世界の新しい秩序への扉を開く可能性を持っています。

 

考えるよりも、いや考えながらも行動するそのエネルギーは日本の20代の青年にはないものがあります。

目からうろこ、彼と出会ってそんな感じがしました。

 

もうひとつ彼の行動で素晴らしいと思うところがありました。

友人と親交を深めるとき、必ず、その友人の親と会うということです。

自分は自分、親は親、なんて斜に構えたところはありません。

正面から堂々と対峙しようとするのです。立派です。

 

彼のような人間となら是非ともビジネスをしてみたい、多くを語らずともそんな人間性を感じさせる魅力ある人間です。

国籍なんて簡単に超えることができる。

もっと自由に堂々と行動しよう、素直にそんな風に考えることができました。

この素晴らしい出会いの場を作っていただいた神戸のU氏にも感謝、感謝です。

最近、中学や高校時代の頃の夢を時々見ます。

目覚めたときに、何かしらちょっと心が痛い。

うーん、何か意味があるのだろうか?と瞬間思います。

 

例えば・・・

夢に出てきたKに何事かあったのだろうか?

そのKには限られた時間しか残っていない。

夢の中でそのような具体的な話がされるわけではないけれど、にもかかわらず夢の中の自分がそういうように認識している。

 

他にも・・・

友人と3人で話をしています。

もう一人いるはずのOがいない。

傍らのYが僕に言います。

「Oは今思いっきり泣いているようだ。それですっきりしたいそうだよ。」

これってどういうこと?

どういう意味があるの?

 

夢の中で出てきた人物はそれぞれ今どこでどのようにしているかはもちろん知っていますし、最近だってあって話したこともあります。

過去と現在、そして未来・・・。

それぞれ知り合って30年以上にもなるような人ばかり。

知っていることもあれば、知らないこともある。

これまでの人間関係の中で、積み残した何かがあるのかも知れない。

記憶の奥深くで静かに眠っていた何かがざわついているようです。

 

そんな夢のかけらを残す場所があっても面白いかもしれませんね。