37 「物の体系 記号の消費」ボードリヤール、法大出版局  3・27

 

  A 機能体系または客観的言説

   〇現代の室内で、転回してしまったもう一つの幻影は、時間という幻影である。掛時計または振子時計という本質的な物が消え去った。P25 

   〇日常的な雰囲気を変形させるのは、《真の》自然ではなく、ヴァカンス、つまり自

   然の摸擬、つまり日常性の裏側である。P38

    体系的な文化性が、体系的な技術性に対応している。われわれが雰囲気と呼ぶものは、物のレヴェルにおける、この体系的文化性である。 P53

  B 非機能的な体系または主観的言説    Ⅱ周辺の体系―収集p105

   〇情熱としての物

   《収集の趣味は、一種の愛の遊びである》モーリス・レ―ム

    子どもの場合、収集は外側の世界を支配する最も基本的なやり方である。→収集の趣味は思春期に到達するとなくなる傾向があり、時々は年をとってから復活する→収集は、性的発達の危機の段階における強力な代償行為である。P107-8

   〇(逃避プロセスは)物の体系の中での誕生と死の《再サイクル化》というもっと複雑な運動であるp119

  結論 《消費》の定義に向かって われわれは、消費を産業文明の特徴となる容態と考えることができる。(略)消費は関係(略)の能動的なありかたであり、我々の全文化体系の基礎となる(略)p245

  訳者あとがき 宇波彰

   〇ボードリヤールのいう再生産と、ベンヤミンのいう複製とが、同じreproductionであることに、改めて注意すべきであろう ~「技術時代における複製芸術」

 

 

 

38 「原爆と俳句」永田浩三、大月書店  3・27

 

  〇渡邊白泉 昭和44死去 勤務先沼津高校正門左に句碑

         「戦争が廊下の奥に立ってゐた」

     京大俳句に加わる 昭和14 p33-6

  〇爛レタ顔ノムクンダ唇カラ漏レテ来ル声ハ   p81

   「助ケテ下サイ」

 

    ト カ細イ 静カナ言葉

    コレガ コレガ人間ナノデス

    人間ノ 顔ナノデス  『原爆小景』「コレガ人間ナノデス」

  〇原→想像だが原爆俳句という詩の型では、原爆というすさまじい現実を表現できないと考え(下略)p81

 〇戦後の俳句は逐年隆盛の一途を辿ってきた。→まさに庶民の芸術と呼んでもよいp156

  〇白泉 享年55 府中市多磨霊園p211

  〇「柘榴たわわ漁夫又七の憤怒こめ」永田浩三 久保山忌句会 2022年 1位p228

  〇「蝉は幼年時代へと誘う導火線である」野ざらし延男 斎場御嶽(南城市)~草蝉

    俳句はきわめて蝉的要素を持っている。無表情に流れゆく日常のはざまで、瞬間の美を永遠の今を書くことを教えてくれるp265

  〇「フリージアけっこうむずかしい平凡」 中村晋「むずかしい平凡」p286

  〇目良誠二郎 「9条地球憲章の会」事務局長 元海城中・高教諭p287

  〇権力によって口を強引に押し開けられ、理解しがたい理不尽な現実を放り込まれ、呑み下すことが強制される時代→川柳は「嘔吐」の文学 胡桃沢健p300

  〇原爆俳句の中で、もっとも多く登場するのが、蝉を詠った句だ 

     表紙の蝉の絵 木下晋(鉛筆画家)p312

 

 

39 「永遠回帰の神話」エリアーデ、未來社  3・31

 

  〇要するに古代世界では「俗的」活動は、何も認められない。P60

  〇古代人は歴史を容認し、それに歴史ヒストリーとしてのかかる価値を与えることを拒絶する。P127

  〇一つの共通の特徴=すなわち歴史は一つの意義を持つためだけでなく、要するに必要であるからた堪え忍ばれ得たのである。P171

  〇叙情詩人ホラティウスはその叙情詩EpodeⅩⅥのなかでローマの未来の運命に対する彼の恐怖を秘しておくことが出来ずに詠じている。P174

  〇周期の観念の復興

   経済学の分野で、循環、変動、周期的振幅の概念の復興が見られ、哲学の分野では、永劫回帰の神話がニーチェによって復活させられ、さらに歴史哲学の領域ではシュペングラーやトインビーが周期性の問題に関心を示すに至っている。P189

  〇ヘーゲルからマルクスに至る「歴史主義的」解決の正当性p190

  〇ヘーゲルにとって歴史的出来事は絶対精神のあらわれp191

  〇マルクスの歴史哲学の終りには古代的終末論のいう黄金時代が横たわる。(略)もっともこの黄金時代をマルクスは原始神話でははじめのときに置くのに反して、歴史の最後に置くという違いがある。P192

 

40   日記より   3・30

 

 3月30日(日)

 もう数日経ったが、ミャンマー、マンダレーで、激震M7.7、深さ10㎞か。長周期

振動で千キロ離れたバンコクで、高層ビルが倒壊した。深さ10㎞の地震で、遠く離れた土地で大きな被害が生じたことが新しい知見。2001年9・11のN・Yでのテロと倒壊の状況は酷似している。ジャンボ機が突っ込んだわけでもないのに、あえなく倒壊する。

 

 

 

 41 「逃走の方法」G・グリーン、早川書房  4・7

 

  〇メキシコの革命政府はカストロを支持すると一方で口にしながら、他方では合衆国政府に仕えていたのである。(略)この時の経験から小説「権力と栄光」が出てこようとは、帰国してからも思ってもみなかった。P75

  〇◎「権力と栄光」はこれまでの私の小説のうちで、ある命題テーマを意図して書いた唯一のものだといえるだろう。P77

  〇◎いたって立派な動機を持ちながら、人生ライフを枯らしてゆく理想家肌の警察官、それに対してもう一方は、生命ライフを伝えて歩く酔いどれ司祭(略)。この本はそれまで書いたどれにもまして大きな満足感を私に与えた。P78

  〇人が夢を見るのは、(略)、陶酔中ではなくて酔いが醒めている間のことだとされている。つまり精神と肉体がしっくりいかず相剋状態にある時なのだそうだ。P156

  〇ディエン・ビエン・フーは、たんにフランス軍の敗北にとどまらなかった。この戦いは、西欧の列強がたとえアジアを支配しようとしても不可能であることを立証し、そうした西欧の野望に、文字通り終止符を打った。

   デカルト的明晰さをそなえたフランス人はこの判決を受け入れた。イギリス人の場合も同様だった。(略)アメリカの若者たちが、その後のヴェトナムで死んでいくころは、全面敗北のこだまが世界に伝わるのにも時間がかかることを示している。P165

    〇夜というものは、昼よりもいっそう反理性の時だといえよう。P176

 

 

 

 

42    日記より  4・15

 

 4月15日(火)

  晴れ。日、月は嵐山「花のいえ」再訪。天気には恵まれなかったが、再訪する価値  

 はあった。優子も食事には喜んでいた。

  一昨日は、東京交通を頼んで西口まで。「ひかり」は混んでいて、三人掛けの、残り一座席も往復路とも満席だった。指定券の予約は必須といえる。復路のように緑の窓口で変更することもできる。

 初日、三井寺へ行く予定だった。京都から膳所(ぜぜ)まで戻り、京阪で三井寺駅へ。風情のある街並で、桜も残っていたが、折あしく雨が強くなって、すぐ地下鉄東西線経由で太秦天神町へ、乗りかえて嵐山へ。

 一昨年、記憶に残った上の会席を部屋で食したが、「圧巻」とまではいえないまでも、煮物の「鯉のあら煮」がアクセントを添える。

 翌朝、角倉旧邸の庭の眺めの良い窓辺の席で、平凡な朝食だが美味しく食べられた。

 

 

 その日は、午前中は天気も良く、地下鉄東山駅へ出て、古川商店街を抜けて知恩院の下の寺町を抜け,円山公園「いそべ」へ。これが三度目だと思う。

  円いそして赤い重箱に入ったお弁当をいただく。「いそべ」から歩いて東山安井へ。清水と八坂神社を結ぶ「裏道」だが、今はすっかり観光ルートになっていて、まるでローマ市内か、夏のミコノス島、ロードスタウンを思わせる。なるほど外国人に「占領」された街並。東山安井から京都駅へ。指定の列車を変更して、これも満員の「ひかり」で東京駅に戻る。

 

 

43   日記より  4・21

4月21日(月)

午後、ようやく「解放」された線路沿いの草地に来た。黄と白の花が咲いている。ウグイスがかなり上手に鳴いている。時々ガビチョウが混じる。カラスやヒヨドリがたまに鳴くと、両者はだまりこむ。幸い蚊がいない。ツマキチョウが周回しているが他の蝶は少ない。

 緑地までは暑かったが、神社の階段わきには、キンランが咲いていて、道路から望遠で写真を撮った。

 昨夜、夫婦の会話で天国の話が出た。天国はイメージが湧かないが、天国のような情景は、たとえばこんなところだろうか。すると天国には蚊がいないことになる。

花が咲いて鳥がさえずり、蚊がいない。すると天国は、東京の近郊では四月の情景だろうか。

 

 

 44 「定言命法 カント倫理学研究」ペイトン、行路社  4・24

 

   〇『道徳形而上学の基礎づけ』でこの問題(道徳性の最高原理を把握すること)を、しかもそのまま主題的に論じている故に、この書は道徳の諸問題を真剣に考える人びとにとって不可欠の書p1

   〇この試み(カントの道徳思想の発展)はP・Aシルグの『前批判期のカント倫理学』において大変見事になされている。p3

    〇→本書の姉妹編として広く読まれるよう期待する。P3

   〇定言命法がカントの思想においても、また通常のカント解釈においても、非常に重要な位置を占めている→しかしカントにとっては道徳性の最高原理は定言命法よりもさらに高次なものである。P4

   〇道徳性の最高原理は、我々人間の弱さの故にのみ我々に定言命法として現れる。P4    (←序文1958年)

   〇◎すべて認識は経験とともに始まる(カント)p27

   〇◎「我々は真実を語るべきである(ought)」という言明と「我々は真実を語らなければならない(must)」という言明とは、全く異なるp28

   〇我々が認識をもちうるのは、経験的なものと、アプリオリなものとを結合することによってのみである。p41(←1章)

   〇愚かさを判断力の欠如と言い表している(20)(←2章)p57

   〇主観的原理を示すカントの述語は「格率」である⑼p87

   〇感覚的傾向に基づく格率 経験的あるいはアポステリオリな格率

    感覚的判断に基づかない格率 アプリオリな格率(カント)p89(←4章)

   〇◎カントの用語では、普遍性は法則の形式である。P100       p101

   〇法則そのものの第二の特質はそれが命令だということである(示唆)(←6章)

   〇カント説の大きな長所の一つは、彼がアプリオリなものと経験的なものとを、義務と傾向とを、明確に区別した、ということである。p110(←7章)

   〇理性が行為においてある役割を演ずるという見方は、カントが創設したものではない。p114

   〇◎往々カントは実践理性を意志と同一視する。P117

   〇あらゆる行為は、格率すなわち主観的原理をもつ。p11⑼

   〇カントは幸福を、あらゆる人間が追求する最終目的とみなす。p125(←8章)

   〇自由の概念は、純粋理性が不可避的に形成する概念である。p146(←9章)

   〇分析命題と総合命題を区別したのはカントが最初である。P177

  9節→定言命法はアプリオリな総合命題である。P185(←12章)

   〇〈法式1〉あるいは〈普遍的法則の形式〉 

   〇汝の格率が普遍的法則となることを、汝が同時にそれによって意志しうるような

   格率に従ってのみ行為せよ。⑵p190(←13章)

   〇認識の領域では我々は(カントによれば)構想力(想像力)と悟性の自発的活動がなければ、対象についても我々自身についても何事をも認識しないであろう。P210(←14章)

  1節〈法式1a〉 「汝の行為の格率が汝の意志においてあたかも普遍的な自然法則となりうるかのように行為せよ。」⑴p214

   〇◎自然とは、法則によって支配された現象の全体である。P219

   〇カント自身がよく語った一つの物語 →ある涼しい夏、親つばめ自身が、一部の雛に十分餌がゆきわたるよう他の雛を巣から捨てているのを目撃した。→自分の眼が信じられなかった。「私の心は静止した。ひざまづいて崇拝する以外何もできなかった。p220(→15章)

   〇「汝の意志が自らの格率によって、己れを同時に普遍的法則を立ててものをみなしうるように行為せよ。」という法式が、最も重要である。(『実践』)p292

   〇我々がここで直面している問題は、カントにとって常に哲学の根本問題である一般的問題、すなわち「いかにしてアプリオリな総合命題は可能であるか」という問題の特殊な形態である。p293(→19章)

 

 

 

45  ◎日記より  4・25

 

  4月25日(金)

 昨日の夕刊で保守を自認する中島武志氏が、オレン・キャスという保守系シンクタンク「アメリカンコンパス」の設立者を紹介している。キャスの朝日新聞デジタル4/1付けのインタビューから長文の引用がある。なぜ関税強化なのかトランプ政権ブレーンが語る「改革保守の真実」と題したインタビューから。

 「2001年の中国WTO加盟以降、アメリカの産業が中国の輸出増?などによって限界に達している。(とくに中年の低学歴の白人)」

 「80年代以降のアメリカの保守派は「市場経済と自由貿易」に活路を見い出してきたが、この方向性はもう通用しない。生産よりも消費に偏ったアメリカの現状を変え(略)国内産業の再興と発展を進めるために関税は重要な政策手段となる。」

 キャス曰く◎「いくら株価が高く、ウォール街やシリコンバレーが繁栄しても家族やコミュニティが弱くなってしまっては意味がありません。」

  ここまでのキャスの主張に中島氏は同調しているが、強力なゆさぶり=「ショック療法」を有効とする部分については批判的だが。

 新自由主義、リバタリアン、宗教右派でないアメリカ保守派がトランプの背後にあり、

  極端な関税政策の背後にあるという「変化」については注意が必要だ。コミュニテ 

  ィ、コモンズというキーワードにも注目したい。

 

 

 46 「存在と時間(上)」ハイデガー、岩波文庫  4・30

 

  〇「存在する」という語で私たちはそもそも何を意味しているのか。この問いに関し

て答えを全くもっていない。P67

  〇「存在」は、「最も普遍的な」概念である。P75

   〇「存在」の概念はそれどころか、最もあいまいな概念なのである。P76

  〇すべて問うことは探し求めることである。

  〇33  現存在は、他の存在者の間で現前するにすぎない。一種の存在者ではな

い。P112

  〇35 現存在がそれに対してあれこれとかかわることができ、つねに何らかのしかたでかかわっている存在自身を、実存と名づけよう。P115

   ★3訳注:パルメニデス「存在するものが、存在すると語り、またそう思考しなければならない。」(断片六) (←1章)p124

  〇存在は、その都度時間に注目することによってだがつかまれうる。P141

  〇伝統は現存在の歴史性を根こそぎにする。P150

  〇82 「現象学」という名称が表現するのは一種の格率である。P174

  〇「現象学」という表現は第一次的には一個の方法概念を意味する。→研究がどのようにあるかp173 

  〇logosよりも根源的に真であるのは〔感覚〕アイステーシスである。P196

  〇存在とは端的に〔超越概念〕transcendensなのである。P214

  〇現存在の存在の実存論的な意味は、気づかいなのである。 8節結語P222

  〇127 現存在の「本質」は、その実存のうちにある。P225

  〇注解138-9:(デカルトは)私が「存在スムする」についてはまったく究明していない。P242

  〇ディルタイとベルグソンによって規定された「人格主義」という方法や、哲学的人間学をめざす傾向p244 (→1部一篇1章)

  〇191日常的な現存在にとってもっとも身近な世界は周囲世界である。p322(→同2章)

  〇ギリシア人は、「事物」をあらわす適切な述語を一つ持っていた=〔実用品〕プラグマタp330

  〇道具の存在のしかたを、私たちは手元にあるありかたと名づけようp335

  〇267 硬さは抵抗としてとらえられる。P455

  〇〈どこへ〉を私たちは方位と名づけることにする。P476

   〇そのときどきの方位は、先立って手元にあるありかたを有している。P485

    (→1部一篇3章)

   ◇全く分からないままにメモをとっている。読む前からたとえば〈世界―内―存在〉とか〈現存在〉という述語は近くにあるが、読まないと出て来ない「カジュアルな」用語がいくつかある。「気づかい」「周囲世界」「手もとにあるありかた」「方位」などである。その多くはハイデガーが「実存」と同じように名づけた用語であるがどうしてそうする必要があったのか、また日本語訳で読む限りでは、どうして「カジュアルな」言葉で名づける必要があったのか、また「実存」以外は我々の「近く」に現われないのかは、知りたいと思う。

 

 

 

 

  47 「丸山眞男との対話」石田雄、みすず 5・1

 

  〇◎「正統と異端」研究会 丸山、藤田、私の三人で発足→藤田は私とちがって意見

  の差異を時には極端に誇張して議論を挑発→ところがF67年イギリスに行く前に、

担当部分である近代日本の異端という枠にとらわれない形で彼なりの異端に関する大

報告をして日本を去ってから、帰国後も二度と研究会に現れることはありませんでし

た。→(石田の推測)あるいは共同研究という枠自体から自由でありたいと思ったの

かもしれません。→ともあれ67年に藤田が去ってからは、丸山、石田の二人での研

究会が二十五年間続く。P4

  〇59年の「開国」論文当時から意識化された「文化接触」を焦点とした比較の視点を

強めて、歴史をさかのぼり、日本の思想の「個体性」を究明する「原型」「古層」か

ら「執拗低音」への方向を示す→この「古層論」への方向が丸山にとって「勇み足」  

の結果を生んだ(のではなかったか。)p13

〇「正統と異端」研究会でも、キリスト教的正統(オーソドキシー)という枠組みを

相対化→どの文化にも通ずる妥当性をもつ権力の正統性(レジティマシー)へ重点を

移す方向。P15

〇「丸山ゼミ有志の会」の終り(結びの言葉)95/12/3 →「他者感覚のなさ=他者と

の対話が非常に欠乏している。」p18

〇「正統と異端」講座二巻 執筆分担 1959

一. 天皇制的正統の確立 丸山/藤田

72年改(広告)

一. 日本における正統性の成立 丸山

一. ◎異端の諸類型とその展開 藤田

一. 交錯と矛盾―正統性の解体過程 石田p44  

   〇◎研究会67年4月まで 丸山、藤田、石田∔編集部Ⅰ-3名(67年4月は藤田渡

   英前ということもあり月2回)→それ以降 丸山、石田+編集部 月1回p58

   〇「世界像の原型」prototypeという名の下に取り扱う 63年→原型が宿命論的にきこえる→「古層」最後に「執拗低音」=比喩的表現p108

   〇「日本の過去の思考様式の「構造」をトータルに解明すれば、それがまさにbasso ostinato を突破するきっかけになる。」⑪223 p108

   〇「文化接触と文化変容という観点の思想史への導入は、普遍史的な発展段階論の否定を伴わずにはいられない。」78年⓾343 P108

   〇丸山の思想史におけるタテの歴史からヨコの比較への力点の移動p110

   〇「古層論」が丸山的方法から見ても「勇み足」であるとする私の見解

     『丸山眞男と市民社会』世織書房、1997→本書第三部p110

   〇丸山自身は「市民社会」という言葉をほとんど使っていないp150

   〇『三酔人経綸問答』の対話の意味「この三人の対話を通じて複数の観点、色々な角度からのスポットライト、が投入されている」⓾297→このような対話を可能にする個人のレベルでの条件=「リベラルな他者感覚」が必要p164

    〇他者感覚→竹内はそれを持っていた数少ない一人だ。「世界というのは日本の「そと」にあるものじゃないんだというのが本当の世界主義←→えせ「普遍主義」=日本の「そと」にあるp165

  〇第一 戦前と戦中 第二 戦後すぐ 第三の系列の研究

    60年代半ば頃から、ハーバード、オックスフォードから帰国した直後の’67年の講義から‘80年代半ばごろまで

          「原型―古層―執拗低音」p170

  〇丸山を囲んで丸山に教えを受けた思想史研究者の間でもたれた「VG研究会」⇒比較思想史研究会p184

 

 

 48 , 『軽井沢探蝶物語』栗岩竜雄、さくら舎  5・6

 

  〇90年代に激減。あっという間だった。本種を含む草原性の蝶が軒並みレッドリストに登録されていった。〔ウラギンスジヒョウモン〕p60

  〇子どもの頃、採集→一度も接触できず未撮影のままになっている蝶が二種類ある。クロヒカゲモドキとツマジロウラジャノメだ。P72

  〇当町ではおおむね北東エリアから先に蝶は減じ、南西エリアで生きのびて居る。困ったら西か南を探せ!(略)令和以降、見かけないコキマダラせせり、本当の天国へ召されてしまったのだろうか?

   〇写真→2,022・6・22 ウラナミアカシジミ 49年ぶり

 

 

 

 49 「国境廃絶論 入管化する社会と希望の方法」ブラッドリー、岩波文庫  5・10

 

  常識コモンセンスという名の国境p1

   〇管理と治安(セキュリティ)に対する欲望こそ、広い意味あいでの入管の政治学を特徴づけているp1-2

   〇本書はこのようなグローバルな秩序を成り立たせている論理の全体の挑戦し、はなはだ不平等な国民国家から成る世界を受け入れることを拒絶する。P4(←序章)

   〇「国家はいつでも「動き回る人々」の敵であったようだが、それはなぜだろうか」(スコット)p26

   〇⑺バリバール、ウォーラーステイン・「人種・国民・階級」唯学書房、2014、p23

   〇資本主義には(人を)動員するモビリゼイションとともに領土化に囲い込むテリトリアゼーションプロセスが(略)常に含まれていた。P25

   〇この移動を不可能にすることこそイモビリゼーション、人種という区分および階層秩序を生産し再生産するp25

   〇国境は人種をつくりだす

    モディがインド首相としてのキャリアを築くことができたのは、グジャラート州での反イスラムのボグロム(虐殺)に共謀し、(略)イスラム教徒から市民権を奪って抑留することを公約したという背景があってのことp30

   〇都市が田舎より反移民政治に対してより一層の抵抗を示してきたことp32

   〇シティズンシップという法的地位は、対テロ戦争の文脈においてますます「特権」へと作り変えられてきた。P34

   〇移民の権利のために戦うヨーロッパの活動家は正しくも、EUの暴力的な国境体制に挑戦し、そして移動する人々の安全な通行路をあらゆる必要な手段に訴えてでも確保しようと努めているp37

   〇国境が傷つけるのは土地と私たちの政治的想像力の両方である。p38(→1章 人種)

   〇(2018年に)トランプは書類なしの入国に対し「容赦なし」ゼロトレランス政策を導入し、国境を越えてきた親たちを「不法入国」のかどで起訴したp42

   〇家族の隠喩をうやうやしく使わずには国民国家について考えたり説明することさえ私たちにはできないらしい。

    たとえば母国マザーランド、父祖の地ファザーランド、諸国民からなる家族ファミリーオブネーションズ(=国際社会)、祖国=故郷ホームランドp47(→2章ジェンダー)

   〇資本主義→万物が商品化→地球に暮らす大多数の人々は基本的生存にとって必要なモノを得るためにはお金を支払わねばならないp63

   〇(→5章 テロ対策)国籍が剥奪されやすくなることで、権利を持つ権利〔アーレント〚起原』の有名な概念〕を失う人の数もまた増えていく。P107

   〇(→6章 データベース)国境は市場と人口を組織し、人種的な区別とヒエラルキーをつくりだし、異性愛規範を法律にする。P121

   〇(→7章 アルゴリズム)反レイシズムおよび移民の権利擁護の活動家は、現代国家の統治術が帯びるデジタルな性質に対応する必要がある。p163

   〇現代の国境化の実践は、望ましくないヒトやモノの移動を制限しようとする一方で、同時に他のヒトやモノは迅速に流れていくようにする。P165

  非改良主義的改良

   「抑圧的システムの力が危機をもたらすこと。それをこのシステム自体は解決できないことを白日のもとにさらしつつ、この力を削っていくためのあれこれの手法」

   ‘67年 ゴルツp179

―  [幕間劇ー未来 Ⅱ]希望とは、不可避だとされることの拒否である。P195

   〇◎現在の世界において不動かつ永遠であるかのように見えるもの―資本主義、監獄、戦争、核家族、国民国家のようーは不正かつ期待外れのものであり、なくせるはずだと言い切れるくらい大胆になるということp203

  〔日本の読者のための解題〕

   〇本書は直訳すれば「国境に抗するー国境の廃絶を擁護するために」p228

   〇A・デイヴィス「監獄ビジネス」岩波2008、p232

   〇「誰に、どのくらいの率で子どもができるのか、そしていかなる種類の権利が付与されるのか」にレイシストの重大関心事となり、「移民女性の生と出産に関わる生活は入国管理の主要な標的とされる」(p45)⇒国境とレイシズム/セクシズムの関連p237

   〇日本で廃絶の反レイシズムを創出するには、東アジアは場所を移す権利(p37)が地球上で最も厳しく国境によって制限されている地域の一つであるという厳しい歴史的現実を直視する必要があるp241

   〇国境のレイシズムが、気候変動という環境の変化に「適応」アダプトできない者を「死んで良い人間」として人種化する危険が迫っている。P243

   〇(フリードマンの新自由主義を)ひっくり返す。「歴史とは自主自在な拍子でくり広げられるのであり、そして危機の時代には物事が速度を上げるものだ。そのようなときには、(略)困難な時代においても想像することと戦うことをやめなかった人々によって発展させられてきたのが問題となる。したがって肝心なのは(略)いま何ができるか、である」(p194) 結び

 

 

 

 

 50 「目的への抵抗 シリーズ哲学講話」國分功一郎、新潮選書  5・20

 

  はじめに―目的に抗する(自由)      p3

   ◎〇自由は目的に抵抗する。(略)目的に抗するところにこそ人間の自由がある。

   〇私たちは目的なる語なしでは、何かを考えることができなくなっている。P4

  第一部 哲学の役割―コロナ危機と民主主義

   〇自己紹介 →早大政経学部政治学科の学生p17

   〇アガンベンの問題提起「エピデミックの発明」→「私たちはどこにいるのか?―政治としてのエピデミック」青土社、2021収録 p27

   〇アガンベンはコロナ危機において「例外状態the state of exception」が人々によっ  

   て進んで受け入れられつつあることに危機感p30

   〇アガンベン→この伝染病の発明は権利制限を拡張する理想的な口実を提供しているp32

   〇死者―我々の死者―が葬儀の権利をもたない(略)我々の隣人なるものが抹消されつつある このことについて教会が黙ったままであるのは奇妙なことだ。p37

   〇「私たちの社会はもはや剥き出しの生bore lifeの生以外何も信じていない」p38

   〇移動の自由は数ある自由のうちの一つではないp48

   〇常に暴力を使うだけでは相手を支配することはできない。(略)一度ぶん殴って相手を恐怖させたとしても、相手にその場を立ち去るる能力と可能性が残されていたならば支配が成立しない?p51

   〇支配 ~参考にしているのがルソーの自然状態論=『起源論』◎

    「何も所有しない人々の間にいかなる従属関係の鉄鎖がありうるだろうか」

      自然状態では支配の関係が成立しないp52

   〇フーコー・「監獄の誕生ー監視と処罰」新潮、1977

   〇監獄に閉じ込めるという手段は、刑罰ではないと考えられていた。P58

   〇メルケル「旅行および移動の自由⇒勝ち取った権利→このような制限は絶対的に必要な場合のみ正当化される→軽々しく決められるべきではない→一時的にしか許されません」p61

   〇アガンベン→自分たちの権利を進んで放棄しているようにみえる我々に虻のようにまとわりついて、嫌がられながらチクリと制したp63

   〇(人間たち)その死骸が—アンティゴーネから今日にいたるまで、歴史上かって一度も起こったことがないことだが―葬儀もされずに燃やされる」(同)p64

   〇死者に対する敬意にこそ、人間が人間であることの、或る譲れない線がある」p65(同)

   〇「生の経験が単一性?」の分析(純粋に生物学的な実体/構成的・文化的など)」

   (同)p72

   〇なぜ立法権と行政権の分立を言う必要があるのか →行政権が非常に強力であるからp72

   〇日本でも国民が例外状態に慣れきってしまっている

     最も分かりやすい例 「閣議決定」の当然視p75

   〇「行政の夢」→「自分たちでルールを決められたらどんなに楽であろうか」p76

   〇F・ノイマン『ビヒモス』「ヴァイマール期のドイツの議会は立法権を独占することに余りにも熱心でなさすぎた」p77

   ○権力の分立という考え方は、決して権力の独占を防ぐためだけのものではない。その背景には、権力は権力によってのみ阻止され、しかも同時に侵害されずにすむ→アーレント『革命について』ちくま学芸文庫95 p79

   〇司法権力→三権の中で最も弱い権力p80

   〇現在は行政権力が非常に強くなっている時代です。コロナ危機でそれはより顕著になりました。p81

  〔質疑応答〕

   ○むしろ日本で怖かったのは「自粛警察」と隠語で呼ばれる相互監視体制→告げ口と無言の圧力  日本の場合は政府はもっともらしいことを言うだけで十分に補助もしないp84-5

   ○例外状態、つまり行政権が立法権を凌駕する状態が受け入れられつつある ~グローバル社会におけるスピードという問題p87

   ○議会であれこれ議論するよりも、行政権力が物事を決めていったほうがスピーディーで効率的→事実上、独裁を認めることに等しいp88

   ○◎大切なことを考えるにあたっては、たいてい、同時に二つのことを考えなければならないp95

   ○「大衆社会における大衆は、何も信じていないから何でも信じてしまう(略)」(『起源』3,アーレントー全体主義)→◎僕はこの分析を読んだ時に、まさしく現代の日本社会だと思いました。P102

   ○ガンジー「あなたのすることはほとんどは無意味であるがそれでもしなくてはならない。(略)世界によって自分が変えられないようにするためである」p114

   ○ドゥ―ルーズ フーコー批判(72年の対談):知識人がだれかの代わりに代表として語るという考え方を批判 「知識人と権力」『無人島1969-74』 河出書房新社2003

   ←→○スピヴァク ドゥ―ルーズ批判:「サバルタンと呼ばれる従属的・疎外的な地位にいる人は自分で語ろうにも語れない(略)」(『サバルタンは語ることができるか』みすずライブラリー、1998)p116-7

   〇◎だれかの代わりに語ること、特に死者の代わりに語ることには、非常に複雑な問題がある。P117 

  二部 不要不急と民主主義ー目的、手段、遊び

   扉 「目的とはまさに手段を正当化するもののことであり、それが目的の定義にほ 

    かならない」アーレント『条件』

    〇産業化の過程で村と祭りを破壊したイギリスは、培ってきた食の能力を維持できず、味付けや調理の基準も衰退して、料理人の責任放棄が蔓延することとなった。他国の産業革命は、イギリスほど徹底的に村と祭りを破壊しなかった。

     ・『文芸春秋SPECIAL 2017年季刊秋号 小野塚知二 p141

     ・『武器としての「資本論」』白井聡、東洋経済新報社、2020

    〇不要不急と名指されたものを排除するのを厭わない社会の傾向―この傾向はこの四字熟語を使っていない多くの諸外国でも同様と思われます。P145

    〇◎アーレントこそは目的の概念を徹底的に思考した哲学者の一人p148

    〇手段の正当化こそ目的を定義するものに他ならない アーレント:扉p150

    〇◎目的の本質とは手段の正当化にある。アーレントはこの本質から目を背けない。P151

    〇◎ベンヤミンを正しく理解するには、彼のどの章句の背後でもはげしく動揺しているものが何か静的なものに転換されていることを、まさに運動そのものについての静的な観念が存在することを感じ取らなければならない。→『暗い時代』アドルノの言葉を引用p158

    ○アガンベン・『カルマンー行為と罪過と身ぶりについて』みすず、2022 p162

    ○◎「極端なこと」を考えるにあたっては、ベンヤミンのような思考のスタイルが要請されるのではないか。P164

    ○目的の概念は僕らの日常的な思考を大きく規定しており、明日からそれなしでものを考えたり生活をしたりするなどということはありえないp165

    ○◎官僚支配(ビューロクラシー)の特色は、永続的に普遍妥当性を持つものとして想定されている法の規範性よりも、与えられた目的を達成するための目的合理性が優先されるところにありますp172 

    〇例外状態あるいは官僚支配←→法の規範性

      アーレント 自由という概念、を対置p174

    〇自由について考えるには、行為の自由について考えること、政治という複数性の営みのなかでどう自由に生きるかという問いに取り組むこと。P176

    ○目的によって開始されつつも目的を超え出る行為、手段と目的の連関を逃れる活動=「遊び」p179

    〇遊び~「パフォーマンス芸術」←→造形芸術(彫刻や絵画)p181

    〇パフォーマンス芸術は、実際政治との強い親和性を持っている(「自由とは何か」『過去と未来』)p181

    〇人間の自由は広い意味での贅沢と不可分p195

   Q&A

    「抑止として他者の身体がある」~対面授業  ・千葉雅也(友人)

 

 

 

 51 「負債論」グレーバー、以文社  5・21

 

  1 〇暴力と数量化という、これらの二つの要素が密接に結びついている。P24 

  Ⅱ ◎〇負債と義務の違いは、負債が厳密に数量化できることである。

    従って負債の歴史とは必然的に貨幣の歴史なのである。P34

    〇物々交換がことさら古い現象ではないこと、真に普及したのは近代においてはじめてであることp57

    〇私たちが今仮想通貨ヴァ―テュアル・マネーと呼んでいるものこそ、最初にあらわれたp63

  Ⅲ ○物々交換の神話は経済学の言説の中心をなしている。P66      p110

Ⅳ ○貨幣を商品としてみる者たちと借用証書としてみる者たちの間には論争がある

Ⅶ ○危機crisisu という語の文字通りの意味は十字路であるp267

  ○私たちの固定観念とは全く矛盾するのだが、ペルシアやシリアの女性たちとは違って民主政アテナイの女性たちは、公共の場に出るにあたって、ヴェールを着用するものとされていた。P283

  〇オデッサの戦いで敗れたローマ皇帝ヴァレリアヌス(253―260)は捕虜となって、残りの人生をササン朝皇帝シャーブール1世が馬に乗る際の足台としてすごした。P285                            p298   

  〇イェ―リング(ドイツの法学者)が、ローマ帝国は,(一度はその軍隊のよって、二度目はその宗教によって、三度目はその法律によって)三度世界を征服した。

Ⅸ 〇合理的rational という言葉→比率ratio から派生p355

Ⅺ 一一章 大資本主義帝国の時代(1450年から1971年)     p496

  〇ニーチェは生とは交換であるというスミスの前提を継承しながらも、スミスがふれたがらなかったすべて(拷問、殺人、手足の切断)をむきだしにした。

  〇もし過去数百年の世界史が呈示していることがあるとしたらユートピア的な構想には何らかの訴求力があるということp522

  〇◎フランス革命は政治にいくつかの徹底的に新しい思想を導入した、とウォーラーステインは好んで指摘する。P528

Ⅻ 〇◎金銭は神聖なものではないこと、自分の負債を返済することがモラリティーの本質ではないこと(下略)p577  本論・結語

あとがき 2014                    p582

 〇私がもっとも触発されたのは、20世紀初期のフランスの人類学者M・モース

訳者あとがきにかえて 酒井隆史ほか

 ○◎本書がー最大のインスピレーション源としている―人類学者キース・ハートは

 1970年代「インフォーマル経済」を造出→最大のお気に入りの思想家ルソー→お気

 に入りの著作『起源論』p594—6

○ピケティとの対談 マルクスには冷淡なピケティもグレーバーには共感→唯一の

不満=「負債と資本を同一視している」p596

○◎現代のはじまり‘71年8月15日:ニクソンが公式に金ドル交換を停止し、

質的に変動相場制に移行した日p618

〇◎ネオリベの展開の当初は、70年代の危機からの資本主義の脱出であり再編成

→70年代に始まった危機が深刻化=一つの「文明」のトータルな前提p628

 

 

 

 52「監獄ビジネス グローバリズムと産獄複合体」A・デイヴィス、岩波 5・25

 

  〇レーガン時代と呼ばれる1980年代に、監獄建設と大量収監がかってない勢いで始まった。 「産獄複合体」⑶ Prison Industrial Complex p4

   訳者解説  上杉 忍

  〇本書 A.Davies  Aro Pricons Obcolete?

    直訳すれば「監獄は時代遅れげはないか?」p139

  ○マルクーゼのもと、博士論文執筆

   ブラックパンサー党の指導的一員→70年6月共産党員であることを理由にカリフォルニア大教員を解雇(by レーガン知事)p140

  ○80年及び84年、アメリカ共産党の副大統領候補

   91年アメリカ共産党がソ連共産党のクーデターを支持すると共産党脱退p141

 

 

 53  日記より  5・27~6・2

  

  5月27日(火)

   曇り。午前、白十字へ。帰る途中、ホトトギスの初音を聞く。「枕詞」よりも「初夏」の季語にふさわしい。カッコウの声を聴きたいものだ。

   29日(木)

    晴れのち曇り。朝、「花冠(ステファノス) 2024 俊太郎さんへの頌歌」

   を完成し、ブログに投稿。我ながらよく出来ていると思う。すべて詩全篇の引用

   でないのはお詫びするとして。

6月1日(日)

   夕刻、入浴。蛙の声を聞こうと窓を開けたらホトトギスの声が聞こえた。八国山一帯には多いようだ。

   2日(月)

    晴れ間もあるが花曇り。朝、庭にシジュウカラが来た。2羽なので、番いかと

思ったが、春先でないので、跳べるようになった幼鳥と母鳥かもしれない。一羽

は庭の茂みを、活発に飛びまわり、一羽は桜の枝にじっと止まっている。どちら

が幼鳥なのだろうか。

 

 

 

 54   日記より 6・3~6・20 大湯温泉ホテル湯元に旅行、とその後

 

  6月3日(火)

   雨の中を移動している。新幹線は高崎までは満員だが、そこからは空席が目立つ。

  トンネルを抜けて乗りかえた越後湯沢からは、車窓近くに緑が広がり、水を張った

  田が目立つ。六日町からは田植えが終わったようだ。

   雨は終始降っていて下車した小出のような大きな駅にさえ、売店はない。駅前の

  ベンチで送迎のバスを待っていると、やはりホトトギスが鳴いている。

   石健の「カウンターエリート」を三分の一ほど読む。この十年間の変化は、とん

  でもなく大きい、という。◎

   小出の駅は前述の通りだが、町はアーケードが長く続いていて、大きな町だ。

  4日(水)

    うす曇り。ホテル湯元のふれあい橋を渡って、かっての大湯温泉街へ。「街」に

   なっているが、ランチが食べられるのは、松坂屋の一軒のみ。かつ丼の注文。

    そのあと、ふれあい橋よりちょっと下って大湯橋まで。この一帯は園地になっていて、ようやく茶や白や黄の蝶が飛び立つ。

    TVも新聞も、ネットのニュースも長嶋のニュースばかり。リハビリに精進というが、6ヶ月以上は出来ないリハビリをどうやって続けられたのだろう。歩行と足の筋力強化に重点というが。

  6日(金) 

    高曇り。薄曇り、と書くべきだろうが。食事もかねて松坂屋へ。ラーメンと

   サイダー。標準的なラーメンだった。坂を上って見返り橋の入り口まで来たが、

   橋までの下りがけっこうな坂で、渡らず引き返した。ウスバシロが飛び、サカハ

   チの夏型が花に訪れ、マイマイカブリが路上を通過する。

  7日(土)

   晴れ。TVは梅雨入りの話題が多い。ホテル発10時。大宮12時は早かった。照

りつける日差しが暑い。

 10日(火)

   雨。関東も梅雨入り。

 グレタさんほかを乗せたNGOの船がガザの手前で、イスラエル軍に捕まり、

フランスへ送り返された。

 イスラエルの民主派や環境派は、ロシア国内の人々ほどにも、声を上げない

のだろうか。

 14日(土)

   おおむね雨。庭に赤紫色のハーブの花が咲く。ペルガモットだったか。桜の樹

  の根元に前はあったのだが陽光を求めて庭の入口の方へ移動しつつある。

    ウッドデッキの栗の花穂もあるようだ。アカシジミは来るか。プランターの

  ウマノスズクサは絶滅危惧種と聞く。典型的な畑の脇の雑草かと思ったら。

 20日(金)

  晴れ。高曇り、といった方がいいかもしれない。

  中庭にハグロトンボが訪れた。栗の枝葉とプランターの下草の葉に。つまり時々、

 木蔭へと移動している。