問題解決の扉

問題解決の扉

生活の中での創意工夫に努力しています

毎日、何かしら起きる問題。

早期発見、早期解決が課題です。

 

 
 
1月4日は母のいるケアハウスに行きました。
使っている携帯がこの先、使えなくなると言うので機種変のため、ケアハウスに寄り携帯を預かり、ドコモに行きました。
結局、機種変の必要はないとわかり、何の為のしつこい連絡だったのかと納得はいかないのですが、出費はおさえられました。
 
ケアハウスからの片道30分を買い物をしてまた戻り、やっと帰宅した翌日。
「薬が足りない」と電話がありました。
また?
「夜の薬が全くない」
「あの薬局はいつも薬の数がいい加減」と怒っていますが、薬局が間違えたのではなく、母がなくしているのです。
 
翌日は夫の病院。
次の日は夫の親せき宅に新年のご挨拶に伺う予定です。
仕方なくその翌日に、またケアハウスに行きました。
 
1時間近く電車に乗り、降りた駅から30分近く歩く。
それを母はどう思っているのか。
薬の数が減っているなら、なぜ、ドコモに行った日に言わない。
どこでもドアを使っているとでも思っているのだろうか。
 
部屋に入って「こんにちは」と言っても、ろくに返事もしない。
お茶も出さないだろうからと温かなペットボトルを二本買っていき、テーブルに置いた。
薬を整理しているのは私。
試行錯誤の結果がこれで、これ以上のやり方はみつからない。
 
来週は病院の予約が入っています。
とりあえず、薬を全てチェックしていると、ごちゃごちゃに散らかされた薬の中から、母が言っている「夜に飲む薬」が3包出てきました。
「お母さん、薬を預かってくれて、その都度、飲む分を出してくれる施設に移るほうがいいかも」と言ったところ、いきなり怒鳴られました。
 
「全て私が悪くて、何もできず、頭がおかしいってことでしょ」
 
「薬がないというから、朝から薬を探すために予定を調整して来ただけだけど、それでそんな言い方されるなら、来なくていいならもう来ないけど」
 
黙り込むので、せっかくだからと
「まあ、お母さんにとって私は当たり散らす存在だったものね。お父さんや妹に腹を立てると私に当たり散らしていたんだから、今始まった事ではないし、慣れているけど」と言いました。
 
何で今度は黙り込むのだろう。
 
ともかく来週の受診日までの薬の整理はしたので帰ることにしました。
これまでだったら、こんな時間なら美味しい昼食を買ってきて食べたりしましたが、もう一線を越えてしまいました。よほどの事がない限り、一緒に食事をする事はもうないかもしれません。
 
帰りの長い坂道を歩きながら、こんなに日が高い時間に駅に向かうなんて一度もなかったとのだと思いました。
 
帰りはデパートに寄り、思う存分見たいものをみて、少しだけ買い物を楽しみました。
あちこちの売り場の可愛いスタッフさんがとても優しくて、癒されました。
 
母には付き添わねばならない病院などの義務は果たしますが、もうそちら側、つまり母の気持ちには寄り添えないような気がします。

 

 

 

ご挨拶が大変遅くなりましたが

 

明けましておめでとうございます

多くの方の、それぞれのご体験に基づくブログは昨年も大変参考になり、励みになりました。

本年もよろしくお願い致します。

 

2026年となりました。

夫の健康状態に異変を感じ、大学病院の睡眠科を受診したのが2020年3月でした。

介護のスタートを切った時です。

大変な介護生活を送っている方とは比べ物になりませんが、介護生活も7年目となります。

 

「人の本質がよく見えるようになった」とか「学ぶ事も多い」「貴重な経験をしている」などと発言することもあります。

だいたいは口は出すけど手は貸さない相手用のセリフです。

 

こう見えても膠原病でおまけに脳梗塞もあるらしく、母と夫の介護を全うできるかどうか、大変スリリングな人生を歩んでおります。

 

介護7年生。

医学部などの博士課程にでも行ったと思えば、まだまだでしょうか。

今年も貴重な経験をしていくしかありません。

 

 

 

 
母に電話をしたら、
 
「夢だったみたいだけど、昨日の深夜、あなたが来たと思った」
 
「寝ている時にドアのカギを開ける音がしたの。ここのスタッフの人があけたと思うけど、あなたが来たから開けたのだけど、寝ているみたいと言って、またドアをしめて、しばらく廊下で話をして帰った」
 
起きてしばらくは、現実だと思っていたようですが、少しして、あれは夢だったと納得したみたいです。
 
母に認知症の症状が少しずつでてきていて、さらに本人からもこんな話を聞く事になりました。
 
母の母。私の祖母を最後に見舞いに行った時、祖母は私が誰だかわかりませんでした。
 
ちょっと廊下に出て、また病室に戻ると、祖母は寝てしまっていたので、そのまま病院を出ました。
 
それが最後の別れとなりました。
 
祖母は目が覚めてから「孫が来ていたが、どこに行った?」と看護師さんに聞いたそうです。
 
母の夢の話と何となくつながるようで、物悲しいです。