こんにちは♪
エンジェルセラピストのタカです^^
物語
『閉店前のパン屋さん』、
今日は第3話です。
今夜19時のメルマガで
お届けした第3話を、
こちらでも公開しますね。
読み逃した方は、
こちらでどうぞ^^
第3話 ― 名札のない店員さん ―
翌日の夜。店のドアを開けると、
カランとベルが鳴って、
焼きたてのパンの匂いと
温かい空気に包まれた。
オーブンの余熱で、店の中は
ほんのり暖かくて、
外の冷たさが嘘みたいだった。
他にお客さんはいなかった。
カチカチに固まっていた体が、
ほっとほぐれた。
レジの向こうで、店員さんが
いつもの笑顔で待っていて
くれた。
レジの前で、トレーを持つ手に
少しだけ力を込めて、
私は思い切って聞いてみた。
「あの、どうして分かったの?
昨日、私が早く来たこと」
店員さんは、少し考えるように
首をかしげた。
エプロンの裾が、そっと揺れた。
「顔を見れば、分かります。
昨日はね、影が重かったから。
今日は、少し軽いです」
影が重い、なんて言われたのは
初めてだった。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
見られていた、というより、
見守られていた、という
感じがした。
その日、私は初めて、
自分のことを少しだけ話した。
数字に追われる仕事のこと。
帰ってからの家事のこと。
最近、笑うのを忘れていたこと。
週末も、溜まった洗濯と
掃除で終わってしまうこと。
ベランダに干したタオルが
乾く頃には、もう日曜の
夕方になっていること。
友達からの「今度ランチ
行こうね」というLINEに、
「ごめんね、また今度」と
何度も返してしまったこと。
気づけば、「楽しみ」という
言葉が、私の生活から
消えていたこと。
店員さんは、パンを袋に
詰めながら、遮らずに
聞いてくれた。
紙袋のカサカサという音だけが、
静かな店内に響いていた。
うなずくでもなく、励ます
でもなく、ただ、ちゃんと
聞いてくれた。
「……ごめんなさい、
レジでこんな話」
「いいんです。話したく
なった時に話すのが、
一番なんですよ」
その言い方が、とても自然で、
私は少し笑ってしまった。
その瞬間、肩の力が
ふっと抜けていった。
笑ったのなんて、本当に
久しぶりだった。
頬の筋肉が、少し痛いくらい
だった。
「私、全然がんばってないんです。
みんなもっと、ちゃんと
やってるのに」
思わず本音が出た。
言ってから、少し恥ずかしく
なって、思わず目を伏せた。
すると店員さんが、
まっすぐ私を見た。
「がんばってない人は、
自分のことを『がんばってない』
なんて言いませんよ。
それ、がんばってる人の
言葉です」
何も言えなかった。
胸の奥で、深く息が吸えた。
心の奥の、固く閉じていた場所が、
少しだけ緩んだ気がした。
この言葉を、私はずっと誰かに
言ってほしかったのかも
しれない。
「ありがとう」と言うのが
やっとで、私は小さな紙袋を
胸に抱えて店を出た。
外は、すっかり冷え切って
いた。
見上げると、澄んだ夜空に
細い三日月が白く浮かんでいた。
家に帰って、コートを脱ぐのも
後回しにして、包みを開ける。
丸パンは、まだほんのり
温かかった。
包み紙の裏を見る。
少し丸みのある、優しい
手書きの文字。
『今日は、たくさんお話しできましたね』
……やっぱり、
全部お見通しみたい。
その時、ふと気づいた。
あの店員さんの胸には、
名札がなかった。
他の店員さんは、
みんな付けているのに。
翌朝、満員の電車の中で、
そのことを考えた。
吊り革につかまりながら、
窓の外を流れる景色を
ぼんやり眺める。
新人だから?
いや、パンを包む手つきは
慣れたものだった。
付け忘れているだけ?
何日も続けて?
考えれば考えるほど、
答えは出なかった。
でも、不思議と
不安ではなかった。
名札のない理由より、
彼女が私にしてくれたことの方が、
ずっと確かだったから。
名前も知らない。
でも、私の毎日を変えた人。
世の中には、そういう出会いも
あるのだと思った。
窓から差し込む朝の光が、
いつもより少しだけ、
まぶしく感じた。
(第3話 おわり)
明日は第4話を
お届けします。
お楽しみに♪
全5話は、
まとめ読みページにも
追加していきます。
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