「失敗した自分」
「挑戦した自分」
どちらと生きていくかによって
生き方はまったく違ったものになる。
人の挑戦を否定するのは、
誰かの評価による成功or失敗や目の前のジャッジにこだわる者か、
挑戦してこなかった者、なのかもしれない。
ヤマザキと不二家の挑戦↓
挑戦する人生のほうが面白いんだよね。
これは間違いない。
わたしの人生を生きているわけでもないのに
あーだこーだ言ってくる圧力じみたもの、
成功失敗を得意気にジャッジする評論家、
それらが悪いわけではない。
むしろ必要不可欠だと思う。
なぜなら問題の本質は、
それらに左右されてしまう
自分のもろくはかない決心にあるから。
「挑戦する自分」と「誰かの思い通りになること」と「誰かのジャッジ」
無意識ににふるいにかけて
どれを大切にしていか
すでに結果が出ていることに気づくといい。
誰かのせいにするような
そんな甘い覚悟で挑むなら、やめたほうがいい。
自分の人生を信じられないやつが
幸せになれるわけないじゃん。
ってことで、いってみよう!!
ホワイト餃子48こチャレンジ!
うまいぜーー!!

