53歳だった。
膵臓がんが見つかってから3年、
手術や抗がん剤治療で入退院を繰り返しながら自宅療養を続け、
テレワークになる前の4月初旬は、時折元気な顔も見せてくれていた。
2週間ほど前に入院したというのが、生きている最後の情報だった。
その時、戻ってこない感じがして、
もつ会えないことを静かに受け入れた自分がいた。
「何となくそんな気がする」というやつだ。
「知人」ぐらいの関係でよかったと思う。
交流が深いと、悲しみが深くなるから。
わたしが重い病気になったら、闘わず静かにその時を迎えたい。
そもそもあまり長生きしたくない。
そんな話を今日、仲間としていた。
みんな元気で長生きピンピンコロリ教の病的信者が殖えつつある昨今
「あまり長生きしたくない、早めで」というのは
非難されるかもしれないけど、思うのは自由なんだよね。
とにかく、長生きピンピンコロリ教は気持ちが悪い。
そんなことは置いておき、
増量したボデーが喪服に納まるかとうか?
いま一番の問題はクローゼットの中にある。
ぁぁ、無理っぽい。
輪ゴムさんに頑張ってもらおうかな。