党大会前からこのブログによくコメントを書き込んでいる日本共産党宣言員を名乗るchocolateという人がいます。

先日「【再び】レフ・トロツキー『裏切られた革命』を今、読む意味はあるか?」を載せたら、こういう質問がありました。

>「スターリン主義」というのは、スターリンの個人的性格だけの問題ではない。「革命」の名で、「科学的社会主義」「マルクス・レーニン主義」の名で、官僚機構を支配し、民主集中制というそれを自動再生産する制度で党員を支配する構造なのだ。》という部分が、今ブログの主たる部分かと思います。<

 

 三つ 質問させていただいてよろしいですか?

① 官僚機構・党員(つまり私)を支配するのは誰なのですか。

② 「①の者が支配する」とは、具体的にどのような行為を指すのですか。

③ ②の行為を行う目的は何ですか。



それに対して、パトラとソクラはこう答えました。
 

>chocolateさん

 

①直接的には、ときの幹部会委員長や書記長など党中央の役員です。しかし、命令されなくてもあたかもその意図を感じ取って支配されるような態度を党員は取ります。忖度と言ってもいいし、同調圧力と言ってもいいでしょう。革命の敵、多数者革命を邪魔する者、党の攪乱者はあいつだ、あんなやつらと憎悪の対象とも思える態度をとります。

 

②攪乱者が書いた書物は読むな、そんなものより党中央が書いたパンフを読め! パンフを大衆に普及せよという行動を取ります。民主集中制の組織原則のもとで多くの党員はその方針に従うか、自分の良心のためにはサボるしかありません。機関紙を読まない党員、党費を納めない党員の多くがそういう人たちです。

禁断の書『シン・日本共産党宣言』の内容に対する批判をまともに出来る者はほとんどいません。党中央が書いた論文だけが正しいと思い、それを自分の頭脳を経由して語ることはできず、コピペするしかできません。

 

③目的は党組織の防衛であり、組織の維持です。

もともと党は革命を主導するためにできたのが党組織でしたが、いまやそこで雇用される革命家の生きる糧となっています。党防衛は、その党を守り、維持することが目的となっています。


すると、またこういう反論がありました。
 

>パトラとソクラさん

 

 自分自身と自らの所属する組織についての論評であり、たいへん興味深く読ませていただきました。

 今回の論評の対象者としての「リアルな感想」をコメントさせていただきます。

 

①について…「命令」とは「強制力を内包しているかのような強い指示」のことかと理解します。

 《革命の敵、多数者革命を邪魔する者、党の攪乱者はあいつだ(※代表的な具体例は松竹さんですかね。)、あんなやつらと憎悪の対象とも思える態度をとります。》とのことですが、私の場合、党の方から「松竹さん」の名前を聞くことはありませんでした。むしろ私から話題にしていくような状況でした。

 つまり、松竹さんの件に関しては何の圧力もありませんでした。

 

 私は党本部に意見があれば中央委員会に話をしますし都道府県委員会にも意見をします。その際、「そんなことは言うな」みたいな圧力を受けた記憶はありません。

 

②について…私にとっては①の事実がないわけですから②の事実もありません。

 私は松竹さんの著作物は持っていますし、愛読書の一冊にもなっています。松竹さんのブログはほぼ100%に近く読ませていただいていますし、以前のブログ『編集長のブログ』にもかなり目を通しています。また、松竹さんがお書きになった著作物についての書評やそれに関して本人さんが述べられた感想等にも目を通しています。

 自分で考えるためには、幅広い視野でもって多くの事象にあたり、「事実」に迫っていこうとするのは当然のことです。そうした行為について、党からは何ら禁止はされていません。

 

③について…①②の事実が私にはないわけですが、③の《もともと党は革命を主導するためにできたのが党組織でしたが、いまやそこで雇用される革命家の生きる糧となっています。党防衛は、その党を守り、維持すること》自体は、党幹部として、党運営の目的として考える一つのポイントであろうと思います。

 ただし、党幹部が自らのみに適用される大きな経済的利得の追求の手段として「党の維持・防衛」を考えているとは私には思えません。 逆に、「倒産の可能性すらある会社を見捨てず、苦境の時期にあっても社長や会社幹部として責任感を持ってやってもらってるなぁ。ご苦労さんなことです。われわれ社員も頑張らせてもらわなあかんな。」みたいな気持ちです。

 

やれやれ。

 

chocolateさんは党全体で起きていることを、自分の身の回りでは起きていないので、問題ないことにしたいらしい。

 

ではまた反論いたします。

①   官僚機構・党員(つまり私)を支配するのは誰なのでしょうか?
 

>私の場合、党の方から「松竹さん」の名前を聞くことはありませんでした。むしろ私から話題にしていくような状況でした。


あれ?

「党の方から『松竹さん』の名前を聞くことはありませんでした」とはどういうことなのでしょうか?


松竹伸幸氏のことを「しんぶん赤旗」は「かく乱者」と書いていますよね


「かく乱者」と2023年2月8日に書いたのは、書記局次長の土井洋彦氏です。

(土井洋彦氏)

 

 


2023年12月1日には組織局長の土方明果氏が「除名処分された人物による党大会かく乱策動」という文章を「しんぶん赤旗」に掲載しました。

(土方明果氏)

 



「こんな連中」と言ったのは、内田裕福岡県党委員長です。

 

(内田裕氏)


これは松竹伸幸のブログを読んでいるchocolateなら知っているはずですが。

 

 


「わが党は多数者革命に責任を持つ党として、組織と組織原則への攻撃を断固として打ち破り」と29回党大会で言ったのは、田村智子新委員長です。

 

(田村智子氏)
 

 

 


松竹伸幸氏が「しんぶん赤旗」や共産党内で話題になっているのに、身近な党員はこういう問題は無視するってことでしょうか?

「しんぶん赤旗」と党員の日常はもっとかけ離れているんでしょうか?

だったら、「しんぶん赤旗」って党員にとって何なのでしょうね。

それとも異論を唱えている人がいること自体をなかったことにしたいのかもしれません。

ネット署名なんかを根拠に1パーセント未満の意見だとchocolateさんが主張したがっているのは、こういう事態を無視しようという思考でしょう。

ネット署名が意味のないことは既に指摘したのですが、理解するときに脳の回路が弾いてしまうようです。

ふつうの党員の精神構造がどうなっているのかよくわかりません。

 

私は党本部に意見があれば中央委員会に話をしますし都道府県委員会にも意見をします。その際、「そんなことは言うな」みたいな圧力を受けた記憶はありません。

 

松竹伸幸氏とその主張は、日本共産党の幹部会委員長、組織局長、書記局次長名で「かく乱者」「組織と組織原則への攻撃」などとレッテルを貼られています。

ふつうの党員ならこれは命令だと思うでしょう。

chocolateさんは中央委員会や都道府県委員会にどのように意見をしたのでしょうか?

それは松竹氏が主張する事実に基づく抗議なのでしょうか?

それとも地区委員会府委員会の主張を確認するものでしょうか?

その質問自体がすでに党中央の主張を支持したいためのものだと思います。



②   「①の者が支配する」とは、具体的にどのような行為を指すのですか。

 

>②について…私にとっては①の事実がないわけですから②の事実もありません。

 私は松竹さんの著作物は持っていますし、愛読書の一冊にもなっています。松竹さんのブログはほぼ100%に近く読ませていただいていますし、以前のブログ『編集長のブログ』にもかなり目を通しています。また、松竹さんがお書きになった著作物についての書評やそれに関して本人さんが述べられた感想等にも目を通しています。

 自分で考えるためには、幅広い視野でもって多くの事象にあたり、「事実」に迫っていこうとするのは当然のことです。そうした行為について、党からは何ら禁止はされていません。<



「著作物を持っている」「目を通している」「党からは何ら禁止されていない」とchocolateさんは書いています。

「愛読書」とまで書いています。

「愛読書」という意味がわかっているのかどうかは知りませんが。

でも、私が書いているこのことには答えていません。

 

「攪乱者が書いた書物は読むな、そんなものより党中央が書いたパンフを読め! パンフを大衆に普及せよという行動を取ります」




これはどうでしょう。
「しんぶん赤旗」の拡大や党員からの疑問について、松竹パンフを普及せよ!とは言われていないのでしょうか?
そのときに、党員は松竹氏の著書と反論を読み比べて、疑問は生じないのでしょうか?

連合政権での自衛隊の捉えた方について、志位氏と松竹氏の共通点と相違点が理解できているのでしょうか?
「核抑止抜きの専守防衛」が連合政権にとってどういう意味があるか真剣に考えたことがあるのでしょうか?

理解力がある人なら、日本共産党の政策、志位氏が踏み込んだ政策での「空白部分=日本共産党の防衛政策」を松竹伸幸が補完しているだけだとわかると思います。
それが異論で、「外からの攻撃」と見えるのはどうしてなのでしょうか?

党員は、最初から曇った目で見ているのではないのでしょうか?
仮に松竹伸幸の書いたものを読む人がいるとしても、必死で文言や表現の違いに拘泥していると思われます。
その表現の違いを見つけて満足するだけではないのでしょうか?

 

日本語の文脈で理解しようとせず、表現が違うだけで「志位委員長の考えとは違う」と排除する思考です。

 

自衛隊の段階的廃止の考え、その時期について、志位委員長の『新・綱領教室(下)』と、『シン・日本共産党宣言』に書かれていることで違いがありますか?


③    ②の行為を行う目的は何ですか。

>③について…①②の事実が私にはないわけですが、③の《もともと党は革命を主導するためにできたのが党組織でしたが、いまやそこで雇用される革命家の生きる糧となっています。党防衛は、その党を守り、維持すること》自体は、党幹部として、党運営の目的として考える一つのポイントであろうと思います。

 ただし、党幹部が自らのみに適用される大きな経済的利得の追求の手段として「党の維持・防衛」を考えているとは私には思えません。

 逆に、「倒産の可能性すらある会社を見捨てず、苦境の時期にあっても社長や会社幹部として責任感を持ってやってもらってるなぁ。ご苦労さんなことです。われわれ社員も頑張らせてもらわなあかんな。」みたいな気持ちです。<


私が書いたのはこういうことです。

 

目的は党組織の防衛であり、組織の維持です。

もともと党は革命を主導するためにできたのが党組織でしたが、いまやそこで雇用される革命家の生きる糧となっています。党防衛は、その党を守り、維持することが目的となっています。


これは日本共産党だけのことだけを言っているわけではなく、中央集権的な官僚組織はほとんどこうなります。

もともと組織を作った目的と、目的のために作った組織という手段が逆転してしまうのです。

マックス・ウェーバーの指摘は今も当てはまります。

レフ・トロツキーの考え方も近いと思います。

いや、トロツキーは組織を維持するために党官僚が、スターリンを利用したとまで書いています。カルト組織を維持するにはそういう象徴的存在が必要ということなのでしょう。

 

例えば、宗教組織は教義を広めるために出来て、信者が施しをしていたのですが、いつのまにか組織が大きくなり、維持するために募金を集めることに精を出します。信者の間で募金の多さが信仰の厚さだと勘違いさせたり、みずから勘違いするようになります。


カルト教団の組織も同じだし、新聞社の末端の勧誘員でも似たようなものです。新聞社の場合は自らの利益ともなりますが。


党勢の拡大のために機関紙購読を訴え、ノルマのためには家族や親戚に「3か月だけでも」と言い、ノルマのためには自分が支払って、拡大したことにする。党員勧誘時には、松竹伸幸氏の除名問題を一から説明することなんてないでしょう。そんなことしたら、怖がって党員獲得できなくなりますから。
 

末端の党員は、それらが革命のためなのか、機関紙収入を増加させるためなのかよくわからなくなっているのではないでしょうか?
それを疑問に思う党員は、機関紙拡大などせず、党費を細々と納めるだけ。
そういう声もよく聞きます。

機関紙をネット化して、無料にし、党組織の事務をDX化すれば専従党員は半減するかもしれません。
そうすると「しんぶん赤旗」を含む事業収入167億円の多くが失われます。

 

 


パトラとソクラの調査では、今の党専従の人件費は支払うことが出来なくなり、大幅なリストラが必要になります。
そのためには、政党助成金を受けとることを議論しなければいけない時期にきていると思います。

 

 





https://ameblo.jp/patoratosokura/entry-12822520857.html

今の共産党は、新聞のネット化やDXの時代の流れの中では組織が維持しにくいほど専従者を大量に抱えているのです。
日本共産党は、収益のためにリストラを行っている新聞社でもなく、盲目的に寄付を集めるカルト教団でもないと思います。

初期の宗教団体は、教義を広めるためには募金とボランティア精神だけで組織を維持しようとします。
革命党の初期段階も同じようなものでした。

しかし、今の日本共産党は、その党を守り、維持することが目的となっています。
紙の機関紙やパンフを拡大し、選挙カンパを増やすしか生き残る道はないのです。

では、異論を排除していく日本共産党がこれからどうなるか?
実は、すでにこの先は見えているのです。