【概略】

ハイトーンを出すのに必要なエアビームの基本的な作り方を、ハイトーンを出すためのエアビームの作り方で、2次元モデルを用いて可能な限りシンプルに説明した。

次に3次元モデルを考えてみる。

 

人間の口の形は人それぞれで千差万別であり、最低でも3次元で条件を成立させる必要がある。最終的には「吹き続けると、バテて音が出なくなる。」と言う、時間軸を入れた4次元での条件成立が必要。

 

 

【理想の定義】

「上前歯と下唇で作られるエアビームの位置」と「唇の一番息が漏れやすい位置」が、完全に一致していること。この条件を満たせば、「楽に」ハイトーンが出る。

 

※「楽に」と言っても、エアビームが作れていない時と比較して「楽である」と言う意味。腹圧を上げて真っ赤な顔して吹くのは、「程度の差はあれ、変わらず必要なこと」とである。

ハイトーン用の細いエアビームに、音量を稼ぐために息をたくさん入れるのに高い腹圧が必要なのは、ハイトーンを出すためのエアビームの作り方で計算結果を示して説明済み。

 

 

【理想の条件が揃わないと何が起きるか】

 

[事例1]

●私の上唇の形状は、図1のように「出っ張り」がある。これに図2のような「中央にエアビーム」を組み合わせてみた。つまり、「上前歯と下唇で作られるエアビームの位置」と「唇の一番息が漏れやすい位置」が、一致していない場合である。

 

●結果、fやffでは音が出るのだが、mpやpでの演奏が完全に不可能になった。早いパッセージや、跳躍も、比較的難しくなった。伝わるかわからないが、唇が軽くは反応しなくなる。プッって軽く息を入れても、音が出ない。

 

●何が起きているのか、メカニズムを考察してみた。

図1の「出っ張り部分」から息を出したいので、漏れやすい「引っ込み部分」からは、息がもれないようにしなければならない。fやffの時は、息の量に負けないようにするために自然と唇を閉めるので、「引っ込み部分」から息が漏れることはない。しかし、mpやpの時は、少ない息でも振動するように唇を緩める必要があり、「引っ込み部分」も緩む。その結果、「引っ込み部分」にエアビームが回り込んで「プスー」と漏れてしまい、「出っ張り部分」から息が出てくることはなく、音が止まる。

 

世の中には、「fやffでの演奏は得意だが、pは全くダメ」というプレイヤーを見かけるが、物理的に原因はこれであると考えて間違いない。pの息の量のエアビームでは、「出っ張り部分」の唇をおしのけて息を通すことができない。唇を緩めれば、漏れやすい箇所から先に息が漏れてしまうから。パスカルの原理そのままである。漏れやすいところから息が漏れないように唇を締めると、より腹圧を増す必要が生じ、結果としてマウスピースのプレスも増える。完全に悪循環にハマる。

 

 

図1 出っ張り唇

 

図2 中央にエアビーム

 

[事例2]

●図1の「引っ込み部分」からエアビームが出るように、図2の「薄い二等辺三角形」をズラして、位置が合うようにしてみた。つまり、「上前歯と下唇で作られるエアビームの位置」と「唇の一番息が漏れやすい位置」が、一致させた場合である。

 

●結果

ffからpまで、まんべんなく楽に音が出せるようになった。高速パッセージや跳躍も、比較的楽にできるようになった。

 

【考察】

事例1と2から言えること。如何にして「唇の形状」つまり息が漏れやすい場所に合わせて「エアビーム」を作るのかが、「理想」に近づける第一歩になる。

 

上級者からの「唇は柔らくどんな形状にもなるから、工夫するんだ。」のアドバイスも間違いではないが、唇の形状の調整幅には限度がある。彼らは、実際に唇の形状を工夫して、結果を出している。ウソは一つも無いし、騙そうとしているわけでもない。なので「理想的な条件がある程度揃ったうえでのアドバイスである」と受け取るのがベター。

 

例えば唇を横に引くことで「息の漏れやすい」位置を多少は調整可能であろう。しかし、唇の「出っ張り」と「引っ込み」を帳消し出来るほど、つまり直線になるまで唇を横に引くと、唇が薄くなって耐久力にも影響が及ぶ可能性があるだろう。

 

「唇を横に引いてはいけない」とはよく耳にする言葉で、意図する意味は理解できる。何事もトレード・オフの関係にあり、犠牲になる面もあるかも知れないが、唇を横に引いたほうがトータルでベターな結果が出るのなら、それはそのプレイヤーには正解である。必要であれば引けば良い、要するにバランスの問題であろう。上級者からのアドバイスは絶対的なものではなく、前提条件により話が変わることを知り必要に応じて解釈を変える、つまり真意や前提を知ったうえで、そのアドバイスの意味を自分の頭で考える事が重要。常識と言われるものが、時代時代で常に変化していることは歴史が証明している。

 

 

[事例3]

●事例1と2は、2次元の出来事。ここからは、3次元で考えてみる。

 

●事例2までの前提条件

・上唇の形状だけに注目。

・図2の下唇は、直線で厚みは均一ある。

・図2の歯は、平坦で並行で直線状である。

 

ところが、

・人の唇の形状は、平坦でも直線でもないし、厚みも均一ではない。

・歯の形状も、仮に歯並びが綺麗だったとしても、平坦でも直線でもないし、形状も均一ではない。

・平面的なマウスピースと、デコボコな歯に挟まれて、もともと曲がりくねってる唇の形は、さらに大きく変形する。

 

●では、マウスピースは口の何処に当てたら良いのだろうか?

 

結論を先に言えば、

・可能な限り歯並びの平らな部分にマウスピースを当てる

と言う事になる。

 

マウスピースのリムは、平面である。

このマウスピースの平面に合わせて歯並びも平面であれば、間にサンドイッチされる唇の均一に押されるので、「唇の形状は直線的な変化」をし、決してデコボコにはならない。

 

ところが、歯並びが荒れていて平面ではなくデコボコしていて、歯からマウスピースまでの距離が場所によって異なると、間にサンドイッチされた唇の形状は、デコボコの通りの形状となる。つまり、歯からマウスピースまでの距離が「狭い場所」では、歯からマウスピースまでの距離が「広い場所」よりも、唇をより多く潰すことになる。

 

・マウスピース側に出っ張った歯により、より多く押しつぶされた部分の唇は、潰されて伸びることになり、マウスピースのリムで固定されているのとは反対方向の唇は長くなる。

・マウスピースから離れるように引っ込んだ歯により、あまり押しつぶされない部分の唇は、潰されずに現状の長さを維持する。

 

以上のように、対マウスピースの方向に歯並びにデコボコがあると、図1の出っ張りや引っ込み以外にも、さらに出っ張りや引っ込みが出来ることになる。これは、プレスの強さとも相関がある。プレスを掛けたときに、都合良い方向に変形する場合と、都合の悪い方向に変形する場合の、両方のケースがある。

 

経験的には、

・マウスピースのリムの内径を大きくする(唇の先端から遠い位置にリムを置く)

・平らなリムにする(プレスの力を分散する)

ことで、改善することが多いと感じた。

 

マウスピースのリムを旋盤で平らにすると、耐久力的には楽になったが、唇の自由度が減ったためか音を動かすコントロール的にはマイナスであった。

 

・数本並んでいる歯の表面を、1枚の平面になるように加工すると、大きな効果を得られたと感じた。

・耐久力も増し、音を動かすコントロールもしやすくなった。

 

●下前歯の形状

図2の下唇は、直線で厚みは均一ある。これを実現するためには、下前歯が平面的で直線的である必要がある。

 

上前歯と同様な結果であった。

・数本並んでいる歯の表面を、1枚の平面になるように加工すると、大きな効果を得られたと感じた。

・耐久力も増し、音を動かすコントロールもしやすくなった。

 

下唇がデコボコの場合、エアビームがリニアに変化しなくなる。この影響は上唇の変形よりも大きいと感じた。

 

 

●さらに細かい理想条件を言えば、

・エアビームの位置

・唇の息の漏れやすい位置

・マウスピースの位置

の3つの位置が一致している必要がある。

 

ハイトーンを出すためのエアビームの作り方では、理想的な「歯」「唇」「マウスピース」の位置関係、つまり「全てが平らで並行で直線」に並んでいる前提で、理屈を説明した。

 

実際には、プレイヤーによって千差万別。条件が同じことはない。同じ道具だからと誰もが同じように音が出せるわけではないのは、実感していることだろう。

 

この3つの位置が一致するには、素質がモノを言う。

・図3の唇であれば、前歯2本で作るエアビームをそのまま利用可能で。

・歯並びは、平面的であるほうが、唇に余計なデコボコができないので、エアビームのリニアな変化がそのまま利用可能。

 

図3 出っ張りが少ない唇

 

 

 

[事例4]

私の具体的な事例。

マウスピースを当てる位置は、前歯1本分ほど左にズラしてある。先の「3つ位置」を揃えるには、ズラしたほうが都合が良かったため。

 

・唇の形状は図1のように中央が出っ張ったタイプ。事故の傷跡で大きなヘコミが有り、そのヘコミ部分が最も息が漏れやすい。

・前歯の平面具合は、左上1番と2番を使うと、かなり平面になる。

・エアビームは、唇の最も息が漏れやすい部分を狙って、前歯の左上1番を山型に加工。

 

 

[事例5]

上前歯の断面形状。

・歯の先端を平らにすれば、楽器の角度が真っ直ぐでも音が出しやすい。

・歯の先端の裏側をクサビ状に薄くすると、上唇を下唇に多めに被せて、息が下向きにでるように楽器の角度を下向きにすると、音が出やすい。

 

これらを組み合わせて形状を工夫すうると、楽器の角度を変えることで、2種類のエアビームを作ることが出来る。実際に、プロプレイヤーでもハイトーン領域では、楽器が下向きになるプレイヤーを複数みかける。

 

物理的に、図2の形状を同時に2つ作り込むことで可能になる。

・図2自体は、正面から見た図であり、楽器の角度が真っ直ぐな場合に適用。

・図2を下から見た図と考えたのが、楽器が下向きな場合に適用。

 

 

[事例6]

上前歯2本の並び方が

・「へ」の字の出っ歯

・段付きに平行移動

の場合も、楽器が下向きでエアビームを作れる。

 

イメージ的には図4を「下から見た図」と考えた状態。

このように、エアビームを「3次元で作り出す」と考えてみると、他にも組み合わせが見つかるかもしれない。

 

図4 上前歯に段差がある場合や、「へ」の字の場合のエアビーム


 

 

【その他】

 

●トランペットに限らず、金管楽器は音を出すのが難しい楽器。

音が出る出ないの差が、素質に大きく左右される。

 

例えば、ピアノはだれでも音は出せるので、すぐにバイエルなりの教則本で「音楽」をするための技術的練習を開始することが出来る。

ところが金管楽器は、まず音が出るようにならないと「音楽」をするための技術的練習を開始することができない。

 

ピアノは、鍵盤を弾けば音が出るような物理的な仕組みがあるので、誰にでも音が出せる。

リコーダーも同様に、息を吹き込めば誰にでも音が出せる。

 

フルートはリコーダーと同じ仕組みで音が出るのだが、誰にでも音が出せるわけではない。それは、物理的な仕組みの一部が省略されているから。フルートにもアダプターを付ければ、省略されていた物理的な仕組みが補完され、誰にでも音が出せるようになる。

https://www.amazon.co.jp/ledmomo-フルート-吹き方-トレーナー-マウスピース/dp/B0CFZDRPZ3

 

金管楽器にもこのようなアダプターがあれば良いのだが、物理的な分析がなされていないので存在しない。

しかし、金管楽器の音が出る物理的な仕組みは説明してきたとおりであり、物理的な条件が揃えば確実に再現して音は出る。

 

トランペットを吹くロボットが存在し、物理的な条件が揃えば確実に音が出る(だから絶対に音を外さない)ことは実証済み。

その物理的な条件が今までは明確になっていなかったが、これを明確に示せたと自負している。

 

まずは、ピアノ等と同じように物理的な仕組みにより誰でも音が出る状態、つまりスタートラインに立てることがとても大事。

このブログが、そのスタートラインに立つ手助けになればと思う。

 

最終的にトランペットが音楽的に上手になるかどうかは、ピアノ等と同様、別の練習や素質が必要になるだろう。

科学が進歩し、素質の殆どが遺伝で決まることが分かってきた現代。努力できるかどうかさえも、遺伝である程度決まってしまう。

音楽的に成功するかどうかと、音が出るかどうかは、全く別物の素質である。

 

●事例

1962年著の古い本だが、フィリップ・ファーカス著の「金管楽器を吹く人のために」と言う、奏法についての書籍がある。

1967年頃に、日本語翻訳版が出版。北村源三さんという25年間N饗の首席トランペットを努めた方が、巻末「監修を終えて」207ページで1962年から3年間ウィーンに留学したときのことを、次のように語っている。

 

ーーー引用ここからーーー

「1962年の秋から1965年の秋までの3年間、わたしはウィーンに留学し,ウィーン・フィルの首席トラムペット奏者でHermut Wobisch 氏とともにウィーン・アカデミーの教授でもある Joseph Levora 先生に師事した。大げさにいえば Levora 先生との出会いはまことに衝撃的なものであった。まず奏法のA,B,Cからすべてやりなおすこと、その前提として上の前歯2本を矯正することを要求されたのである。これは14才のときからトラムペットを吹きつづけプロとしての道を歩み始めたわたしにとってはきわめて勇気のいるスリルにみちた決断のいるしかも困難な仕事であった。

 

歯の矯正が終ったあとでの最初の練習のことをわたしは一生忘れないだろう。全く音が出なくなったのである!

以後それまでの10年余の奏法と全く訣別して,合理的奏法を学ぶのにつとめた結果,従来のわたしには演奏不能であったパッセージがらくにこなせるようになった。

例をあげればベートーヴェンの第七交響曲の三楽章,展覧会の絵、キージェ中尉,ペトルーシュカなどでぶつかるむずかしいパッセージがそれである。この事実から、(すくなくともわたしにとっては)新しく身につけた奏法は日本で学んだそれよりもはるかに合理的で正しいものであったということができょう。長年つづけた奏法を根本から変え筋肉にしみついた悪いくせを取り除くことだけについやした3年間の不安と恐怖(ヒョッとすると生活できなくなる!)は誠に深刻なものであったが、それによってもたらされた対価もまた大きなものであった。」

ーーーここまでーーー

 

北村源三さんの経歴は、ウィキを参照されたし。

上前歯2本の歯並びを、どのように変えたのかは分からない。

「より楽に音が出るようになった」ということは、「物理的な条件の精度が上がった」と考えて間違いない。

だから、25年間にわたりN饗の首席が務まったのだろう。

 

●素質

・誤解を恐れずに言えば、金管楽器の素質、つまり物理的に音が出る条件が揃っていなければ、絶対に音は出ない。しばらく試しても音が出なかったら、別の楽器にシフトすることをお勧めする。どうしても金管楽器を続けたければ、音が出る物理的な条件を作り込む必要がある。

残酷なようだが、この事実は実は多くのプレイヤーが薄々気付いてることと思う。

さまざま工夫することで、ある程度までは改善が見込めるだろう。しかし、音が出たり出なかったりするピアノでいくら練習しても、そもそも練習にならず、上達は見込めないだろう。


どの世界でも、上手いやつは最初から上手い。そんなもの。

「素質」とは、練習した結果、どのくらい「急激に」伸びるかどうか。この成長カーブの急峻さが素質。

 

・よく耳にする例え話。

素質には1から5までの5段階、努力にも1から5までの5段階ある。

5の素質があるやつは、1の努力でも急激に伸びる。1の素質で5努力したのと同じ結果が出る。

5の素質があるやつが5の努力をされたら、そりゃどうにも敵わない。

見極めも大事だし、諦めも肝心。

 

・先の北村源三さんの言葉を、どう読むか。

私は歪曲して解釈し「素質が全てだよ」と読んだ。

リスクを取って、物理的条件を揃えた。

 

●この素人が経験談から書いたブログを、信じるもよし、バカにするもよし。どう読むかは、各個人の自由である。

信じて行動に移した場合、非常にリスクが高いことを実施する必要が生じる可能性がある。全てが自己責任。

 

●素人の趣味であれば、下加線2本のソから、上加線2本のドまでの2オクターブ半が出れば、十分に素質はあると思うし、十二分に趣味を楽しめると思う。仮にきれいな音でなくとも、それは個性であり、受け入れられる場所に行けば良い。楽しいと思える環境でプレイすれば良い。