「お願い。
今の仕事を、
もう無理して続けないで」
差出人の名前はありませんでした。
ただ、白い封筒の表には、
見慣れた文字でこう書かれていました。
「10年後のあなたより」
その文字を見た瞬間、
美咲は思わず笑いました。
「なにこれ・・・」
誰かのいたずらだと思ったのです。
仕事から帰ってきたのは、
夜の10時を過ぎた頃でした。
今日も夕食は、
コンビニのおにぎり。
脱いだコートを椅子にかける気力もなく、
バッグと一緒に床へ置きました。
最近は、
こんな日ばかりです。
朝起きると体が重い。
会社へ向かう電車の中では、
今日一日を想像しただけで胸が苦しくなる。
それでも美咲は、
「みんな頑張ってるから」
「私だけ逃げるわけにはいかない」
そう自分に言い聞かせて、
もう何年も働き続けていました。
テーブルの上に置いた白い封筒を、
もう一度見ます。
そして、
ゆっくり封を開けました。
中には便箋が三枚。
最初の一行を読んだ瞬間、
美咲の手が止まりました。
「美咲へ。
あなたは今、
左の肩が痛いでしょう?」
思わず左肩に手を当てました。
ここ数週間、
誰にも話していない痛みでした。
次の文章を読みます。
「夜中の3時頃に目が覚めて、
そのあと眠れなくなることも増えてるよね。
冷蔵庫の奥には、
先週買ったプリンがまだ残ってる。
食べようと思って買ったのに、
疲れすぎて忘れてる」
美咲は立ち上がり、
冷蔵庫を開けました。
奥に、
プリンが一つありました。
誰にも言っていません。
背中が少し寒くなりました。
そして手紙は、
こう続いていました。
「私は、
10年後のあなたです。
信じなくてもいい。
でも、
一つだけお願いがあります。
今の仕事を、
もう無理して続けないでください」
美咲はそこで、
便箋から目を離しました。
仕事を辞める。
何度考えたかわかりません。
でも、そのたびに、
「次が決まってから」
「もう少し貯金してから」
「この仕事が落ち着いてから」
そうやって、
先延ばしにしてきました。
手紙の続きには、
もっと怖いことが書かれていました。
「このまま続けた私は、
あと半年後に倒れます。
そして今、
病院のベッドの上にいます。
本当はね。
あの頃、
あなたのところに
新しいチャンスが来ていました。
でも私は疲れすぎていて、
それに気づけなかった。
『今は無理』
そう言って、
断ってしまったの」
美咲は、
しばらく動けませんでした。
ちょうど一週間前。
昔の友人から、
「週末だけでも、
一緒に小さなお店をやってみない?」
と誘われていました。
美咲はその場で、
断っていました。
仕事が忙しいから。
そんな余裕なんてないから。
便箋の最後には、
こう書かれていました。
「辞めることは、
逃げることじゃなかった。
休むことも、
負けることじゃなかった。
あなたが空けた場所に、
次の人生が入ってくるから。
お願い。
一度だけ、
自分を助けてあげて」
その夜、
美咲はなかなか眠れませんでした。
次の日。
いつものように、
会社へ行きました。
そして午後。
上司からまた、
大量の仕事を渡されました。
「これ、
明日の朝までにお願いできる?」
いつもの美咲なら、
「はい」
と言っていました。
でも、
その日は違いました。
手紙の言葉が、
頭の中に浮かびました。
一度だけ、
自分を助けてあげて。
美咲は、
小さく息を吸いました。
「すみません。
今日はできません」
声が震えていました。
上司は少し驚いた顔をしました。
でも、
それだけでした。
世界は壊れませんでした。
誰かが怒鳴ることもありませんでした。
その日を境に、
美咲は少しずつ自分の人生を
取り戻していきました。
すぐに仕事を辞めたわけではありません。
怖くて、
何度も迷いました。
それでも数か月後、
会社を離れました。
最初の一週間は、
ほとんど何もしませんでした。
よく眠って。
散歩をして。
久しぶりに料理を作って。
冷めないうちに、
コーヒーを飲みました。
そんなある日。
以前誘ってくれた友人から、
もう一度連絡が来ました。
「まだ、
やってみる気ある?」
今度は、
「うん」
と答えました。
最初は週末だけの、
小さな焼き菓子のお店でした。
クッキーを焼いて、
コーヒーを淹れて。
お客さんが笑って帰っていく。
それだけで、
不思議なくらい心が満たされました。
やがて店は、
少しずつ大きくなりました。
その店で、
一人の男性とも出会いました。
最初は、
毎週コーヒーを飲みに来るお客さんでした。
特別なことが起きたわけではありません。
話す時間が少しずつ増えて。
気づけば一緒に買い物へ行って。
気づけば、
同じ家へ帰るようになりました。
そして10年後。
朝。
小さなお店の窓から、
柔らかな光が差し込んでいました。
厨房からは、
焼きたてのパンの香り。
隣では夫が、
コーヒー豆を挽いています。
「今日、
天気いいね」
「うん」
それだけの会話。
でも美咲は、
その時間がとても好きでした。
昔思い描いていた
「成功」とは少し違います。
大きな会社を作ったわけでもない。
有名になったわけでもない。
ただ、
朝起きるのが怖くない。
好きな人とご飯を食べる。
好きな仕事をする。
夜になったら、
「今日もいい一日だった」
と思える。
そんな毎日でした。
美咲は、
店の奥にある机へ座りました。
引き出しを開けます。
そこには、
10年前に届いた白い封筒がありました。
何度も読み返したせいで、
少しくたびれていました。
美咲は新しい便箋を取り出しました。
そして、
ゆっくり文字を書き始めます。
「10年前の私へ」
少し考えてから、
続きを書きました。
「今の仕事を、
もう無理して続けないで」
書きながら、
涙が一滴だけ便箋に落ちました。
そして最後に、
こう書きました。
「読んでくれて、
ありがとう。
あの日、
あなたがほんの少しだけ
勇気を出してくれたから。
私は今、
ここにいます」
美咲は、
手紙を封筒に入れました。
窓の外では、
朝の光が街を照らしていました。
未来は、
最初から決まっていたわけでは
なかったのかもしれません。
あの日の小さな選択が、
10年後の今日まで、
ずっと続いていただけなのかもしれません。
もし10年後のあなたが、
今日のあなたに
たった一つだけ言葉を届けるとしたら。
どんな言葉を
伝えてくれると思いますか?
※この物語はフィクションです。
ここまで読んでくださって、
ありがとうございます^^
自由と幸せを届ける
エンジェルセラピストのタカです。
僕自身も、
未来って最初から
決まっているものではなくて、
今の小さな選択の積み重ねで、
少しずつ変わっていくのかもしれないと
この物語を書きながら
改めて感じました。
もしこの物語が、
今日のあなたに
何かひとつでも残ったら嬉しいです^^
この物語を読んで、
「10年後の自分は、
今の私に何を伝えるんだろう」
このように
少しでも感じた方へ。
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