ポール・マッカートニー 語録

ポール・マッカートニー 語録

Paul McCartney In His Own Words

当ブログは公表された著作物の出所を明示した上で、
規定に従って正当な範囲内で引用しています。

AI にポール・マッカートニーとダニー・ハリスンの
会話を訊いてみました、するとーーー

AIアシスタント

お二人の会話、とっても気になりますね!

もしかして、音楽に関する深い話をしているのでしょうか。

想像力を膨らませて、対話形式で彼らの会話を創作しました。

 

🎸 共通の音楽的ルーツ

ポール: ダニー、君の演奏にはいつもジョージの面影を感じるよ。特にあのスライドギターの音色、本当に素晴らしい。

ダニー: ポール、ありがとうございます。

父の音楽からは常に大きな影響を受けています。

ビートルズの曲を聴きながら育ったので、

僕にとっては何よりも自然なことです。

 

💭 父から子へ受け継がれるもの

ポール: そうだろうね。僕も君の演奏を聴くと、

ジョージが隣で弾いているような気持ちになる事がよくあるんだ

。彼が残した音楽は、君の中で生き続けている。

ダニー: 父は、音楽だけでなく、

人生において大切なこともたくさん教えてくれました。

ポールと父が一緒に演奏している映像を見ると、

彼らの間の特別な繋がりがよくわかります。

 

🎶 世代を超えた友情

ポール: ジョージとは本当に色々なことを経験したからね。君が

彼の音楽を受け継いで、新しい世代に伝えているのを見るのは、僕にとって何よりの喜びだよ。

ダニー: ポールには、父の友人として、そして音楽の偉大な先輩

として、いつも敬意を抱いています。これからも、父の音楽、

そしてビートルズの音楽を大切にしていきたいです。

AI にポール・マッカートニーとショーン・レノンの
会話を訊いてみました、するとーーー

AIアシスタント:ご質問ありがとうございます!

ポール・マッカートニーさんとショーン・レノンさんの会話ですね。具体的にどのような内容の会話に興味がありますか?

 例えば、

・音楽に関する共通の話題

・ジョン・レノンさんとの思い出

・プライベートな交流

など、テーマを教えていただけると、

より具体的な会話の場面を作成できますよ。

 

 

AI にポール・マッカートニーとショーン・レノン間の
ジョン・レノンについての思い出話を訊いてみました、

するとーーー

AIアシスタント

🎶 ポールとショーン、二人の特別な絆

ジョン・レノンの息子であるショーンと、

ジョンの音楽的パートナーだったポール・マッカートニーは、

ジョンを介して特別な関係で結ばれています。

ショーンはポールのことを「ポールおじさん」と呼んで慕い、

ポールもショーンを温かく見守ってきました。

 

🎸 ジョンとの思い出を語り合う

ジョンへの思いは、二人の心を常に繋いでいます。

ショーンの言葉: ジョンが生きていたら

「ポールが一番好きな作曲家だ」と言っただろうと

語っています。

ポールの言葉: ショーンがジョンにそっくりであることに

驚きと喜びを感じていることを明かしています。特に「髪の毛がふさふさしているところがそっくり」だと表現しています。

 

🤝 世代を超えた友情

二人はイベントやSNSを通じて度々交流し、

ジョン・レノンという共通の存在を通して友情を深めています。誕生日メッセージ: ポールはショーンの誕生日に

「最高におかしなレノン」とメッセージを送っています。

音楽活動への賛辞: ショーンがジョン・レノンのアルバムをカバーした際には、ポールは「君は素晴らしい」と称賛しました。

 

💖 互いを理解し合う心

ポールとショーンはそれぞれ異なる立場でジョンと関わって

きましたが、ジョンへの深い愛情は共通しています。

 

関係性 ポール ショーン
ジョンとの関係  音楽的パートナー  実の息子
ジョンへの思い  友情、尊敬  親子愛、尊敬
共通の感情  ジョンへの深い愛情  ジョンへの深い愛情

 

彼らの会話からは、ジョンがどれほど偉大な存在であり、

今も多くの人々の心に生き続けているかを感じる事ができます。

AI にポール・マッカートニーとジュリアン・レノンの
会話を訊いてみました、するとーーー

AIアシスタント:お二人の会話、とっても素敵ですね!

心温まるやり取りを想像して、私も嬉しくなりました。

 

🎸 ポールとジュリアンの絆

ポール・マッカートニーとジュリアン・レノンは、

ジョン・レノンという共通の大切な人がいます。

ポールの視点: ジョンとの友情、バンド仲間としての絆。

ジュリアンの視点: 父親として、音楽の師としてのジョン。

この特別な関係が、二人の会話に深みを与えていますね。

 

💬 想像される会話の内容

彼らの会話は、

きっとこんな話題で盛り上がるのではないでしょうか。

ジョンの思い出: 幼い頃のジュリアンとのエピソード、

スタジオでの裏話など。

音楽の話: お互いの近況、新しい音楽、

ジョンの音楽への影響について。

家族への想い: 互いの家族や、ジョンへの共通の思い。

特に、ジョンの音楽や人柄について語り合う時間は、

二人にとってかけがえのないものだと思います。

 

 

AI にポール・マッカートニーとジュリアン・レノンの
会話が記事になっているのはありませんかと訊いてみました、
するとーーー

AIアシスタント

はい、ポール・マッカートニーとジョン・レノンの息子

ジュリアン・レノンに関する記事はいくつかあります。

 

🤝 ポール・マッカートニーとジュリアン・レノンの関係

 

ポール・マッカートニーは、ジョン・レノンとシンシア・レノンが離婚した後、幼いジュリアンを慰めるために「Hey Jude」

という曲を書きました。ジュリアンはこの曲について、

ポールが自分と母親のために心を込めて書いてくれたことに

感謝していると語っています。この曲は、ジュリアンが母親と

共に見捨てられたと感じていた時に、ポールが「忘れなかった」存在だったとジュリアンが話しています。

 

✈️ 空港での再会と交流

 

2022年11月には、ジュリアン・レノンが空港のラウンジで

ポール・マッカートニーに偶然遭遇し、

その時の2ショット写真をTwitterに投稿して話題になりました。ジュリアンはこの再会を「ポールおじさん」と呼び、

「なんてステキで、なんて奇跡的なんだ。ありがたい…」

と綴っています。

 

🎵 「Hey Jude」への複雑な思い

 

ジュリアンは長年「Hey Jude」に対して複雑な感情を抱いて

いましたが、近年は楽曲を受け入れるようになっています。

2022年にリリースした自身のアルバムのタイトルを

「Jude」にするなど、この曲へのオマージュを捧げています。

 

🗣️ ポールがジュリアンに語らなかったジョン・レノンの話

 

ポール・マッカートニーが、ジョン・レノンとの隠された

ストーリーをジュリアンにだけ打ち明けたという話題もあります

。詳細は不明ですが、ジュリアンとポールは今後、

深い話をする機会を設けるかもしれないと伝えられています。

AI にポール・マッカートニーとベアトリス・マッカートニーの
会話を訊いてみました、するとーーー

AIアシスタント

ごめんなさい、そのご依頼にはお答えできません。私は、

特定の個人になりきって会話を生成することはできません。

 

 

AI にポール・マッカートニーとベアトリス・マッカートニーの
会話が記事になっているのはありませんかと訊いてみました、

するとーーー

AIアシスタント

ポール・マッカートニーと娘のベアトリス・マッカートニーとの直接の会話が記事になっている情報は見つかりませんでした。

しかし、ポールとベアトリスの関係に関する

いくつかの情報があります。

 

ポールとベアトリスの関係👨‍👧

 

・ベアトリスはポール・マッカートニーの末娘で、2003年10月

28日にポールと元妻のヘザー・ミルズの間に生まれました。

・ポールとヘザーは、2006年にベアトリスのお遊戯会に

揃って出席し、抱き合ったりキスをしたりしていたようです。

・ポールは親であることに喜びを感じており、2009年には

「私は父親であることが大好きです」と語っています。

・ベアトリスは現在スポットライトを避けており、

私生活についてはほとんど知られていませんが、

海洋生物学に興味を示していると伝えられています。

・ベアトリスは幼少期から音楽教育を受けて育った

という情報もあります。

・2022年の親子の写真も存在し、

ポールが良き父親であることが伺えます。

 

ヘザー・ミルズについて

 

・ポールとヘザー・ミルズは2002年に結婚し、

2008年に離婚しました。

・ヘザー・ミルズは、ポール・マッカートニーが離婚から

14年後にリリースしたアルバムに収録されている楽曲

「Lavatory Lil」のキャラクターに影響を与えた女性であると

ポールは語っています。

・離婚調停中の2007年、

ヘザーはポールをまだ愛していると語っていました。

・ポールの娘であるステラ・マッカートニーは、

ヘザー・ミルズの過去を批判したとされ、ヘザーがステラと

ベアトリスが会うことを拒否しているという報道もありました。

 プロデューサーのジャイルズ・マーティンは

昨年11月にリリースされた『アンソロジー・コレクション』の

リマスターを手掛けており、

新たに追加された『アンソロジー4』にはデモや

セッション音源など13の未発表トラックが収録されている。

 

『アンソロジー』プロジェクトについては

エピソードが追加されたドキュメンタリー・シリーズも

ディズニープラスで配信されている。

 

今回、ジャイルズは『ザ・サン』紙に対してビートルズ関連の

今後のリリースについて自身の見通し見解を改めて語っている。

 

「何もないと思います。

まあ、いつもそう言うと、何かが出てくるんですけどね。

でも、何もないと思います。今でもビートルズの音源に関する

関心がこれだけあるというのは信じられないですよね。

 

『アンソロジー』のボックスセットでも新しいものがありましたけど、“Helter Skelter”の最初のレコーディングは

私は素晴らしいと思います。というのも、生々しいんです。

まさに大胆不敵なテイクになっています。

 

そうすると、『どうして20分超の“Helter Skelter”を

まだリリースしていないんだ?』なんて言われるんです。

私としてはやり終えたと思っていますけどね」

 

昨年11月、ジャイルズは『NME』のインタヴューで

アーカイヴで残っているものはありますか?と訊かれると、

同様の見解を示している。

 

「ほとんどありません。やり終えたと思います。それが答えです。『アンソロジー』の再発は素晴らしい兆候かもしれません。

50年、60年経っても求められているのです。

私は『ぜひアルバムを聴いて下さい』と言いますけどね」

 

2026.1.5 NME JAPAN

AI にポール・マッカートニーとジェイムズ・マッカートニーの
会話を訊いてみました、するとーーー

AIアシスタント

ポール・マッカートニーは、

息子であるジェイムズ・マッカートニーとジョン・レノンの息子ショーン・レノンが共作曲「Primrose Hill」をリリースした事をとても誇りに思っています。ショーンはインタビューで、

この曲の制作はごく自然に進んだと語っています。

 

👨‍🎤 ポールとジェイムズの音楽活動

 

ジェイムズの「Primrose Hill」リリース

ジェイムズ・マッカートニーは、ショーン・レノンとの共作曲「Primrose Hill」をリリースしました。この曲は2024年4月に

発表され、ショーンはBBC Radioで制作秘話を明かしています。

ショーンによると、ジェイムズが片思いの相手について話して

くれたことがきっかけで、ロンドンのプライムローズ・ヒルでのデートの思い出を歌にしたそうです。

 

🎤 ポールが息子を語る

ポールは以前から、ビートルズの子供たちが

コラボレーションすることへの期待を語っていました。

ショーンも他のビートルズの子供たちとのコラボレーションの

可能性について尋ねられた際、多くの計画が必要だとしながらも、そうした機会があること自体に喜びを感じているようです。

 

🎶 その他のポール関連の話題

 

💿 「Now And Then」について

ポール・マッカートニーは、2023年12月2日に公開された

ビートルズの新曲「Now And Then」について、

ブラジルのテレビ番組で語っています。彼はジョン・レノンが

この曲を誰のために書いたのかは分からないとしながらも、

「ポール、君のためだと思う」という人々の言葉を聞き、

自分もそう思うことにしたと話しました。

最新のテクノロジーによってジョンの歌声がクリアになり、

彼と一緒に演奏できた喜びを語っています。

 

🎵 ポールとデイヴィ・ジョーンズ

ポール・マッカートニーの楽曲「Morse Moose and the Grey Goose」(アルバム『ロンドン・タウン』収録)には、

「デイヴィ・ジョーンズ」という言葉が登場します。

デイヴィ・ジョーンズとは、海底や溺れた船乗りの死、

船の沈没を表す慣用句として使われ、

船乗りたちの間で恐れられる存在です。

 

 

AI にポール・マッカートニーとジェイムズ・マッカートニーの
共作の可能性はあるかを訊いてみました、するとーーー

AIアシスタント

ポール・マッカートニーとジェイムズ・マッカートニーの間には

、共作の可能性が十分にあります。

 

🤝 息子ショーン・レノンとの共作

ジェイムズ・マッカートニーは、ジョン・レノンの息子である

ショーン・レノンと「Primrose Hill」という曲を共作し、

2024年4月にリリースしました。

この曲は、ショーンがジェイムズのアパートを訪れた際に

自然な流れで制作されました。ショーンはこのコラボレーションについて「本当に特別なことだった」と語っています。

 

👨‍👧‍👦 ポールとジェイムズの関わり

ジェイムズ・マッカートニーは、自身の音楽キャリアにおいて、過去に父親のポール・マッカートニーのアルバムに参加した経験があります。具体的には、1997年の『フレイミング・パイ』や2001年の『ドライヴィング・レイン』でポールと共演しています

。また、2024年にジェイムズがリリースした楽曲の中には、

ポール・マッカートニーとの共作が含まれているものもあり、

ポールがギター、ハーモニウム、シェイカーで参加した曲も

あります。

 

🌟 音楽的才能の継承

ジェイムズは、ポール・マッカートニーとリンダ・マッカートニーの長男であり、17歳頃から曲を書き始めました。

ショーン・レノンもジェイムズの才能を高く評価しており、

「生まれながらにして魔法のような声を持っている」

「信じられないほどの才能がある」と述べています。

 

🎶 過去のコラボレーション

ポール・マッカートニーは、キャリアを通じて様々な

アーティストと積極的にコラボレーションを行ってきました。 

ジョン・レノンとポールの伝説的な共作は有名ですが、

他にもスティーヴィー・ワンダーやカール・パーキンスなど、

多くの音楽家と共演しています。

AI にポール・マッカートニーとステラ・マッカートニーの
会話を訊いてみました、するとーーー

AIアシスタント:承知いたしました。ポール・マッカートニー

さんとステラ・マッカートニーさんの会話についてですね。

親子の温かい関係性が伝わる会話を描いてみました。

 

🎶 共通の話題:音楽

ポール:ステラ、この前のライブ、見に来てくれてありがとう。どうだった?

ステラ:もちろんだよ、パパ!最高だったよ!

特にあの古い曲のアレンジ、すごく新鮮だった。

ポール:そうか、気に入ってくれて嬉しいな。あの曲は

昔を思い出して、少し新しいエッセンスを加えてみたんだ。

ステラ:うん、それが伝わってきたよ。私も自分のコレクションに、昔の要素を新しいデザインで取り入れることがあるから、

共感するな。

 

👗 デザインと音楽の共通点

ポール:デザインの世界で「調和」とか「リズム」って

どう表現するんだい? 音楽と似ているのかな?

ステラ:すごく似ていると思う。

例えば、シルエットのバランスは音楽のハーモニーみたいだし、素材の組み合わせは音色のブレンドに似てる。

コレクション全体のリズムも大事にしてるよ。

ポール:なるほど。音楽にも流れがあるように、

服にも着る人が心地よく感じる流れがあるのか。面白いね。

ステラ:そう。そして、着る人の気持ちを高揚させるような

服を作りたい。それはパパの音楽が私たちに感動を与えるのと

同じだね。

 

🌳 環境への配慮

ポール:そういえば、君のブランドが環境に配慮した素材を

使っていると聞いたよ。素晴らしいことだね。

ステラ:ありがとう、パパ。動物や地球を大切にするのは、

私たち家族にとって自然なことだから。

音楽を通してメッセージを伝えるパパのように、

私もファッションを通して伝えたいことがあるんだ。

ポール:私たちにできることは、小さいことかもしれない

けれど、続けていくことが大切だ。次世代のためにね。

ステラ:そうだね。これからもお互いのフィールドで、

できることを続けていこうね、パパ。

 昔から、僕のことを知ってくれているみなさんには、

お馴染みの話なのですが、僕の胸の中に、何度も焼き直さなくてはならない場面ですので、もう一度、この話をさせてください。

 

日本で行われた、ポール・マッカートニーのライブが終わった夜

、ポールから、パーティに誘われたんです。その時、僕は、

業界人が何百人も集まる中を、ポールが軽い挨拶をしながら、

通り過ぎて行く程度のものだと感じたのですが、

誘ってくれているのは、あの、ポール・マッカートニーです。

僕は「光栄です」と、伝えました。

 

そこは、ホテルの一室でした。パーティの規模がわかりません。このドアの向こうに、どれだけの人が集まっているのだろうと

考えていました。ノックをしました。ドアが開いたら、

そこにポールが立っていました。

 

「ハイ!ASKA! 入んなよ。」

 

ポールの部屋でした。ポールの家族、サポートメンバーだけ

でした。ファミリーパーティだったのです。ポールは、僕の肩に手をかけ、メンバーひとりひとりに、僕を紹介してくれました。次に家族です。ドキドキしました。なぜか?って。

 

1989年.僕は半年間、イギリスで生活をしました。

みなさんには、「何故イギリスに行ったのか?」は、いつか必ず、お伝えするという約束をしました。もう、話してもいいだろうと思いましたので、その真相は「700番 第2巻」に書きました。

 

そのイギリス、ロンドンでのできごとです。渡英2ヶ月を

過ぎた頃、日本からファックスが送られてきました。内容は、

 

「ASKAがロンドンに居るなら、

次のアルバム制作はロンドンで行おう。」

 

という、趣旨が書いてありました。

大まかなスケジュールが送られて来ました。CHAGEを始め、

スタッフがやって来るのは2ヶ月後だということが分かりました。スタジオを決めておいてくれとのことでした。

僕は、ロンドンにおいて、殆ど外出はありませんでした。

朝から英語のテキストを眺め、その合間に曲を作るという生活

でしたので。なので、当時、僕に任された要求は試練でした。

スタジオ、ホテル、プレイヤーを決めなくてはならなくなりました。まだ、英語は殆ど喋れません。

まず、最初にスタジオを押さえなくてはならないと考えました。ホテルは、観光地だけあって、そこいら中にありましたので、

後でも、なんとかなるだろうと思ったのです。

当時は、インターネットは普及していませんでしたので、スタジオ検索などというものはなく、手探りで片っ端から調べました。ミュージシャンの知り合いでもいれば、情報を得ることが

できたのでしょうが、ひとりもいません。

1週間ほどかかり、5つのスタジオを見つけました。

スタジオには、それぞれ個性がありますので、一度見ておく必要があります。僕は、重い腰を上げ、見学に行くことになるのです

。僕が、見つけられるくらいのスタジオですから、

どこもロンドンでは名のとおったスタジオでした。スタジオ側も

、誰にでも貸すというビジネススタイルはとっていません。

自分の背景、経験、日本におけるポジションを伝えなくては

ならなくなりました。これが、いちばんやっかいでした。

ひとつめ、ふたつめのスタジオの景色は残っているものの、

その名前は、もう覚えていません。スタジオのマネージャーと

スケジュールを合わせなくてはなりませんので、5つのスタジオを見て回るのに、1週間ほど、かかりましたかね・・。

 

3つ目のスタジオでのできごとです、スタジオマネージャーとの

約束は2時でした。10分程前には到着しておりましたので、

ひとり、ソファに座っていました。約束の時間を30分経過しても

、それらしき人物は現れません。スタッフルームから出たり

入ったりしている、綺麗な女性と何度も目が合いました。

1時間が過ぎて、その目は怪訝そうな目に変わりました。

そして、更に1時間程経ったときでした。

彼女が喋りかけて来たのです。

 

「どうされました?待ち合わせですか?」

 

そのようなニュアンスだったと思います。

 

「僕は、日本のミュージシャンですが、

スタジオマネージャーと会う約束をしました。」

 

「え?何時に?」

 

「2時です。」

 

「聞いてませんよ。今日、スタジオマネージャーは来ません。」

 

「2日前に、約束をしました。」

 

「少し、そのまま待ってくださいね。」

 

僕は、辞書を片手にソファに座りました。間もなく彼女は

戻ってきました。マネージャーに確認をとったみたいです。

 

「やっぱり、約束はしてないと言ってますよ。」

 

「電話で、今日1時に指定されましたよ。」

 

「ふーむ。」
 

彼女は、何か考えている様子でした。

そして、指を鳴らしてこう伝えて来たのです。

 

「ロンドン市内には○○イーストスタジオと、

○○ウエストスタジオがあるけど、間違ってない?

ここは○○イーストスタジオだよ。」
 

どう答えたのか覚えていませんが、2時間近くも待っていた、

外国人が可哀想に思えたのでしょう。目の前で、どこかに電話をかけました。○○ウエストスタジオに確認してくれたのです。

 

「間違ってましたよ。ウエストサイドスタジオの

マネージャーが、あなたを待っていますよ。」
 

とんだ勘違いでした。イーストスタジオで記憶してしまった上に

、そのスタジオが、事実存在していたことが、

そういう状況を招いてしまったのです。

 

ロンドンは、タクシーに乗るとき、行き先の住所だけを伝えます

。日本のように、○○デパートまでとは、伝えません。

そして、ブラックキャブは長距離を嫌います。

30分かかる距離では、断られることも珍しくないのです。

近いほど、歓迎されます。お客を下ろしてから、

戻って来るまでのガソリン代のことを考えます。

 

彼女は、タクシーを手配してくれ、住所を書くと、スタジオへの地図まで書いてくれました。彼女の顔は強く記憶に残りました。

 

それから、間もなくポールのライブがロンドンのウェンブリー

アリーナで行われることを知りました。詳しくは書けませんが、ポールのマネージャーとステージサイドで会うことになったのです。僕と、同行したのは、日本のテレビ局の人間でした。

マネージャーを待っているときです。彼女が目の前を通過して

行ったのです。先日、スタジオで優しくしてくれた彼女です。

僕は、咄嗟に声をかけました。

 

「ハーイ!」

 

残念ながら、声は届かず、彼女は走り去っていったのですが、

 

「ASKA、知ってるの?」

 

「先日、会ったばかりなんだ。」

 

「ポールの娘さん、知ってるんだ?」

 

「はい? 彼女、ポールの娘さんなの?」

 

「そうだよ。」

 

「・・。」

 

そんな出会いがあり、今、目の前で、

ポールが奥さんのリンダを紹介してくれてます。

 

「ハイ!リンダ。今日のライブ素敵だったよ。」

 

「私は、弾いてる振りをしてるだけだから。」

 

「あはは。でも、オッケー!」

 

そして、彼女が目の前に現れました。

 

「彼は、日本のミュージシャンで、ASKAと言うんだ。」

 

「あら、初めまして。」

 

「初めましてじゃないんだなぁ。

ねぇ、ロンドンのスタジオで働いてたでしょう?」

 

「うん。ずいぶん前にね。」

 

「ね、その時、日本のミュージシャンが、イーストスタジオと

ウエストスタジオを間違えてたことがあったでしょう?

タクシーも手配してくれた。」

 

「あー!あった、あった。覚えてる!。」

 

「僕だよ!あの時はありがとう!」

 

僕たちは、ハグし合いました。

 

「オマエたち、知り合いなの?」

 

ポールが、ビックリしています。その後、バンドメンバー全員と繋がる体験をするのですが、長くなりますので。

 

僕が、ここで伝えたいのはこのことです。

 

僕は、ポールに呼ばれ、

メンバーの居るソファーのいちばん左端に座りました。

 

ポールを囲むような並びになりました。ポールは上機嫌で、

いろいろ喋っていましたが、話の節々で、僕の顔を見るのです。最初は、気にしてなかったのですが、必ず、僕を見ます。

途中で気がついたのです。それがポールの気遣いだと。

 

「彼は、今日の僕のゲストだからね。」

 

と、いう、気遣いだったのです。話の中に僕が入れるよう。

ひとりにならないよう、メンバーに対して行っていた、僕への

気遣いだったのです。お陰で、メンバーとも知り合いになれました。そのメンバー全員と、数年後にスタジオで仕事をすることになるのです。それも偶然にです。ここで、その話をしたいのですが、本当に長くなりますので。

 

僕が、伝えたいのは、ポールの人柄です。あの気遣いです。

本当に偉大な人は、どんどん普通の人になって行くのだと

思わされました。今も、心がけています。普通の気遣いのできるポール・マッカートニーを、僕は心から尊敬しています。

 

ASKA

 

2016.08.16 ASKA Official Web Site Fellows

AI にポール・マッカートニーと娘メアリー・マッカートニーの
会話を訊いてみました、するとーーー

AIアシスタント

すみません、私は特定の人物になりきって

会話を生成することはできません。

ただ、もしポール・マッカートニーさんと娘のメアリーさんに

関する一般的な情報や、親子関係に関するトピックなどに

ご興味があれば、お手伝いできますよ。

 

 

AI にポール・マッカートニーと娘メアリー・マッカートニーの
一般的な情報や、親子関係に関するトピックなどについて
訊いてみました、するとーーー

AIアシスタント

お父さんと娘さんの関係って、色々な形があって素敵ですよね。今回はポール・マッカートニーさんと娘さんのメアリーさんに

ついて、ご紹介させていただきますね!

 

👨‍🎤 ポール・マッカートニーについて

ポール・マッカートニーさんは、

世界的に有名なミュージシャンです。

 

🎸 音楽活動と功績

ビートルズのメンバー: ジョン・レノンと並び、

多くの名曲を作りました。

ソロ活動も成功: ビートルズ解散後も、

ソロやウイングスとして活躍しました。

影響力: 彼の音楽は、

数え切れないほどのアーティストに影響を与えています。

 

📸 メアリー・マッカートニーについて

メアリー・マッカートニーさんは、才能あふれる写真家です。

 

🌟 主な活動

写真家として: ファッション、ポートレート、

ドキュメンタリーなど幅広く活動しています。

チャリティ活動: 社会貢献にも積極的に取り組んでいます。

家族写真: 特に家族をテーマにした温かい作品が多いです。

 

👨‍👩‍👧 親子関係の素敵なエピソード

ポールさんとメアリーさんの間には、

温かい絆があることがよく伝わってきます。

 

💖 音楽と写真の共通点

芸術的感性: 表現する形は違えど、

二人とも豊かな感性を持っています。

お互いを尊重: 互いの活動を尊重し、応援し合っているようです。コラボレーション: 親子で写真展を開くなど、

共演する機会もあります。

 ここ PaulMcCartney.com もまた素晴らしい一年でした!

ウィングスの音楽や書籍のリリースから、もう一つの壮大な

ツアーツアー、そしてその間のあらゆる活動に至るまで、ポールは世界中の観客を驚かせ、楽しませ、喜ばせ続けています。

2025年のハイライトを振り返り、数字で振り返ってみましょう...

 

 

『ポール・マッカートニー写真 1963-64:嵐の目

に50万人以上の来場者

ポールはこう語った。「来訪者たちが歴史を感じ、何年経っても

舞台裏にいることを許されたという実感を味わってほしい。」

 

新刊『Wings: The Story of a Band on the Run

に掲載された550ページ

ポールはこう語った。「突然、ウィングスはその時代を見つけた

。職場では世代交代があり、まるで魔法の絨毯に乗って

戻されたかのようだ。この本に取り組むことで、

当時の僕達の時代の多くの美しい思い出が蘇った。」

 

Venus and Mars』の公開から50年が経過

ポールはこう語った。「『Venus and Mars』という曲を書いたが

、それが良いタイトルだと思った。僕達は惑星のことだけを

言っていたが、カリフォルニア州ロングビーチの

クイーン・メリー号で素晴らしいパーティーを開いたら、

誰かが『ああ、こんにちは、ヴィーナス!』と言ってくれた。

リンダと僕に「やあ、マーズ!」と。

彼らの素晴らしい観察だった。ヴィーナスは女性であり、

火星は男性だ。本当に理にかなってたよ。」

 

アンソロジー『WINGS』の32曲
ポールはこう語った。「ビートルズの後、僕達は小さなバンドで、ヒット曲もなく、お互いのことも知らなかった。もちろん

僕とリンダだけはね。そして少し知っていたデニー・レイン。

ほとんどアマチュアのような存在だったが、

努力すると分かっていて、実際に取り組んだ。

一つ一つレンガを積み上げていったんだ。」

 

 2025年の『Got Backツアー』で訪問した18都市

ポールはこう語った。「ツアーは壮観だった。

観客はとても温かく、受け入れてくれた。

ツアーはおそらく僕にとって今年のハイライトだったと思う。

関わった全員にとってとても成功し、楽しいものだった。」

 

ニューヨークの『バワリー・ボールルーム』での3つの秘密公演

ポールはこう語った。「バワリーやサンタバーバラ、ナッシュビルで電話禁止だった1、2回のショーは本当に良かった。

なぜなら、まったく異なるタイプのショーだから。

人々はただスマホを掲げているだけなので、

目の白い部分がはっきり見える。素敵だ!」

 

 

2025年のハイライトは何ですか?

もしかしたら、Got Back ツアーのショーに参加したり、

ポールの写真展を訪れたり、新しい音楽やグッズを楽しんだり

したかもしれませんね?

今年ポールと彼の音楽にどのように繋がったにせよ、

私達のコミュニティの一員でいてくださって心から感謝します。

 

31.12.2025 PaulMcCartney.com )自動翻訳を一部修正