101「天皇制国家の支配原理」第Ⅱ版 1975年 再読 11・9

 

 ●1版へのあとがき ‘66・7・6

  〇◎叙述の中に埋めている理論的枠組み(例えばマルクスとウェーバーとマイネッケとカッシラー 下略 p198

  〇個人では、なかんづく、丸山眞男先生

    最初の契機=戦後の」民主化運動の雑誌(「潮流」)→「軍国支配者の精神型態」に触れた + 同様にして戦後の「歴研」の運動→数々の師友p199

  〇この本のあと、「思想の科学」の運動→鶴俊のすばらしい着想力p200

 〇いろいろな形で反ファッショの抵抗精神を結晶させていた「思想世代」が私の直接の先生

 

 

 

102 「ベンヤミン著作集1 暴力批判論」再読 晶文社  11・26

  

 「経験と貧困」1933年12月 のみ読了

   〇まともなものがたりができるひとが、いまどこかにいるだろうか。P99

  〇経験は明らかにその株価を下げてしまったのである。それも一九一四年から一九一八年のあいだに、世界史上もっとも巨大な経験のひとつを味わった世代において、その下落がいちじるしかった。P99

  〇ひとびとは、経験がすべて虚偽と化したことを知っていた。戦略的な経験は陣地戦によって、経済上の経験はインフレーションによって、体力上の経験は飢餓によって、道徳上の経験は権力者の実態によって。あのころほどみごとに化けの皮をはがされたことがない。まだ鉄道馬車で学校へ通ったことのあるひとつの世代が、いま青空に浮ぶ雲のほかは何もかも変貌してしまった風景のなかに立っていた。

〇技術の巨大な発展とともに、全く新しい貧困が襲いかかってきたのである。P100

  〇◎われわれとしては、現在、われわれ自身の経験の貧困を真摯に認めるほかはないのである。そうだ。率直に認めよう。この経験の貧困は、単に私的なものだけにとどまらない。人類の経験そのものが貧困におちいっているのだ。そしてこれはこのまま、一種の新しい野蛮状態を意味する。P100

〇経験の貧困に直面した野蛮人には、最初からやりなおしをするほかはない。P101

  〇◎クレーの絵はその人物の表情において、何よりも内面の声にしたがっている。これは、内面的ではなく、内面そのものといったほうがいい。このためかクレーの描く人物は野蛮(非文明的)である。P101

  〇◎うんざりした気分のあとには、眠りがやってくる。(略)ミッキーマウスの生活は、今日のひとびとの夢なのである。P105

 

 

 

 

103 「フロイト全集 13」岩波  11・29

  「ミケランジェロのモーセ像」、同補遺 のみ読了

 

  〇◎芸術作品は私に強い感銘を与える。とりわけ詩と彫刻作品に私は強い感銘を受ける。絵画の場合は感銘を受けることが少ない。P5

  〇◎それら芸術作品が何によって私に強い感銘を与えるのか、理解しようとしてきた。このような気持ちが生まれないとき、たとえば音楽を聴いているとき、たいていの場合、私はつまらなく思った。P5

  〇◎私のうちにある合理主義的あるいはおそらくは分析的な資質が、私が動かされている事実、そして何ゆえに私が動かされているのか、いったい何が私を捉えたのかを知的に理解しないままに済ますことを許さないのである。P5

  〇最も偉大で、かつ最も圧倒的な力が漲っている芸術的創造ほど、かえって我々の理解が届かない暗闇に潜んでいる。P5

  〇サン・ピエトロ・イン・ヴィニコリ教会にたたずむモーセの大理石彫像 →他のいかなる造形作品からも、この彫像から受けるほどに強烈な感銘を受けたことがない。P7-8

 

 

 

   104 「痩せ我慢の精神」萩原延壽/藤田省三 朝日文庫  11・28

 

  〇Fジュリアン・ソレルの愛読書「セント・ヘレナ日記」p13

  〇H西南戦争をおこした西郷を擁護した福沢諭吉の「丁丑公論」ひのえうまp14

 〇内村の福沢批判(全集四巻)1897 H内村がこの批判を書いた明治三〇(1897)年には、まだ福沢は「丁丑公論」と「痩せ我慢の精神」を筐底に秘したまま公表をさし

ひかえていたp19

〇H:福沢と明治政府との関連 少なくとも「明治十四年の政変」までは(略)協力的であり好意的なものp27

〇F:このセミナーの一番最初から、福沢にならって「天の邪鬼」精神から「このごろ福沢の評判が悪いので、テーマとして福沢を採りあげます」と申し上げましたp37

〇F:「丁丑」緒言  ◎近来、日本の景況を察するに、文明の虚説ぜつに欺かれて「抵抗の精神は次第に衰頽するが如し」→文明論者・福沢p38

痩せ我慢の説を読む

 〇F:「丁丑」の報告について一言。 そこで言われている根本は何か「一言にして言えば、「政治における文明とは何か」ということp59

 〇「抵抗の精神」を福沢が言う場合、そこには2つある  ①自然的「な抵抗の精神」②権利の自覚をもって主張されるところの「抵抗の精神」⇒文明に属するp60

 〇「内乱」と「騒動」と「運動」はちがう ②が運動に属する 「騒動」は内乱にしかならないp60

 〇H:「民心の改革」という大事業を志した福沢が文章あるいは文体の改革という点についてもいかに自覚的な努力をかさねたか⇒「福翁自伝」p63

 〇H:◎「立国は私なり、公にあらざるなり」。ということば:「痩せ我慢」冒頭は、人間という最も基本的な価値に立って考えれば、国家などは第二義的な意味しか持たないp80

 〇「立国は私なり、公にあらざるなり」。という断固たる宣言を福沢が書いたのは明治24(1891)年福沢がすでに58才になっていたとき=晩年p83

 〇H:→大文章をなぜ福沢はながく筐底に秘したのかp87

 〇F:「国民最上の美徳と称するこそ不思議なれ。」→よみすごしてはいけない文章

   ⇒◎この考えかたは、社会に歴史意識が出てきた場合には必ず生まれる

    「愚管抄」頼朝の例「物ノ始終ハ有ㇼ興不思議ナリ」p96

 〇F:社会的倫理自身は、江戸時代には身分精度に裏打ちされたものであったにせよ、一定の体系が存在していた。それが維新の変革以降、社会的倫理=骨格が無くなってしまった。p123

 〇F:「学問のすすめ」 政府が統制に切りかえ、福沢の著作がすべて教科書として使用禁止にされてからは全然売れなくなった。⇒たちまち財政難p124

【解説】 宮村治雄

71年9月からは週1回、全10回「みすずセミナー」⇒「学問のすすめ」「文明論の概略」 藤田と植手が交互に担当→「丁丑」「痩せ我慢」は萩原が担当予定→体調不良→藤田の原稿朗読(7,8回)→9月:丸山ピンチヒッターの話「福沢諭吉の人と思想」p126

 〇「みすずセミナー」→「叡智に至る唯一のアべニューは訓練された知識であり、知識に至る唯一の道は訓練によって組織だった事実を獲得することである」⇒ホワイトヘDッドの言葉を掲げる Fの危機意識p128

 〇「アマノジャク精神」→福沢を「読む」=「我々日本人に潜む思考のフィルターに対する歴史的考察」p128

 〇福沢先生を憶ふ 木村芥舟 「去らんとすれば、先生、猶しばし、と引留められしが、やがて玄関まで送り出られたるぞ、豈知らんや、是れ、一生の永訣ならんとは。pp254ー5

                

 

 

 

 

 

105「戦後精神の経験Ⅱ 1976-1993」藤田省三、影書房1996初版 12・12

 

 △三つの全体主義の時代 聞き手:徐京植 影書房通信94年12月

  〇J:50年代の戦後文化世代においては人間相互の関係が形骸化せず生き生きと

  成立していたと言われましたが→世代の問題? p293

   〇F:特別の断絶が、あの高度成長で行われた⇒堕落の一般化p293

 〇F:バブルなんていうのは18世紀の終わりのフランスで出てくる 例:コンラッド「闇の奥」p294

 〇J:大學紛争の時代→これは先生の言われる断絶の後の出来事なんでしょうか? 

  F:断絶の後→行動様式がちがう→60年代以降徐々に違い始めた。→「世代」といわなくてもいい→時代といってもいい→文化的時代と普通の時代とは違うp295

〇◎F:19世紀の世紀末が世紀末であって、それ以後ずっと世紀末だという説なんです。

〇F:世紀末への反抗および表現として出てきた芸術運動その他は、全部賭け事的要素をもったもの(下略)

〇J:―ギャンブルですか?

〇F:ええ。共産主義運動でさえそう。ブレヒトなんかも、ベンヤミンもそう。→賭けで

す。いちかばちですよ。P296

〇ローマクラブあたりまでが成長に限界あるって言う、でもその時にはもう、市場経

済以外は一切ありえないように世界中をしちゃってる。(略)貨幣、労働、土地という三つの模擬商品を軸擬制商品こそが商品の中心に座るようにひっくり返しちゃった。P297

安楽への全体主義→全体主義の反対物に見える→両方に共通の要素を見る→三つの 

異なった全体主義が20世紀を貫徹している。

①    戦争における全体主義 第一次世界大戦

②    それを受け継いだ第二次世界大戦前夜のナチズムの出現 スターリニズムも付き従った③ 現在進行中の安楽への全体主義、あるいは市場経済への全体主義 p298-9

〇J:日本では天皇制ファシズムから安楽全体主義へと転換してきた、その変わり目の時代が戦後文化世代の時代だったわけですね。

〇F:日本っていう国は不思議なことに新しいものはいいものだっていう固定観念が支配

層だけでなく庶民層にも強い。P299

〇F:喜んでどんどんと安楽全体主義のもとでよそを追い越しちゃってとうとう世界中

の全体主義の中でトップに立っちゃった。P300

〇カントロヴィッチ『祖国のために死ぬこと』p303

〇その断絶の地点、つまり孤独に物を考える地点に身を落としている存在が、そこ

で、ここがおれのいる場所だということを言う人がもっと増える以外に道は開けて来ないP306

〇F:日本が安楽への全体主義の最先端に立ったのはなぜかというと、そこの対立関係

というが断絶関係っていうのを明確にしなかったから。P308

〇F:親鸞なんてのは、亀井勝一郎でね。それは日本の左翼の転向じゃないか。P309

〇J:戦後文化世代としての経験を語り→高度成長期以降の世代との断絶ということを言われましたp309

〇F:断絶の中での生き方っていうのはどうあるべきかっていうことを考えています。

〇F:それぞれの世代にそれぞれの課題と生き方があるp310

 △あとがきにかえて 95年12月

  〇F:両方共の希望をともに「希望」として受け入れることが人間の「成熟」だ=サールズ・『逆転移』みすずp317

  〇◎「平凡」であることの尊さ→「平凡」とはデルスウ・ウザーラが生きたような方向での平凡さで、食物を始め自分の必要物は自分でまかなうんだ、ということを基本にし、その上で友情等々、他人と「相互扶助」の関係を作り出しながら、同時に独立

して生きていくことp318

 △「ドレフュス事件」について 小言幸兵衛のひとくちコメント「同時代通信」94/5/15

    〇◎哲学者のなかで、最も尊敬する一人 E・レヴィナス→プルーストを「社会的なるものについての詩人」と呼んでいる

    「バブル経済」というものは、まさに、19世紀半ばから始まっていた。→それが世紀末の始まり→その時以降「世紀末」は、現在まで延々と続いてきたp291

  〇◎アレントが「ドレフュス事件」をとりあげた意図は、「バブル経済」と「現代

  的秩序」はあそこからはじまっていたのだ、ということを示そうとした一面もあるにちがいなかったp292

 △ひたものを御覧ぜよ ―「荒地」のなかの精神 「東京新聞」76/1/

  〇「新重商主義」とよばれる現代社会の精神的特徴p13

 △ベンヤミン「ボードレール」を読む ―ある読書会記録 記録者:吉田公孝

   「EDITOR]776月―11

  〇F:(ベンヤミンはその点にたびたび言及しているけれども)人間が「後続する時代のイメージを浮かび上がらせる夢の中では、この後続する時代は、太古の歴史の

   要素と、すなわち階級なき社会の諸要素と結合している」のはなぜか。p28

   〇人間の歴史のなかで新しい思想や新しい考え方の体系が出てきた場合には、

   必ず「人間とは何か」についての新しい意義を検証する場として「古代」が取り上げられたのである。→古代への認識上の立ち返りを通して新しい出発の台座が生まれてくるのが、人間の思想史や精神史の基本的構造であった。P29

   〇F:古さを通過した新しさ(略)

   〇ベンヤミンが扱った19世紀中葉のパリ→二つの「新しさ」が鋭い葛藤をとっ

   て現れた時代p29

   〇ベンヤミンから離れて因みに言っておくと、そういう質的な新しさ(ユートピアをも含めて)がなくなったことが現代の「新しさ」なのである。p30

   〇(ベンヤミンの文章、特にこの本について)その複雑さの中に、というか、その複雑さを構成している一行一行(センテンス)の中に簡単明瞭な指摘を見出すことはーその一行一行がそれぞれ優に一論文を書くことができる程の量の「事実認識」を含有しているのを読みとることは―大事なことだろう。

  〇F:読者としてここに感じとらざるをえない簡潔さと複雑さの重なり合い→ど

  う読み解くべきであろうか。

  〇商品の「広告」それ自体がーベンヤミンのいわゆる「虚偽意識の精髄」そのも

のがーまたまた一個の「商品」として流通するという動きの本質をなしている。P32

〇交換価値の永劫回帰とエゴイズムの骨董的所有―社会的死蔵―。この両極には

さまれたところに現代資本主義の精神的状況の本質がある。P33

〇ベンヤミンの古典と現代的状況に対する咀嚼力と創造性は大変なものであったp34

〇現代都市の「現代性」を表現している中心部 遊歩街であり博覧会会場であり百貨

店でありネオン輝く盛り場 →ベンヤミンが力説した「遊民」と「群衆」p34

〇ベンヤミンの非凡な点は、遊民を特定の文士気質などに限局したり還元したりしな

い所にこそあるp35

〇◎これで一応ベンヤミンの「ボードレール」が提出している問題を取り上げて討論

する会を終えるp36

  〇思想史的に生産であった「遊民」と、ハッピーで「無益」であった「遊民」→分岐点は?→考えておく→都市社会の思想史的諸問題がどっさり投げ出されるp37

  『極楽囃子』「アサヒグラフ」78年7月~79年3月

 △価値の屑家 蒐集の精神 8月4日

  〇愚息=切手集めp45

  〇古本屋がなくなってしまったように古道具屋がなくなってしまったのが、高度成長社会の成れの果てp46

  〇「価値の屑屋」の精神は再生することができるのだろうか。p48

 △抜本的なこと 一月二六日 

  「根本的である」 かくの如く否定的な皮肉をもって嘲笑しながら、かくの如く

   倫理的に普遍的であること

    私の初夢は雑誌「太陽」の記者に向って対談した「現代思想」と題する話の

   中のエピソードp63

△この欠落 「遠山啓―その人と仕事」「人」別冊追悼特集 八〇年二月

  〇世代 社会の歴史的状況がその最も奥深い生活様式の地底から丸ごと変質

  してしまう。そういう質的な社会変化と共にこの世代移動が起こっている所に

  現在の危機性がある。P73

 〇普遍へと通じる裏街道を模索する旅立ちの勇気が生ずるp78

△新品文化―ピカピカの所与  「みすず」八一年二月

 〇◎「理性なき合理化」エルンスト・ブロッホ

   断片一切れ一切れを「理性なき合理化」に対して質において対抗できる

  ものに仕上げていこうと努めるべき→20世紀的方法としてのモンタージュp87

△精神の非常時 「思想」八一年11月

 〇◎新石器時代以来の人類史的大変化に曝されるに至ったところに今日の根本

 的な危機性がある。P94

 〇現代が含み持つ人類史的問題群p95

 〇◎かってのベンヤミンの光栄は→真なるものの社会的蓄積の営みと偽りの「解答」

 主義の制度的凝固との対比を身をもって鮮やかに示したところにあった

 〇◎現代世界の問題群がこの世に初めて姿を現した時に、その問題群に全身全霊を傾けて立ち入った尊敬すべき先輩の群れ⇒シュールレアリストの何人かやフォルマリストの何人かやフランクフルト学派の何人かや、ヴァレリー、ブレヒトその他の

知性(+それらの周辺の探求者)p97-8

△85年読書アンケート 「みすず」86年1月    p135

 〇ヤノーホ「カフカとの対話」→20世紀の「論語」又は「マタイ伝」又は「歎異抄」

△86年読書アンケート 「みすず」87年1月

 〇ローレンツ「鏡の背面」上下 思索社

   現代にあって人間を反省するために欠かせぬ本→反省力こそが人間の最も大事

  な最後の取り得

 Eヤング・ブルール「ハンナ・アーレント 世界を愛するために」p150

△翻訳「アビンジャー村の野外劇」の最終部分 ―エピローグ 納めの口上   p172

 貴方がたはカントリー(森と野原の中の社会)をつくることは絶対にできない それは大文字の時間によってつくられたものだからです。

△「現代日本の精神」 「世界」90年2月

 〇「安楽への全体主義」以降のナルシシズム日本

   不快を感じさせる全ての物事の元のものを根こそぎ何が何でも一掃しようとい

  う動機が日本社会全体を貫いているp176

  〇カネといっても今のカネは、動物学者ローレンツのいう「記号の記号」にすぎ

ない。P177

〇◎倫理的ブレイキもその基礎は、反省能力、自己批判能力p177

〇レーヴィット ◎日本社会の特徴 自分の自己愛を自分の所属する集団への献身

という形で表すp178

〇その献身の対象が国家であれば国家主張が生まれ、会社であれば会社人間が生まれ

て、それがものすごいエネルギーを発揮する=ほんとうはナルシシズムp178

 節 反省なき膨張主義の系譜

  〇10世紀、平安時代末期になると、日本は社会のある部分が原始状態に戻って、より健全な社会になります→膨張主衝動は比較的少ない 江戸時代:比較的少ない 1920年代:マルクス主義 世界史的視点から日本社会を批判する→

  〇弾圧されるといろいろなものを借りて(たとえばマンハイム)自己批判p184

 節 「磨滅」をしいる社会   p191

  〇西欧社会 自己批判の伝統 ローレンツ、J・ハックスレー、カーソン、メドウズ「成長の限界」、文学者ではフォースター 植物学者:ビーバーズ・カーターなど

 節 キュリオシティの欠如と「草の根排外主義」

  ドーア「日本語にない。したがって日本人の中にはないものにキュリオシティである」 ✖「好奇心」←→①まず無償のものである②自分と違うものに対する愛情p193-4

 節 「文化」と「国家」はくっつかない→国家が文化を説き、倫理を説いたら、国家主義になるp205

  〇野生の森の中に住んでいる人間集落、森との共存形態、これをつくることはできない フォースター:私はこのマン・カーント・タッチの感覚だけは大事にしようと思うp209

 節 自然の時間と人間の時間

  〇自然の時間は、人間の自然の時間もあれば、地球の自転の自然の時間もあるp213

 節 ◎生活を注意深く生きていく百科全書的精神

  ただし今日では人間の自然に忠実なだけでなく、人間以外の自然の部分を補わなくてはいけないものがいっぱい出てきている→観点軸を引っくりかえす→新しいタイプの百科全書派的精神p214

 △其の心の在り方の延長線を 追悼集会にて 「古在由重」同時代社917月

  〇今日の日本は紛れもなく経済帝国主義の状態p228

 △思想の科学主催・企画・掲載の「マルクス主義のバランスシート」なる座談会での発言記録 「思想の科学」91年7月  対談の相手A:塩沢由典 司会B:鶴俊

  〇国家を構想したホッブズ。これがやっぱりかなりのもの。国家というものは初めから死の影を漂わせ、死の影を土台にしているp234

  〇死の影の上に立つ国家という面は全く受け継がれていないp234

  〇純粋学問を取っ払ったところにマルクスの功績の一つがある

  〇◎ぼくは「社会科学」という概念に否定的です。社会研究でいい→鎌田慧の「死にたえた風景」→動かしがたい事実の記録。社会科学とは彼は言わない。単なるルポ作家ですp238

〇F:今の日本は経済帝国主義

  一番理想的な生き方のモデル=デルスウ・ウザーラ→ほんとに生きていて、食いものを獲ったら皆んなに平等に分配し、楽しく会話もするし、誰がここを歩いたかを足跡で判る知恵もある⇒私の考える保守主義は個人名でいえばデルスウ・ウザーラp246

  〇A ソビエト社会主義共和国連邦

      この国名の中には固有名詞がないp248

 節 成長の限界

  〇A 成長の限界というのを信じますか 

   F:私は信じるんです。自然的限界があると。つまり経済成長は無限界なのか。ぼくは発展という言葉が嫌いです。p265

  〇◎「近代」そのものに問題あり、と思う。ヨーロッパを基準にし、いわゆる近代というところから「ブループリントまずありき」、という思考様式がある。こういう思考様式が人間全体を動かすのは果たして健全か→疑問を出した人 J・ハックスレー、ロレンスp273

  〇A:藤田さんのお話の中に今日はなぜか「感情」が多いですね。法律とか「制度」とかをほとんどしゃべられないのはどういう理由

  F:そっちはもう塩沢さんに言っていただければいいです

  〇F:◎生きものとしての抵抗がどこからどうして起こるのか。p282

  〇F:◎すべての体系について言えることですが、体系をつくると継ぎ目の部分にウソが入る。p283 結語

 

 

 

 

106◎「全体主義の時代経験」藤田省三、みすず、1994年 12・15(序のみ)

 

  序 1994年10月5日

   『精神史的考察』を出したとき、

①    ◎「高度成長」を経て「戦後社会」から大変化をとげた「現在日本社会」の

なかで、どういう思考法や接近法が必要なのかという問題を考える上に一石を

投じたつもり

②    これ以後、現代社会がふくむ日本的な問題とそれに対する批判的接近法

大筋において変わらないだろうと考えていた pⅠ

〇◎生意気に言えば、現在(80年代以降に)言おうとすることは全て、その本の

何処かに示唆的であれ、暗示的であれ、書き込まれているという「自信」めいた

ものさえあった 

〇モンテーニュのいう「オンドワイヤン・エ・ディヴェール」ondyant et divers

 pⅠ―Ⅱ

 

 

 

 

 107 「有閑階級の理論 新版」ヴェブレン、ちくま学芸文庫  12・15

 

   〇原始的な文化に平和を好む階級があったとする仮説の多くは、その大部分を民族学ではなく心理学に拠っている。P67

   〇どんな社会でも、さまざまな実用品を個人的に使うために、男女を問わず所有することは行っている。p69

   〇私有財産制は、人間の所有、それも主として女の所有から始まったと考えられる。P96

   〇ポトラッチとよばれる贈答儀式や舞踏会といった金のかかる饗応p116

 

 

 

 

 108 「空気を求めて オーウェル小説コレクション5」  12・23

 

  ◇タイトルの一句が作中のどこに出ているか、出会えなかった。オーウェルの自伝らしく、具体的ないろいろが描かれている。バタつきパンやマーマレードのような。ワインの記述も多い。コレクション扉の

 「自由とは人の聞きたがらないことを言う権利である。」オーウェルには及ばない」あとがきの

 「人間が未来の輝かしい世界を見ることができないようになったのはいつごろから

でしょうか」フロム(「自由からの逃走」)の一行にも。

 

 

 

 109 「人間精神進歩史」コンドルセ、岩波文庫  12・23 12・29

 

 ◇まずジロンド派の一員、自殺したコンドルセの霊に黙禱。コンドルセのことを

 名前以上に教えてくれたのは、岩波ジュニア新書「フランス革命―革命という劇薬」

 からだった。

第一部      11・23

 〇言語の起原においては「各章」はほとんど暗喩メタファーであり、各句は寓意

 アレゴリーであった。

 〇個人の歴史においては、事実を蒐集すればそれで十分である。ところが人間の

 集団についての歴史は観察によってのみ行わるべきものである。P243

 

第二部      12・29

 〇肉食民族の間では、戦争で殺した敵の肉や、罪人の肉さえ食う習慣がほとんど

 一般的であった。P52

 〇ギリシャ詩の旋律は数を基礎とはせずに音節を基礎としていた。p269

〇サッフォの断章は激情が生々と現われている。(以前の詩人は)サッフォほど多くの真理と精力をもって激情を描写したものはなく(サッフォに続く詩人のうちにも)このような熱烈にして深遠な感受性が見られるものがない。苦悩の表現に特殊な旋律を用いた挽歌詩が研究されたP174

〇我々の自然感情の第一のものは、感性あるものの苦悩に同情する感性、すなわち我々がかれらとともにこの苦悩を味う感情である。p269                                  

〇この感情を動物にまで拡張しようとする自然性は、これを働くままにしておきたい。p270

〇偏見を打破する唯一の手段は、各人の理性に十分な力と正しさを与え、もって理性

がそれ自身では防ぐことができなくとも、少くともこれを予防するように他人の

理性を支持することである。P306

〇人間理性にとってもっとも悲しむべき災難の一つは、人間理性と社会制度との間に

見出さるべき対立である。P315

〇サッフォは長い間、真に力強く恋愛の感情を描写した唯一の女詩人であった。P360

 

 

 

 110 「ブレヒト ベンヤミン著作種9」晶文社  12・25

  

  〇回帰などというものはない。(「ブレヒトの詩への注釈」)p98

  〇ホラティウスのいわゆるaere perennius(金属以上の持久性)(19)

   ⒆頌歌3巻30番の詩参照(同上)

   〇1934年 7月24日

     ブレヒトの書斎の天井を支えている梁に、「真理は具体的だ」という文句

     が書いてある。窓閾の上には首を振ることのできる小さな木製の驢馬に

     木札をぶらさげ、その上にこう書いた。「ぼくもそのことを理解しなくては」

      (「ブレヒトとの対話」)p201

 

 

 

111 さようなら!福沢諭吉」20号 安川寿之助編  12・29

 

  〇〇丸山の指折り「門下生」飯田泰三p115

  〇私の解釈に一番近い人物=飯田p116

 

 

 

112「令和ファシズム論 極端へと迷走するこの国で」井手英策、筑摩 12・31

 

  〇「ファシズム前夜」の日本とドイツに光

   →「社会不安の解剖学」=本書のテーマp11

  〇財政史という名のメスp11

  〇1925年 人口再生産率100%わりこむ 30年代の前半:Sw→ヨーロッパ最低

  レベルの出生率→世界恐慌の波がおそったp56

 〇ユニークな財政政策=「高橋財政」→「満州事件費」と「時局きょう救事業費」(=現代の公共事業関係費にあたる)を思いきって予算化→恐慌の淵からよみがえった→消費者物価指数はゆるやかな上昇に転じ、国民所得はそれを上回るペースで増大→高橋財政がさらにユニーク→景気の回復を確認するとすぐさま、国債を削減し、健全財政へと回帰しようとした。P85-6

〇後半期にあざやかな政策転換が可能だったのか⇒日銀は国際引受への合意と同時に自分たちの政策手段の強化に成功していた。P88

〇高橋が、前期の積極財政から後期の緊縮財政に方針を転じた点は、ファシズムに対する民主的な抵抗といえそう。=とても大切p94

〇軍事費に光をあてれば、高橋財政は「意図せざるファシズム化」ともいうべき一面をもっていた。P94

〇1936年度の予算編成めぐるある有名なエピソード

  「蔵相、軍部をたしなむ」という見出し⇒「健全財政の守護者」としての高橋是

清:戦後、大内兵衛が評価p95

  〇井上の金解禁への執念 生きざまとかかわる問題      p122

   1920年不況のときの総裁 大震災のとき大蔵大臣 金融恐慌のときの総裁

  〇恐慌の淵にありながら、いちはやく経済をたてなおし、経済成長を実現した。

  =ケインジアンとしての高橋是清という評価p124

  〇ルーズベルト、ぺヴァリッジ(英)、そして高橋是清

   三者の社会保障を念頭においたメッセージを対比させれば、そのちがいがはっ

きりとうかんでくる。P136-7

〇小工場主や小売店主、小地主、上層の自作農、学校の教員や村役場の官吏といっ 

た小集団における指導的な地位にいた中間層こそがファシズム運動の中心だったこ 

とをいち早く指摘した=丸山真男p155

    〇変革の気運を受け止めるには、私たちの社会はまだわかく、反対にこれらの空気を察知し、きたるべき社会を構想するには、高橋是清は齢を重ねすぎていた。P160

  〇統制派・民政党・社大党・皇道派・政友会が、それぞれ距離をつめつつあるなか、高橋財政後期の緊縮局面において、政党が軍事予算の削減に手をかすことは、当然、むつかしかった。P162

   〇現実には、十一月革命の三か月前には絶望的な戦況になっていたが陸軍の英雄ヒンデンブルグが戦後この陰謀論(匕首伝説)をとなえると「ヴェルサイユの屈辱」のことばが、またたくまにドイツ全土に広がっていった。p169

   〇ドイツでも日本でも中間層が「左派運動」にくみしなかった点は共通していた。日独でちがったのは、都市部を中心とするドイツの中間層(商店主、職人、ホワイトカラーなど)は社会の底辺層にぞくしていた労働者との身分のちがいを意識して「権威主義的」な行動に走り積極的にナチ党を支持するようになった。P173

    日本銀行に国債を引きうけさせた日本と決定的にちがう点であった。P183

   〇経済的な成功と世論という社会的評価、そして、同時におこりうる政治的な非合理性、これらを総合的に検討してはじめて、私たちは、中央銀行の資金に依存した財政膨張の是非を論じることができる。次章で論じるように「MMT(現代貨幣理論」」に依拠した議論の視野の狭さは、まさにこの視点が欠如している。P190

   〇1918年から19年にかけておきたドイツ革命によって政権の座をいとめたのは

   社会民主党だった。だが第一次世界大戦への支持不支持をめぐって党内で対立がおき、18年は戦争反対派が独立してドイツ共産党が結成される。P196

   〇ここで驚くべきは、不俱戴天の敵と思えたナチ党と共産党が「共闘」の道を選んだことである。p199

   〇ヒトラーのスターリンへの評価→「歴史的にみてスターリンは特筆すべき人物である。(略)スターリンの力は弁舌によるものではない。執務室にいて統治し、官僚が彼の一挙手一投足に従う。p201

   〇心理面では下流と感じている人は、わずか9%しかいないにもかかわらず、国民の八割近くが将来不安をおぼえている。p219

   〇図5-2 高齢者以外の全ての世代で、持ち家率も大きく減少しているp220

   〇もし物価が上がらなければ上がらなかったで、政府の発行する国債をさらに

 買いいれ、資金を供給しつづけねばならず⇒リスク=「出口なき金融緩和」p233

   〇高橋の死後、結局、日銀引受は戦費調達の手段となってしまうp234

   〇◎興味深いのは時代が混迷の度を深めるとき、世界恐慌期にケインズ経済学が現れたように、財政出動を正当化するような理論が世間をにぎわせることである。  

 Modern Manitary Theoryp265

   〇MMTが理論的に正しかったとしても、その現実への適用がいかなる経済を

   もたらしうるのかに関する実証分析を必要とすることを示唆する。p266

   〇◎日本財政の大きな不幸は、共産党や社会党が反消費税路線をとってきたことである。←→戦後のヨーロッパp274

   〇大胆な財政出動を行い、恐慌からいちはやく脱出した国は日本、ドイツの他

   にもうひとつある⇒スウェーデンp294

   〇◎本やドイツとは決定的に異なる点がある。それは財政出動によって生じた

   国債を相続税の増税によって全て返債した点である。P295

   〇私は財源論こそが、財政民主主義の核心なのだと主張したいp296

   〇◎独自性を発揮したい一部政党の与党への接近は、戦前の社会大衆党と類似

   している。P303

   〇ある調査によると日本は自由度の高い国である。ところが自分の人生をどれくらい自由に動かせるかをきいた調査を見ると、結果は60の国の中で最低レベルである。P305

   〇告白すれば、私自身、コロナ禍の日本に立ち込めていた集団主義的な雰囲気、同調圧力、連帯ではなく連帯「責任」を叫ぶ時代の雰囲気にファシズムや全体主義の一端をかいま見た気がしていた。P308

 〇ファシズムへの道→社会の右傾化で、左も中道も含めた思想全体が右へ傾くp313

  〇財政システムの改革、それは自由と民主主義を調和させる条件を構築すること

  である。政治哲学者ハンナアーレントは自由であるためには、人は生命の必要か

  ら自分自身を解放していなければならない、と述べた。p323 

  〇ポランニー →社会に秩序を形成する原理 互酬と再分配、交換の3つp326

  〇高橋是清は偉大な政治家だった。前田正名(明治期の殖産興業政策に貢献)の訓導を受け、財政家としての長年の経験をもち、ケインズを知らずしてケインズの政策を先どり⇒よろめく日本経済→みごとに復活p337

  〇対立しあうものの中庸をさぐることが政治の核心だ(シュメルダース)

         ⇒アリストテレス「ニコマコス倫理学」p346

 あとがき

  〇財政の歴史に学ぶのはよいが、過去のできごとを現実にあてはめるのは、歴史家のタブーに近かった。P358

 

 

 

 

113  日記より  12・7~12・31

  

  12月7日(日)

   晴れ。今日は井の頭へ。会食が「変化」を味わう機会として楽しみになっている。矢作夫妻とユーカルで会食。初めてコースを食す。白子のカツレツが秀逸だった。

プレゼント交換のとき、優子から「猫の12か月」というポストカードを頂いた。一枚は次ページに。秋に軽井沢で寝言を聞いた白ネコの語りが印象に残っているのだろう。

 

 

8日(月)

   晴れ。気温は20℃に近づくという。

  夜11時頃、八戸東方沖で地震。東村山では揺れを感じなかったが、23区は震度3、M7.5で深さ50㎞。緊急の速報は鳴らなかったが、数分たって津波警報が出ている。

  9日(火)

    晴れ。昨夜の地震には後発地震注意報が出た。わかりにくいが、一週間以内は、8.0以上の地震に注意、つまり昨夜の地震は予震であり、今後本震の可能性がある、ということだ。

   (3・11の時も、二日前にM7.5の地震があった。

  10日(水)

   晴れ。気温14℃の予想。

   歯医者の帰り、行きから足が重かったが、足がぐらついて、家の前まで来て、

  ヴィッツに右手をかけたが、シルバーカーも倒れ、結果、背中から倒れた。意識

  ははっきりしており、いつぞやの9月の早大裏の丘での脱水?転倒と似ている。

   コロナで寝つづけて、足が弱っていたのだろう

  11日(木)

   晴れ。転倒の翌日で朝はまだ右足首に鈍痛があったが、S・パートナーに行った。10分のバイク以外のメニューをこなし、足は軽くなった気がする。

  12日(金)

   晴れ。気温10℃、足はほとんど普通に戻った。

   午前、ワイズと電話で相談しつつ、美夏へ30万円送金した。ほっとして二時間程昼寝して、ニューオータニにクリスマスプレゼントのFAXを送る。25日に届く予定。

   あと、年賀状印刷が残っているが、これはむしろ力仕事だ。

             *

   夕方、年賀状98枚印刷。2枚他に印刷ミス。力仕事だと言ったが、一枚ずつハガ

  キを手差しで入れるので、イスに立ったり座ったりで、スクワット少なくとも100回という計算になる。

  13日(土)

   晴れ、優子は一日仕事。気温は10℃以下のはず。午後、二本杖を試してみるが、太ももに力が入らない感じで、家の前だけ、ほぼ370歩で止める。

             *

   今年の漢字一字で、「熊」が「米」を僅差でおさえて、一位になった。たしか清水寺が選者だったと思う。流行語大賞のように高市への忖度から「高」にならなかったのは結構なことだ。

 15日((月)       

   藤田省三論のまとめの読みも、直後に追加のメモが(注:『全体主義の時代経験』序文、みすず)あるが、大分、エンディングに近づいた。それだけに、疑問のまま残ることがはっきりしてきた。たとえば『5月19日』の執筆に際しての共同討議、丸山と藤田の相互評と‘70年以降のかかわり、藤田プロパーの研究者が少ないこと、藤田の死後の再評価や発見の声のないこと。

 16日(火)

   晴れ。午後、神田さん訪問リハビリ。やはり一本足が不調。体幹が衰えているのではないか、とのこと。もう5日経つのに、体の微妙なグラグラがなくならない。手でしっかり支えることが必要だ。

 17日(水)

  晴れ。足のグラつきは良くなっていない。まず耳鼻科へ。抗生剤が出る。効果はどうか。

  次は白十字へ。野村先生、採血とCT。大きな異常はない。明日昼、MRI。

   足の異常に加え、ひどくむせることがある。

   美夏から心配して電話があった。

  18日(木)

    晴れ。MRI、何と入院。心臓や他の血管に異常があってもおかしくない、と

   いう。点滴は5日間だが、歩けるようになるためのリハビリで年度末まであり

うると辻先生に脅かされた。

  25日(木)

   晴れ。寒い。

   Xマスが過ぎると、これまで経験したことのない新年の予定が始まる。図書館

  は28日から、病院の売店は30日から、銀行のATMは31日から休み。

   小さな変化があった。売店での無糖ドリンクがOKになった。チュリーズのバリ

スタで、ブラック285mlをとろみ付きで飲みほす。

 26日(金)

   晴れ。朝は冷える。

   ちょっと前に十年に一度の高気温というニュースがあった。雪が多いのは海水温が高いため、ということを考えあわせると、とこの予報はあたりかな、と思ったら当面、寒波に変わっている。なぜ、かという説明はまだない。

 27日(土)

  晴れ、最高7℃の予報。牛乳が許可になる。

 28日(日)

  晴れ。午前、浣腸。

  コンドルセの大著、『人間精神進歩史』(岩波文庫)をもう一息で読みおえようとしている。この「精神」の「進歩」の歴史を脱稿したその日に、たしかジロンド派のコンドルセは自殺したわけだが、齢をとった人間が社会に役立つ本を読んだり、ものを書くのはどんな意味をもつのか、は人は歩みを止めるべきところだろう。

  モンテーニュに対してか、反してか。

 29日((月)

   晴れ。午後、妻と一緒に佐良良さん来訪。秋田大の仕事は落ち着いたようだ。雪の中を高速道で来たそうだ。

 31日(火)

   晴れ。大晦日。初めて病院で。

   そばもなく、まずい大晦日の夕食だった。

                           完