稀代のファンタジスタが逝ってしまってから、早くも昨日で1年になるんだそうです。
昔はYouTubeもなかったし、そのプレーをテレビで見られる機会も少なかったですから、ロナウドやメッシ、ネイマールをいつでも好きな時に見ることができる今の子どもがうらやましい(´∀`*)
さて若かりし頃、『桜町のマラドーナ』と呼ばれたのも今は昔・・・。
実戦での5人抜きは惜しくも真似できませんでしたが、『神の手』は1度だけぼくにも降臨したことがあります。
ズルじゃないですよ!神の手だから(゚ロ゚)
最近のサッカーは全てのポジションでシステマチックな動きを求められるようになり、マラドーナのようにファンタジスタと呼ばれる選手が絶滅しつつありますね。
絶滅というかファンタジスタの質が変化してるとも言われていますが・・・。
一瞬の閃きでゴールへと繋がった時は無論興奮しますが、魔法みたいなプレーをする選手が少なくなったこともあり、”見る”面白味は減ってしまったかも(*_*)
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そうは言っても、『シュート!』の久保嘉晴氏が”ボールを持ったら行けるとこまで行け!”と仰ってるようにサッカーはプレーヤー個人の自由度がとても高い競技です。
興奮と言う意味ではホームランも見劣りはしませんけど、”どこに飛んだから何をする・カウントがこれだからこう動く”と野球はほとんどのプレーが決められているように思います。
だから野球はサッカーに比べると自由度が低いという意味でマニュアル的な気がするんです。
ただそのマニュアル的なところが日本人の国民性にはフィットしたのかも知れませんけど。
野球はルールや約束ごとが重要。
当然、スポーツはみんなそうなんですけど野球は特にその傾向が強いのではないかと感じています。
細かなルールやフォーメーション、サインなどに加えて”チームスローガンとしての全力疾走”などなど、多種多様な『約束ごと』があり、一つ一つこなしていくことが求められる。
それが野球の特徴の一つと言えそうですね。
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【約束は守る。ウソはつかない。間違いは謝る。】
チームでのルールや約束ごとがとても重視される競技だと感じるから、子どもと野球をやるに当たり約束を破ることをしてはならない、そして相手が子どもでも安易なことは言うまいと常に注意して話すようにしています。
相手が子ども【でも】ではなく、子ども【だから】そうしないといけないのかも知れません。
そして、間違いがあったらちゃんと謝ることも忘れたらあかん。
じゃないと彼らも『約束ごとやルール』を守ってくれない、守ろうと努力してくれないと思ったんです。
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子どもたちには「チームでこうしていこう」という目標・目的について、ことある毎に説明するようにしています。
約束ごと・ルールを明確にしてそれを子どもも、そしてぼくも守る。
野球に関係なく、大人だったら当たり前にそうしないといけないのですが、特に約束ごとやルールが大切な野球だからこそ、また相手が子どもだからこそ、特別に気をつける必要があるんと違うかと。
ぼくも聖人君子ではないから間違うことも失敗することも当然あるんですが・・・、
やると言ったことぐらいは必ずやる、決まったことぐらいは決まったとおりにやる、できなければできるように精一杯考えたり努力をし、それでもダメならちゃんと謝る。
そんなことすらできない大人に『約束ごとが重要な野球』を教えられますか?
いくら知識を持っていても、どんな野球経験があったとしてもです。
ウソをつく、ごまかす、とぼける。
間違いを認めない、謝らない。
何かに忖度して方針を曲げたり、大人の都合で約束を反故にしたり。
そんなことでは選手もルール通りに動いてくれないだろうって思うんです。
自分でやると口に出したことすら守らないような大人が、選手に約束ごとやルールの重要性を教えられるわけがないやろうと。
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ぼくには足りないところがたくさんあるし、全てを完璧にできるわけでも当然ない。
それどころか、どちらかといえば間違っても”よいお手本”とはいえない部類の大人だと思います。
しかし、まがりなりにも監督という役目を与えられたわけですから、子どもらと一緒にいる間ぐらいは、約束を破ったり言ったことすらやらないなどということのないようにしようと心がけています。
齢40を過ぎ、もう10年以上ボールを蹴ってません。
ですが、20数年前にボールが当たった右手の感触は未だにしっかり覚えてますし、ぼくにとったら思い出のひとつです。
だけど・・・
もし今、ぼくに神の手が降臨したら『ハンドです』と自ら手を挙げて必ず申告する。
たとえそれが神のご意思に反したとしても、ルールや約束ごとを守る方が大切だと思ってますから。
アディオス・・・!