介護生活 | 問題解決の扉

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母は妹に「お姉ちゃんみたいなバカにならないで」とくり返し、私の名前で「〇〇のバカ」と言う歌を作ったり、「バカは死ななきゃなおらない、バカは死んでもなおらない」と言う歌を歌い続けていました。
 
学年の終わりになると、「クラスの皆は2年生になるけど、あんただけは次も1年生をやり直し。皆が3年生になった時にやっと2年生。皆が4年生になっても、また2年生」と言われました。
 
男の子たちと活発に遊ぶ方でしたが、次第に成績表には「もう少し、はきはきした態度をとるように」と書かれるほど、自信を持てなくなりました。
 
母の攻撃はずっと続きます。
高学年ともなれば、気が合う友達がはっきりしてきます。
仲良くなった友達と約束をして家を出ようとすると「〇〇さんや✖️✖️さんみたいな成績がいい子から見たら、あんたなんて話していてもつまらないだろうに、よく我慢してくれるね」と言う言葉を投げつけます。
そんな言葉を受けながらも、楽し気に過ごしておりました。
 
妹には全く対応が違い、幼稚園の頃に「ピアノが習いたい」と言えば、すぐにピアノ教室に通わせていました。
誰かが「使わないオルガンがあるから、あげる」と言えば、小学生の私を当然のように使い、母と一緒にオルガンを運ばせました。
 
「家はよそと違って貧乏」「家にはお金がない」と毎日私に言うので、子供ながらお金がかかるような事は一切ねだりませんでした。
 
しかし、一言「習いたい」と言えば、すぐに教室に通わせ、発表会ではデパートできれいなワンピースを買ってもらい、リボンをつけて演奏していました。
そのワンピースのきれいな色がとても羨ましく、いまでも目に浮かびます。