今日の一枚






わかってしまうけれど、代わりに生きることはしない





最近、ずっと頭の中に残っている感覚がある。

誰かを見ていて、

「ああ、これはきっとこういう流れになるな」

と、分かってしまう感覚。


昔の自分と重なる部分が見えたり、

これまで何度も見てきた関係性のパターンが浮かんできたりする。


分かるからこそ、つらい。

分かるからこそ、口を出したくなる。

でも同時に、はっきりしてきたこともある。


その人の人生は、

その人が経験しないと分からない。


似たような人生、

似たような傷、

似たような選択。


私たちはつい

「同じような人」

「同じタイプ」

と一括りにしてしまうけれど、

よく考えたら、まったく同じ人生を生きている人なんて一人もいない。


同じ出来事に見えても、

受け取った温度も、意味も、背景も、全部違う。

だから、誰かの学びを早送りすることはできないし、

代わりに気づいてあげることも、

代わりに進んであげることもできない。


最近、ふと気づいた言葉がある。

私はわかってしまうけど、

代わりに生きることはしない。


冷たい言葉でも、突き放す言葉でもない。

諦めでも、無関心でもない。

これは、境界線の言葉だと思った。

分かることと、背負うことは違う。

理解することと、引き受けることは違う。

わかってしまう人ほど、

つい助けようとしたり、正そうとしたり、

「私が何とかしなきゃ」

と思ってしまう。


でもそれは、

相手の人生を奪ってしまうことでもある。


人はそれぞれ、

自分の人生を、自分の速度でしか歩けない。

愛情をたくさん受け取って育った人もいれば、そうでなかった人もいる。

その違いは、確かに人生に影響する。

でも、支配はしない。


気づいた人は、

自分で新しく身につけていくことができる。

でも、それは本人が選んだときにしか起きない。


私はもう、

誰かの人生を代わりに背負う場所には戻らない。


ただ、

自分が大切にしたい関係性、

誠実でいたい距離感、

義理や感謝をちゃんと残す在り方を、

自分の人生の中で選び続けるだけ。


それでいい。

分かってしまう自分を否定しなくていい。

でも、代わりに生きなくてもいい。



あなたは、誰かの人生に口を出したくなったこと、ありませんか?


あなたも「分かってしまうのに、何もできない」って苦しくなったことはありますか?


もし今、誰かを助けたくて苦しくなっているなら…

それはあなたが優しい人だからかもしれません。


あなたは今、誰の人生を背負いそうになっていますか?





春分に向けて、

これまでの生活をまとめた文章を、noteに置きました。

読みたい人だけ、どうぞ。

ひすいのnote



明日、明後日は今年初の占いイベントです。岐阜にも戻ります。みなさまにお会いできるのを楽しみにしています。


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