もう寿命だからと、
どうせなら好きなもの食って逝けやと、
これでもかとマグロを食わせていたら
ぬこ様が復活しつつございます。
ヨレヨレではありますが
水を自分で飲みに行くようになったし
トイレも行けるようになったし
食べるのが下手なのは仕方ないから手伝うけど
まだ生きる気なんだなぁと
老猫パワーを感じるのであります。
私達人間は、つらいことが重なると
そろそろお迎えきて。もう生きるのしんどいわ。
なんて思ってしまいます。
しがらみの重さや追いたてられるような雑事、
経済や世知辛い社会生活での不安、
光が見えなくて闇にどっぷり浸かることも多々ございます。
純粋に生きるということの喜びを感じるのは
非常に難しいです。
っていうか私には無理だ。煩悩がありすぎて。
人生は「何が起こるか」ではなく「何を感じるか」だし
命は「長らえる」のではなく「どう使うか」です。
今回の人生、何を感じて生きるために
消耗品である肉体をどのように使うか?
今一度、シンプルに定めたいと思います。
どうするかというと
まずは家の中をさっぱりときれいに掃除する。
少しずつ場所を変えて
なくても死なないわこれ、
というものをうりゃっ!と
激しく捨てるのであります。
これ、介護しながらでもできます。
