コロナ禍を期に、目に見えて新しい時代が始まり
もうすぐ1年が経とうとしています。
慣れましたか?
わたしゃ慣れないよ(志村けん風に)
1年間様子をみていて思うところがあります。
従来の法律やルールの下
「それをどのように使うか?」
「自分にとってどうなのか?」
自分自身での判断がますます重要になり、
クリアーな願いに対しては特に
結果が出るまでのスパンも短くなったように見受けます。
この世界は「執着」と「愛」二分化されています。
で、どちらも役割があり
必ずしも「執着はいけない!」ということではありません。
執着=欲=発展、進歩のためのエネルギー
でもあるからです。
愛なのか?執着なのか?
執着ならその執着は自分の人生にとって本当に必要なのか?
その対価は何の形で払われるか?
どのように使うのか?
みたいな感じに、
自分の核に向けて深く問いかけることで
クリアーに見えてくるでしょう。
例えば、親への執着などは非常にわかりやすいです。
「親が○○だったから」
「もっとまともな親だったら」
「親が普通だったら」
自分の思い通りにいかなかった時など、顕著に現れます。
これは大人の形をした駄々っ子です。
自らの人生の足を引っ張るのは、
親ではなく、親への依存心なんですけどね。
だいたい親は神様ではありません。
時も戻せません。
いい年月を生きているなら、幸せを感じたいなら、
過去の親にしがみつかず自分の責任で生きていかないと
カッコ悪いよね。
