『やる気』の基準を明確にしてみる。
こんにちは!
関わる全ての人を、
『痛みが再発しない身体』にする奥村です!!
今日は『雑記』です。
あえて読者を気にせずに
書きたいことを書いてみようと思います。
強いて言いうなら
『1年前の自分が読者』
ってつもりで。
現代の「時間の価値」は
すこぶる高いものなので、
忙しいあなたは読まない方がいいかも⤴
(僕のファンなら読んでもいいよ(笑))
さて。
多くの人に共通して言えることだと思うんですが、
『お前やる気あんの?』
って思ったこと1度くらいはありますよね?
“誰かとの共同作業”
をする機会に触れてれば絶対にあると思うんです。
それが
- 仕事なのか
- 遊びなのか
- 家庭なのか
ってことにもなりかねんわけです。
(そのまま店出たら逮捕ですわ)
自分がサッカーチームに所属していて
「試合に勝ちたい!」と思っていたとする。
その気持ちとは逆でチームメイトは
「試合に勝ちたくない」って思っていたら?
むしろ相手チームがやる気なさ過ぎて
試合に来なかったら?
(これはさすがに極端すぎ(笑))
たとえワールドカップ優勝を目指してる
強豪国のレギュラーメンバーでさえも、
「全員が同じ熱量」
だという保証はどこにもない。
熱量なんて目には見えないし、
数値化もできない。
『やる気』がなさそうに見えるのに
べらぼーに点を取る人もいれば、
めっちゃ×2走ってるのに
全然成績が出せない人もいる。
- 悩んだり
- イライラしたり
- 焦ったり
- 成績とか
- 頑張ってる感とか
- 熱量を言葉にするとか
数人で待ち合わせをする時に
A君と一緒に向かうとする。
A君が寝坊して
集合時間に遅れそう。
先に集合場所に行きたくても
A君の車がないと行けない。
自分は何も悪くないのに
寝坊したA君と一緒に遅刻したら
自分も周りから「遅刻する人」
として見られてしまう。
「自分の評価を相手に下げられた」
と感じてしまう。
結局なにが言いたいかというと、
僕は『相手のやる気』っていうものを
『自分の評価に影響を与えるもの』
として捉えてたってこと。
そして、
『そんなことはない』
ってこと。
場面や立場
求められる成果によっては
全くないとは言い切れないかもしれないけど、
「自分の評価を気にして相手の『やる気』を測る」
っていうのはお門違いもいいとこだ。
やっぱり大事なのは矢印の方向で、
矢印を『自分の評価』に向けるんじゃなくて
『相手と一緒に成し遂げたいこと』に向ける。
そっちの方がゼッタイに生産的だし、
そっちの方がゼッタイに楽しい。
最近になってやっとそのことに気付いたから、
コミュニティーに所属するのが楽になった(笑)
今までは
『相手のやる気=自分の評価』
みたな変な方程式を持ってたから、
コミュニティーに所属することを避けてた。
1人が楽だし、理不尽な理由で
突然評価を下げられるリスクは少ない。
その代わり、
1人で生み出せる成果しか生み出せない。
しかもめっちゃ小っちゃい(笑)
もうそろそろ
『自分の評価を気にしてる自分』
から脱却して、もっと大きな成果を手に入れる
新しいアクションを起こしていこうと思う。
今、新しい環境に飛び込んで
新しい仲間に出会えて、
新しい挑戦を始めた。
初めからエンジンフルスロットルの人もいれば、
ローからゆっくりエンジンを温めている人もいる。
『やる気』はみんなそれぞれにあって、
「自分の成し遂げたい目的」に向かって
それぞれのスピードで進んでる。
そのスピードが速かろうと遅かろうと、
『自分の評価』には関係ない。
やっとそのことに気付けた。
(気付かせてもらったが正しいかも)
「成長する」ってムダな鎧を脱いで
「自分らしさを育む」ことなのかも。
最後にポエムぽっくなっちゃった(笑)
こんな長文・乱文を
最後まで読んで頂きありがとうございました。
追伸
今僕は、こんな環境で学んでます。
キッカケは
- 売上あげたい
- 新しいスキルを身につけたい
- もっと稼げる自分になりたい