おはようございます!
今日もいい天気ですね!
「Xmasプレゼント」
お子様やパートナーのいる方は準備されている方も多いと思います。
やっぱりクリスマスは華やかでワクワクする特別なイベントだと感じます。
人それぞれに想い出があって、もしかすると苦い思いをした人もいるのかも知れません。
このページはお菓子の話はありません。
※クリスマスケーキ作りのお話しをしたページ
クリスマスケーキの準備⇐よかったら
私が小学1年~3年(昭和40年代後半)の頃、町内で子供会の
クリスマスプレゼント交換という行事がありました。
近所の子供が集まって人形劇や歌を歌ったりする会の最後に各々持ち寄ったプレゼントを歌に合わせて隣の子に回していき最後に止まったプレゼントが自分の物になると言うイベントでした。
子供の頃なので大人同士がどの様な話がされていたかはわかりませんが少々大きさやラッピングに違いがあり子供心に当たり外れ感が有りました。
おもちゃ屋さんのキレイなラッピングのプレゼントからお母さんが包んだであろうノートまで・・・。
子供なのでみんな一喜一憂。
でも今考えるとソレを見ていた保護者の方やなんとなく気付く小学校高学年の子供は微妙な反応になっていたと思います。
私に当たったのは黒くて大きな消しゴムで緑色で「大吉」と書かれていました。
たぶん10センチくらいあったと思います。
見た事も無い大きさと色付きの消しゴムだったのでとっても嬉しかったです。
当時は色つきの消しゴムが広まりつつある時代でしたが、自分は父から貰った白と灰色の砂消しがくっついているタイプの消しゴムを使っていました。
クリスマスの日
朝起きると枕元には一箱のプリッツがありました。
なぜか子供の頃からサンタクロースはいないと理解していた私は両親が置いてくれていたのはわかっていましたが当時の自分にはその事・行為自体が嬉しくてめっちゃ喜びました。
当時はゲーム機などがまだ無く男の子ならプラモデル、女の子
ならぬいぐるみなどが喜ばれる時代でした。
しかし子供の頃の自分はそれと同じかそれ以上にプリッツが嬉しかったのです。
まんまと両親にマインドコントロール?されていたのかも知れませんが。
ちなみにクリスマスツリーは父手作りの緑の紙を切り抜いてクロスに貼り付けたツリーでした。
ちゃんと立てて飾りも付けました。
父は手先が器用で昔の人なので基本何でも作れる人でした。
お正月の和凧、洋風の三角の凧ゲイラカイトも作ってくれました。🐙
父は物理脳が良かったんだと思います。
そんなこんなで我が家でもそれなりに楽しい
クリスマスが過ごせました。
おっ!
クリスマスケーキの話をしていない。
クリスマスケーキは近所のケーキ屋さんで買ったドレンチェリーが飾られているバタークリームのケーキでした。🍒
当時は家庭で手作りする人はほとんどいませんでした。
クリスマスプレゼント
親御さんから毎年色々考えて悩まれている話をよく聞きます。
当時の我が家はお察しの通りそれ程お金に余裕があったわけでは無かったようでしたがプリッツ一箱が一生の楽しい想い出にもなりますのでやはり普段のかかわりかたが大切なプレゼントかなと思います。
それでは皆さん
愛ある一日を!
ちなみにお母さんが包んだであろうノート
を持っていったのは私です。
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