天秤を傾けて、自分で選択する。
そして、その結果を受け取る。
ここまで考えてきた。
でも、結果が悪かったとき
人はなかなか冷静ではいられない。
自分たったらおそらく無様に取り乱す。
「誰かのせいだ」と思いたくなることがある。
反対に、
「全部私の責任です」と、自分に引き寄せたくなることもある。
でもこの二つ。
実はどちらも少しファンタジー。
「誰かのせいだ」と言うとき、
その「誰か」は神様ではない。
自分の人生を思い通りに動かせる!
ほどの力を持っているわけではない。
誰かの行動は、確かに自分の天秤を揺らす。
でも、その人が自分の天秤そのものを
動かしているわけではない。
天秤は自分の中にあるから。
だとしたら
「全部私の責任です」であれば正しいのか?
これも、違う気がする。
「全部私の責任」と言いながら、
どこか気持ちよくなっていることがある。
「私が全部背負っている」
「私が全部引き受けている」
そんな自分に酔っている。
ほろ酔いどころか、泥酔状態だ。
でも、それは責任を引き受けているというより、
自分がすべてを動かせる存在であるかのように
振る舞っているだけなのかもしれない。
自分で動かせる天秤もある。
でも、自分では動かせない天秤もある。
他人の天秤は動かせない。
偶然も動かせない。
世の中の出来事も、すべては動かせない。
だから
「誰かのせい」にもしない。
「全部自分のせい」にもしない。
ただ、自分がどこに重りを置いたのか。
そこだけは、自分で見よう。
あのとき私は、こう選んだ。
この重りを重くした。
その結果、天秤はこう傾いた。
そこから先は、誰かの天秤や、
偶然によって動いた部分もある。
だからこそ「自分の責任」とは、
すべてを自分のせいにすることではない。
自分が動かした部分を、
自分のものとして認めることなのだと思う。
結果が悪かったとき、
誰かに全部押しつける必要もない。
自分が全部背負って、
悲劇の主人公になる必要もない。
天秤を見ればいい。
私は何を載せたのか。
何を重くしたのか。
どこまでが自分で動かした重りなのか。
そして、今から何を載せ直すのか。
それで十分なのかもしれない。
人生のすべてを動かす力なんて、誰にもない。
神様にだってない。たぶん。
だからこそ、
自分の選択だけは自分のものとして扱う。
それが「責任を取る」ということなのだと思う。
思考の旅。
私の頭の中はこんな感じだ。
もし全部読んだ人がいたら
丸裸でちょっと恥ずかしいなぁ。
紅弦9月10月の予定
【鑑定所】
9月20日(日)沼津駅アントレ2階『えにし屋』
9月27日(日)沼津駅アントレ2階『えにし屋』
10月4日(日)芋掘りすんぞ🍠
10月10日(日)静岡PARCO「占いのアリーナ」
10月18日(日)沼津駅アントレ2階『えにし屋』
10月25日(日)沼津駅アントレ2階『えにし屋』
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