日常から。
「母ちゃんのおかげでね、頼朝って漢字で書けた!」
「ん?なんかしたっけっか?」
「よりともーニング!!」
「・・・?」
頼朝の「とも」の漢字がわからなくなるという息子に
「んなもんな、よりともーニングだよ!朝なんだよ!」って言ったらしい。
はるか遠い記憶、思いだせない。
おそらく何も考えず普通に言ってたのだろう。
無意識って怖い。
無意識は人生にとって100%最適に稼働している状態だ。
すっかり忘れていても、子供は覚えている。
たとえ私が死んでも
「頼朝」っていう言葉を聞くたびに息子は思い出すだろう。
「人の中に生きる」というのはこういうことなんだろうな。
↑ってカッコイイこと言ってるけど「よりともーニング」だという
その残念さもまた、私の生きザマか。