【概略】

トランペットでハイトーンを「楽に」出すにはどうすれば良いのか、物理式を分析することで、その答えを導いてみる。

 

 

【課題の整理】

音が出るのは物理現象であり、「条件が揃えば確実に再現可能」なのが物理現象。

逆に言えば、条件が揃わなければ再現しないのが物理現象。

 

トランペットは難しい楽器である。難しいって、何が難しいのか?

他の楽器と比較しながら、課題を整理する。

 

 

●まず音楽を奏でる以前に、「思った通りに音が出せる」必要がある。

 

「思った通りに音が出せる」とは、どんなことか?

ここでは次のように定義する。
 

「1.弾いた瞬間に音が出ること。」

「2.想定した高さの音が出ること。」

※ここでは可能な限り話をシンプルにする目的で、微妙な音程外しや音色、音量等を無視して話を進める。

 

音楽を奏でるには、楽器として少なくともこの2つの機能が必要で、この2つが機能しないと音楽を始めることが難しい。

少なくとも、「ピアノとギター、打楽器」は、上記2つの機能を楽器自体が持っている。いわゆる「猫でも音は出せる」って話の通り。

 

 

●ピアノとギター、打楽器

ピアノやギター、打楽器の演奏が簡単とは言わないが、少なくとも「音が出なくて苦労すること」は、まずありえない。

弾いた瞬間に、想定した高さの音が出る。もしも出なければ、それは楽器の故障であり、楽器自体の修理が必要だ。

 

「1.弾いた瞬間に音が出ること。」「2.想定した高さの音が出ること。」のどちらも、楽器任せ。

 

様々な教則本が大量に存在し、その多くが「思った通りに音が出せる」前提で書かれている。

ピアノ教室に行けば、即時にバイエルから練習が始まる。

音さえ出れば、各種教則本で練習を始めることが出来る。

 

 

●木管楽器

「木管楽器」は、さすがに猫には音が出せない。

 

「1.弾いた瞬間に音が出ること。」「2.想定した高さの音が出ること。」のどちらも、ピアノ等に比べれば難しいが、比較的容易である。

 

「1.弾いた瞬間に音が出ること。」

振動体(リード等)の状態が目に見えるので、マウスピースを含めて振動体(リード等)のセッティングを目視確認すれば、高い確率で物理的条件の再現が可能。例えば上級者が振動体をセッティングすれば、多少のコツの習得は必要だが、物理的条件が揃う可能性は高い。

 

「2.想定した高さの音が出ること。」

基本的には運指によって物理的に管の長さを変えて音の高さを変える仕組みなので、間違いなくクリアできる。もしも出ない音があれば、マウスピースを含めた楽器自体に原因がある。

 

 

●金管楽器

問題は、トランペット含めた「金管楽器」である。

 

「1.弾いた瞬間に音が出ること。」「2.想定した高さの音が出ること。」のどちらも、ピアノやギター、打楽器等に比べると、かなり難易度が高い。

もちろん猫には演奏は無理。

 

「1.弾いた瞬間に音が出ること。」

木管楽器のように、振動体のセッティングを上級者が代理で行うことは、物理的に不可能。経験を形容詞等によるイメージで伝えるのが精一杯。物理的条件の精度を上げるのに、イメージだけで伝えるのは難しい。

 

「2.想定した高さの音が出ること。」

同一運指でも、複数の高さの音が出る。

ピアノのように、「この鍵盤を弾けば間違いなくこの高さの音が出る。」ようにはなっていない。

誤解を恐れずに言えば、同一の「この鍵盤」を弾いても、違う高さの音が出るのが金管楽器である。

 

 

音の高さは、「唇の振動数」で直接決まる。唇が440Hzで振動すれば、440Hzの音が出る、一対一の関係。

唇が振動を継続しけなければ、音にならない。

なので、「如何にして唇の振動数を、想定した高さの音の周波数と同じに、一発でコントロール出来るか」が、腕の見せ所となる。

 

一般的にその方法は『「唇の締め具合」と「息」を調整することで実現する』と説明される。ウソは一つも無い。
世の中には、この説明だけで音が出せるようになる人も、たくさん存在する。

逆に、いつまで経ってもマトモに音が出ない人も、それこそたくさん存在する。

 

それは何故か?

音が出るのはただの物理現象であり、再現できないのは何らかの物理的な条件が揃っていないから。それだけである。

 

 

●「1.弾いた瞬間に音が出ること。」「2.想定した高さの音が出ること。」が出来ないことによる弊害


では、この2つ「弾いた瞬間に、想定した高さの音が出ること」が出来ない場合、どんな事が起こるのか。


「1.弾いた瞬間に音が出ること。」

ピアノ演奏で、もしも弾いてから0.1秒遅れて音が出たら、演奏は可能か? 0.2秒遅れて音が出たら? ある音は0.1秒遅れだが、別のある音は0.2秒遅れで音が出たら? もしくは音が全く出なかったら? テンポに合わせて演奏するのは難しいだろう。テンポ60で1拍は四分音符であり1秒、16分音符の長さは0.25秒。四分音符を刻むだけでも、マトモな演奏は難しい。

 

「2.想定した高さの音が出ること。」

ピアノの鍵盤のうちの1つを弾いた時、想定と違う高さの音が出ることはあるか?

ギターの弦を弾いた時、想定と違う高さの音が出ることはあるか?

100%想定通りの高さの音が出る。当たり前だ。もしも出なければ、楽器の故障だ。

もしも弾くたびに違う音が出てしまったら、演奏は可能か? マトモな演奏は難しい。

 

 

●どうすれば目的を達成できるのか?

 

トランペットは他の楽器と同様、「息を入れた瞬間に想定した高さの音が出ること」が求められている楽器。ところが、息を入れた瞬間に音は出ないし、想定した高さの音が出ないのが常である楽器がトランペット。ハイトーンが出る出ない「以前の課題」である。

 

唇の振動数がそのまま音の高さとなる。唇の振動開始とともに音が出る。

ピアノやギター、打楽器等の、他の楽器と、基本的には全く同じ仕組みである。

 

・ピアノは、弦をハンマーで叩くことによって振動を開始する。

・ギターは、弦を指で弾くことで振動を開始する。

・打楽器は、スティックで叩くことで振動を開始する。

これらは、外力により受けたエネルギーにより振動が開始した後も、エネルギーが熱として消費されてゼロになるまで振動が継続する。

 

では、唇はどのようにして振動を開始し、振動を継続するのか?

上級者は、息を入れた瞬間に音が出せるし、音を継続することも出来る。

 

「振動」とは、繰り返し動くことである。

「唇を振動させる」とは、唇を繰り返し動かし続けることである。

唇の振動を開始させ、その振動を継続する手段として、息を使う。

 

方法として『「唇の締め具合」と「息」を調整することで実現する』と言われている。


具体的にどうすれば実現できるのか、物理式を分析することで答えを導いてみる。
 

 

【物理式の分析】

別記事「トランペットの音が出る仕組みを、物理的に考察してみた。」で提示した物理式の意味を考えてみる。

 

音の高さは、物理法則に則って決まる。

可能な限り単純化するために、ここでは弦楽器を想定した物理式を流用して考えてみる。

 

この式には、周波数(=振動数)が決まる条件が表現されている。

 

 

 

 

●右辺の「ルート内」の意味を考えてみる。

・μlipはヤング率と言われるものに該当し、物質により一定と言われる。弦楽器で言えば、硬い弦なのか、柔らかい弦なのか。

・Tlipは、弦楽器の張力からイメージすれば良いと思う。強く引っ張れば硬くなって、音は高くなるイメージ。

 

まとめると、

・分母のμlipは一定で、変わるのは分子のTlipのみ。

・さらにルートの中にある値であり、音の高さに与える影響は小さくなる傾向にある。

 

ギターで考えてみる。

張力Tを変えた時のイメージは、ギターのチョーキング。

 

 

●右辺の残り「1/2L」の意味を考えてみる。

分母に長さLがある。

これは、「周波数」は「長さL」に反比例することを意味する。

 

・長さが長いほど、周波数は下がる。

・長さが短いほど、周波数は上がる。

 

ギターで考えてみる

弦の長さを半分にすれば、2倍の周波数になり、1オクターブ上がる。

 

 

●式の分析のまとめ

・周波数をコントロールできる要素は、「張力Tlip」と「長さL」の2つだけ

 逆に言えば、「たった2つ」をコントロールするだけで実現できる。

 

・ギターでは、周波数つまり「音の高さ」のコントロールに、主に「長さL」を使っている。

 「チョーキング」で「張力T」を使うこともあるが、主に使うのは「長さL」である。

 

ここで、式の意味が明確になった。

 

 

【金管楽器と物理式の関係】

●金管楽器のマウスピースのカップのサイズから、必要な長さLを推測する。

チューバ、トロンボーン、トランペットは、Bbキーの楽器であれば、実音で1オクターブずつ音の高さが上がっていく。

マウスピースのカップの直径を「長さL」と仮定して、比較してみる。

「1オクターブの差」と「長さL」は、どのような関係にあるのか。

 

 

●一般的な金管楽器のマウスピースのカップの直径(おおよその値)

・チューバ   29.5mmから33.3mm、中央値31.40mm±6%、大小の差3.8mm

・トロンボーン 23.9mmから28.0mm、中央値25.95mm±8%、大小の差3.9mm

・トランペット 15.0mmから17.5mm、中央値 16.25mm±8%、大小の差2.5mm

※楽器に関わらず、大きさの範囲は±8%程度の範囲に入る。

 

 

●チューバの直径を100%とした時の直径比

・チューバ   中央値 31.40mm 100%

・トロンボーン 中央値 25.95mm 83%(−17%)

・トランペット 中央値 16.25mm 52%(−48%)、(トロンボーン比63%)

※トランペットは、極端に小さい。

 

 

●楽器間の大きさの差分

・チューバ   29.5mmから33.3mm トロンボーンとの差、最小1.5mm、最大9.4mm

・トロンボーン 23.9mmから28.0mm ー

・トランペット 15.0mmから17.5mm トロンボーンとの差、最小6.4mm、最大13.0mm

※かなりの語弊があるが、チューバとトロンボーンでは大きな差が見られない。

 

 

●比較結果

・音の高さが低い楽器ほど「長さL」は長く、音の高さが高い楽器ほど「長さL」は短い、と言える。

 物理式の「長さL」は、金管楽器においても 音の高さ(=周波数)に大きな影響がある。

 

・トランペットのマウスピースのカップ直径は、異常なくらい小さく思える。

 楽器間の音域変化の、1オクターブ当たりの「長さL」は、反比例の関係にはあるが、直線的は関係ではない。

 

マウスピースのカップの形状は、長い歴史の中で様々な試行錯誤があり、現存しているモノが今日のところの結論であろう。
トランペットの場合の唇の振動する「長さL」は、想像以上に小さい数字なのかもしれない。

 

ハイトーンを出す時は、イメージ的には「針のような細い息を出す」と言う話を、耳にしたことはある。上前歯の形状を工夫して実験すると、その効果は明らかに見られた。

 

 

【考察】

・音の高さは「長さL」の支配が非常に大きいと推測する。

 

・「長さL」の絶対値が小さいほど、コントロールの幅の絶対値は小さくなる。つまり、小さいマウスピースほど、コントロールがシビアになる。僅かな「長さL」の変化で、音の高さが変わるようになる。

このことは、ギターのフレットを見れば、感覚的にも理解できると思う。「長さL」が小さくなるほど、フレットの間隔は狭くなっていく。

上記物理式に、実際の音階の周波数を代入して計算すると、フレットの間隔通りで、半音あたりに必要な変化量はどんどん小さくなる。

 

 

【結論】

物理式から得られた結論。

・音の高さは「長さL」をコントロールすることで、ほぼ決まる。

 

「線密度μ」と「張力T」が一定で、「長さL」がコントロールできていれば、物理的に音は絶対に外れない。もしも音が外れるとすれば、変数のどれかが変わっているからである。

この考え方がブレると、永遠に迷走、迷子になる。

 

物事を複雑にしようとする輩は、どこにでも居る。「いかにシンプルに考えられるか」を考えることが重要。パラメータは何と何があって、その中で影響力が大きいのはどのパラメータなのか。影響力の小さなものは、後回しにする、など。

 

初めは「大きな音を捨てる」のも、やり方の一つ。「音がまったくない」こと(ゼロ)に比べれば、「決して大きな音ではないが、音がある」方がはるかに重要である。

 

例えば、長時間吹いてバテてきて唇が腫れてきたとすると、条件が変わることになるので、音は外れるだろう。時間軸での物理的変化は、想像以上に大きいと感じる。細かく言えば、気温でもコンディションは変わる。満腹なのか空腹なのかでも変わる。何がどのように変わったのか、冷静な分析が必要。実験するには再現性を確保するために、可能な限り同じ条件で行うことが非常に大事。

 

重要なのは「長さL」をコントロールできること。上手く行かない時は、『なぜ「長さL」がコントロールできていないのか?』と考える。「バテるとなぜ「長さL」が変わってしまうのか?」と考える。

 

 

※「金管楽器を吹く人のために」と言う書物がある。著者はフィリップ・ファーカス。1962年の発行で、60年以上前の著書。

「アパーチャのサイズ」に言及。具体的な図が124ページにあり、「長さL」と「音の高さ」が反比例の関係にあることを示している。

具体的には、

・「長さL」が2倍になれば1オクターブ下がる。

・「長さL」が半分になれば1オクターブ上がる。

と書かれている。

 

 

[その他]

●「長さL」の具体的なコントロール手法は、別記事「トランペットの音が出る仕組みを、物理的に考察してみた。」で、具体的な事例を提示して、概略を説明済み。

 

●楽器の角度なども、物理的条件に関わる一因となる。低音から高音まで、全く同じ楽器の角度である必要はない。高い音になるに従い楽器が下を向く人もも居るし、低い音ほど楽器が下を向く人もいる。高い音になるほど楽器が右向きになる人もいる。マウスピースが唇の中央から大きく外れている人もいる。

音が出ることが正義、その人にとっては正解。万人に共通な構え方など無い。

 

●チューバで、トランペットの音域以上の高い音を出す人がいる。

物理的な条件さえ揃えば可能なことであり、不思議ではない。

 

●前記事にも書いたが、「息の強さや量」は、「音の高さ」には直接は関係がない。「息」と「音の高さ」は、あくまでも間接的な関係にある。

例えば、ギターやピアノを強く弾くと、音の高さは高くなるのか? 経験上でも、音階を奏でるほどには音の高さは変わらない。

厳密には、弦の振幅が増えて長さLは長くなるが、張力Tが増すので、物理式の通りに音の高さに影響が出る可能性はある。振幅が増えて弦が長くなるのは、ギターの「チョーキング」のイメージである。長さLも増えるが、張力Tの方が、より音の高さにより効くのであろう。ドラムなどを強く叩くと、振幅が大きい間は音が高くなるのを感じることがある。

 

●書籍や論文、ホームページ、動画等で、様々な立場の方が、それぞれの「経験」から、ハイトーンを「楽に」出すコツを説いている。それらの情報に、ウソは一つもないと思う。なぜならウソをつくメリットがないからだ。「こうしたら上手く行った」「こう指導したら上手く行った」と言う経験談に、ウソはひとつもない。

 

しかしながら、残念ながら、どの情報にも一貫した再現性は見られない状況にある。あるプレイヤーには効くアドバイスが、別のあるプレイヤーには全く効果がないと言うアドバイスがほとんど。

 

アドバイスする方も、そのアドバイスが一部の人にでも効果が出れば自信となり、誰にでも同じアドバイスをするのが自然であろう。しかしながら、あるプレイヤーでは結果が出ているものだから、「結果が出ないプレイヤーの努力が足りない」と他責に走り、自分のアドバイスに問題があることを意識することはない。これは特に音大等の比較的上級者を指導する立場の指導者が陥りやすい罠であろう。指導者と同様、元々音が出るプレイヤー、つまり「物理的に音が出る条件が揃っている」前提でのアドバイスであるにも関わらず、自分のアドバイスに間違いが無いことにより自信を付け、結果が出ない理由を他責に求めるのは、ごく自然なことであり、責めるようなことではない。

悪意が無いだけに、かえって非常にタチが悪いと感じる。

 

本来は、なぜ同じアドバイスをしたにも関わらず「一方では結果が出るが、他方では結果が出ないのか」を考えねばならない。

どうして粘膜奏法になってしまうのか。どうして必要以上に唇に力を入れてしまうのか。どうして必要以上にプレスを掛けてしまうのか。それらが良くないことであることを、多くの人は知っている。見れば、音を聞けば、分かる。

多くの上級者は、診察は出来るけど、処方箋は書けない。

 

どうして粘膜奏法になってしまうかと言うと、そうしないと音が出ないからなのである。どうしてそうしないと音が出ないのか、考えたことがありますか? あなたは処方箋を書けますか?

 

●上級者からのアドバイスでも、人によって言っていることが180度異なる、真反対のアドバイスの場合がある。

例えばマウスピースの大きさで言えば、「大きい方が良い」「小さいほうが良い」と、人によっては真反対のことを言う。

アドバイスを受けた方は、もはや何を信じて良いのか全くわからなくなり、路頭に迷い、マウスピースを次々と買い続ける終わりのない旅に出ることになる。

最終的には「人によって骨格や歯並びが違うから、自分に合うものを自分で探すしか無い。」となる。その通りであり、ウソは一つもないし、もちろん悪意もない。

 

●得られたそのアドバイスの「物理的な意味」は何なのか? この記事が「物理的な意味」を特定するための「羅針盤」になればと思う。

多くのアドバイスには「物理的な理由」が提示されていない。あくまでも「個々人が感じる経験則」からくるアドバイスではあるが、そのアドバイス自体には間違いはなく、「楽に音が出る物理的条件」に有利に働くような「共通した物理条件の何か」が必ず存在する。それを読み解くヒントになればと思う。

 

音が出るのは「単なる物理現象」であり、条件が整えば確実に再現可能なのが物理現象。逆に言えば、条件が揃わなければ再現しないのが物理現象。アドバイスで結果が出るのは、物理的な条件が揃っている場合のみである。

 

●この記事の内容を活用するおつもりなら、よくよく吟味してからにしてください。

悪意はないので、ものすごくタチが悪いかも、です。

 

最後までお読みいただいたあなたに、心より感謝いたします。