問題解決の扉

問題解決の扉

生活の中での創意工夫に努力しています

毎日、何かしら起きる問題。

早期発見、早期解決が課題です。

 

 

思い出したのは私が小学生になる頃、妹が初めてつかまり立ちをした時です。

 

「お母さん!〇〇ちゃん(妹)が立ったよ!」と感激する私に「ああ」とつまらなそうに返事をした母に子供ながらに違和感を覚えた事です。

 

母はあんなに可愛がっていた妹の成長にもこんな気持ちにならなかったのだ。

 

長く不自由で苦しい妊娠期間。

 

苦しい出産。

 

昼夜を通して世話をしなければならない新生児。

 

そんな苦労が一瞬にして消え去ってしまう、初めての笑顔。

 

この感動が母は持てなかったのだとわかりました。

 

これまでずっと、母が話す事は自分の事ばかりでした。

 

私の子供の頃の話などまず話しません。

 

きっと覚えていないのでしょう。

 

母子手帳も捨てられました。

 

わが子の笑顔から始まり、突然、言葉を発した時、ケラケラと笑った声。

 

こんな感動を味わうたびに、母は悲しい人だと思わずにいられなくなりました。

 

 

私が結婚をして家を出ると、妹はあまり家に戻らなくなったようです。

 

「結婚式の日は必ず家に帰って」と何度も頼みましたが、その日から帰宅をしませんでした。

 

私の真剣な頼み事など意にも介さない家族です。

 

一年後、出産をする私に母は私の家に来ると言い出しました。

 

父は一人では過ごせないので断ったのですが、とうとう来ることになりました。

 

妹はその間も、実家に戻ることはありませんでした。

 

数日だけ母が泊まって、帰って行きました。

 

産後一週間もたたないうちから、慣れない育児と家事に追われますが、ある日、息子が初めて笑いました。

 

夕方の事でしたが、そこだけ強いライトが当たったように見えました。

 

わが子の初めて笑顔はこれ以上ない幸福感を与えてくれ、涙が出ました。

 

この瞬間のシーンは絶対に忘れる事はないと感じると同時に

 

「母にはこの感動はなかったのだろう」とよぎりました。

 

これまでの全てのなぞが解けた瞬間でした。

 

 

 

 

 

 

両親は揃って子供に恥をかかせる、笑いものにする事が好きでした。

 

同級生の親や親せき、店員さん、タクシーの運転手さんの前で、あえて恥をかくような事を言っては、私に恥ずかしい思いをさせて楽しんでいました。

 

気がつくと妹も同じことをするようになっていました。

 

私に起きた小さなできごとに尾ひれをつけて笑い話にして、話すようになっていました。

 

「〇〇ちゃん(妹)から聞いたけど、そんな事があったんだって?」と言われるたびに、またか、とがっかりしました。

 

社会人になり数年がたち、一人暮らしをしようかと思ったのですが、今度もまた大反対をされました。

 

妹は一切やらない家事をしながら仕事に通っておりました。

 

妹が保育実習先できつい言い方をされたから「もう行かない」と言い出せば、説得。

 

就職活動も手伝い、妹も社会人になりましたが、家には全くお金をいれません。

 

母はその事にも何も言わないままでした。

 

数年で仕事を辞めた妹がこの先どうするのかわからないまま、私は結婚が決まりました。

 

衣装合わせには母親が同席するものだと聞き、一緒に来てもらったところ、つまらなそうに離れて座っていました。

 

隣の席の女性はお母さんが横から離れず、娘以上に熱心でした。

 

ここまで興味を持たれていないのだと思い知りました。