寸鉄2025 1

 

 

   

 寸鉄2025 1

 

 

1 日記より 2025年1月2日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  上は年賀状の「今年の一枚」だろうか。ガザの詩人のメッセージが、須山Tが

 水彩画に写しとられて、希望という白い雲が浮ぶ青空が大きな面積を占めるの 

 もよい。

 

 

 

 

 2 「災害ユートピア」レベッカ・ソルニット 亜紀書房  1・2

     なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか

  

〇トラテルニコはまた現代メキシコ史上最も悪名高い事件の場でもあった。68年に

  オリンピックの開催直前に、その広場でデモ隊が武力弾圧され、数百人から数千人にも上る学生が命を落とした。(略)政府による学生の大量殺人は、制度的革命党が、とくに若者や進歩的な有権者の間で正当性を失った瞬間だった。(メキシコシティ大地震)p189

〇制度的革命党(PKI):党名そのものが矛盾しているp193

〇さほど人気のない政府のもっとも烈しい災害は一触即発の危険に組みあわせ⇒最初の大災害は1755年11月1日に発生したリスボン大地震⇒地震が神の意志表示ではなく自然現象だと広く受け止められたという点で近代的災害p208

〇メキシコシティの大地震から9カ月もしない間にチェルノブイリ事故→チェルノブイリ原発事故こそが「五年後のソ連崩壊の真の原因でした。実際チェルノブイリの大惨事は歴史のターニングポイントでした。」2006年、ゴルバチョフp216    p210

〇メキシコ大地震の13年前に起きたニカラグアの地震→災害が変化の引き金になる

 ベリ;ニカラグアのエリートの娘:サンディニスタ政権の初期のメンバー「人々が自分のことだけを考えるのを止める場面を私は何度も目撃しました。何かがきっかけとなり、人間は仲間のことや集団のことを考え始める。」p210 3章カーニバルと革命

〇誰もが大得意で同志だった。…今日存在していた政府という組織が全体が明日はなくなり、残るのはこの国だけ。」p215

〇地震後のニカラグア人の気持ちも「命を落としかけたことによりたとえリスクを負っても人生を意味あるものにしたくなった」と表現した:ベリ p217—8

〇ワーズワース自叙伝詩集「序曲(ザ・プレリュード)」1790年7月14日カレー着

 「フランスの幸福の絶頂にあり、人間は生まれ変わるように見える時期だったんだ。」→3章 カーニバルと革命―メキシコシティ大地震

〇和解 p399

 公民権運動の初期の段階にM・R・キング・Jrは愛されるコミュニティについて語った。キングの目にはただ反対するだけでなく、より大きなヴィジョン、すなわち友情と正義と平和のユートピ ア思想を実現するための運動でもあった。全ての運動は参加者を一つにまとめることから始める。その方法とは不正を正したいという願いから生じる目的意識と誰もが賛同できるより良い世界のヴィジョンを与えること

 SNCC:キングの言葉を受け継いだ有志のグループ

 エマージェンシー・コミュニティ→カトリーナの被害を最も強烈に受けた(地域での活動)p421 (→ 5章ニューオーリンズーコモングラウンドと殺人者)

 

 

3「月ぬ走いや、馬ぬ走い」豊永浩平 講談社2024/7   1 ・3

 

 ◇書評で知った本だが、タイトルの読みも意味もわからぬままに行間もなく言葉

 は走り続け『クレーの天使』の中の「忘れっぽい天使」に出会ってストーリーは

終わる。著者は21才の大学生で「群像新人文学賞」も受賞している。一度だけ後

半にベンヤミンの『歴史の概念について』が引用されていることから〈歴史〉の

新しい読みがテーマとなっていることが推測される。

〇月ぬ走いや、馬ぬ走い、黄金言葉くがにくとぅばがあります。→馬さながらに歳

月は駆け抜けてしまいますから、時をだいじにすべし、けれど苦悩は結局はなくな 

るものとして拠ってしまいなさいな(という私なりの俚諺の解釈)p63

〇ベンヤミン著作集が晶文社から丸ごと刊行された 私は彼が記した『歴史哲学

テーゼ』の絶筆の一文をおもいださずにはいられない ⇒       p66

〇歴史をエピソードのつながりとしてみるのではなく、一つ一つの破壊された瓦

礫の積み重なった、できあいのものとして見ること。→クレーの絵から着想され

た歴史の天使=絶えず吹きつける風によって未来へと翼を広げて飛ぶことのみがゆるされている

〇シカゴの街でクレーの「忘れっぽい天使」のポストカードが偶然目に入ったp66

〇おれらは敗者なんかじゃねえぞ刻まれてんのさこの胸に命こそ宝のことばが、 月ぬ 走いや、馬ぬ走い!つねにこの胸に刻んでおけ歴史の大河と言霊(略)p93

〇同右p95      

〇p63と同じp144

〇『クレーの天使』という白い本  谷川しゅん太郎って人が書いた本 (略)一番好きな天使は、表紙にもある羽をはやして手を合わせて寝ているような、ほほえんでいるような顔をしている、「忘れっぽい天使」→でもそのよこに書いてある詩がよくわからない。P146

〇こうちゃんはきゅうに止まって、かーなーと手をつないだまま深呼吸して、月ぬ走いや、馬ぬ走い、とぼそっとつぶやきました。P148

〇きのう読んだ「忘れっぽい天使」の詩がしぜんとおもいうかんできました。P180

  くりかえすこと くりかえしくりかえすこと

  そこにあらわれてくるものにささえられ

  さえぎっていくものに いらだって いきてきた・・・

      (略)

  ああそうだったのかと すべてがふにおちて

  しんでゆくことができるだるうか・・・さわやかなあきらめのうちに

  あるはれたあさ ありたちはきぜわしくゆききし

  かなたのうみでいるかどもははねまわる(下略)  全巻結語

◇結語の詩の引用はすばらしい。文中には「詩がわからない」とあるけれど。 

 

  4 日記より

 

  4日(土)

昨夜、本間さんが亡くなった。節子さんだったか、早かった。ちょっと前まで玄 

関先や近くの道路で、挨拶を交わしたような気がするが。

  5日(日)

   本間さんのお通夜は18日(水)18時から長坂で、ラインに送っていたソネット「冬の祈り」を優子が感動してくれたようす。詩は、音楽と似て、受け身だが否応なしに感動を与えるところがある。  

   

 

 

 

 5 『クレーの天使』谷川 俊太郎、講談社  1・10

 

   ◇メモするような詩は少なく、巻末の「無題/静物」という色彩のある絵が印象に残った。「1940年」死の年の作品であるから、かもしれない。nature morteという言葉から、西欧の人は「死」を連想するのだろうか。

    「忘れっぽい天使」の詩が際立っていて、「詩はわからない」と文中に書いてゐる豊永さんの眼の確かさを感じさせる。

   〇「幼稚園の天使」 1939年

    だれがするか、 なにをするのかも わからなくなったとき /

      あくまがやってきた ほほえんで

  

   〇「忘れっぽい天使」 1939年

    ああ そうだったのかと

    すべてがふにおちて

    しんでゆくことが できるだろうか

 

    さわやかなあきらめのうちに (下略)

 

   〇天使という生きもの 谷川 俊太郎

    クレーの生きた時代と、私たちがいま生きている時代は同時代なのだと、そう思わせるものを、彼のデッサンはもっている。

    (略)   

 

 

 

2025
 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6「自由論」バーリン、 みすず  1・13

 

 〇鎖の正体を知ることは、鎖を花でかざるよりもよいというルソーの洞察

                  P58(←序論)

 〇およそ静かな生活を願う人が、二十世紀に生まれ合わせようとは、不運

 な話。 トロツキー p99(「二十世紀の政治思想」扉

 

 

 

 

7「文化の脱走兵」奈倉 有里、 講談社  1・15

 

 ◇刈谷さんに薦められた本だが、詩的感受性を感じる。刈谷さんはどうして

 この不思議な本を知ったのだろうか?

 〇「好き」を分かちあうことを快く思う人が、その基準を確固として持っ

 ているのはこれからの世界の子供たちにとってものすごく大切なことなのだ

ろう。P17(→「クルミ世界の住人」)

〇シーシキンの「手紙」には主人公の敬愛する「ハイクの先生」というニッ

クネームの生物の先生が登場する。p35(→「渡り鳥のうた」)

〇本郷の「麦」というカフェに似た:古い名曲喫茶のたたずまい(「動員」)p42

 反戦運動の支援をしている著名人はみな本を読む人々だ。

 (略)教科書の嘘を読み解く術を持っている人々だ。 (「動員」)

 文学時代の知人に、この戦争に賛成している人など一人もいない。P46

〇パオロとフランチェスカ→「神曲」のなかで、一緒に物語を読むことに

よって惹かれあう二人のことだp61(→「猫」にゆだねる)

〇政治学者エカテリーナ・シェリマン→ラジオ曲「モスクワのこだま」で

政治コメンテーターをつとめ、戦争に反対することも許されない社会でどう

行動したらいいのか、できることはなんなのか」を解説p102(→「つなが

っている」

〇海はそんな友人たちをどんなふうに見つめているんだろう。(⇒「こうし

て夏が過ぎた」)p134

〇「暗黒の八月」→その悲劇の最後にくるのが、多くの犠牲者を出してソ連

の崩壊につながる91年の八月クーデターp137(→同上)

〇ペテルブルグの友人たちがやっているゲームのチャットの会話→匿名性が

格段に高い→メッセージを書いてもすぐに消えていき痕跡の残らないゲーム

アプリの匿名性は貴重p142-3(「巣穴の会話」)

〇◎『子供時代への切符』ロジシェマトヴィンスキー、1960年代

  夜中のに家を とび出して

  駅で切符を 買おうとするー

  「すみません 僕がずっと探していた

  子供時代への切符は ありませんか

寝台車の切符を くれませんか・・!」

  窓口の人は 静かな声で

  「ありません」

   と答える・・

 

〇さて どうしよう!

  窓口の人に 言い返す術はあるのか

 (略) →ごく たまに  記憶のなかでだけ 僕らは

 そこへ行けるのだろうかー・・・? (→あの町への切符)

○越後線のほかに巻と柏崎をつなぐものは 原子力発電所である。

巻原発反対運動は、私が初めて体験した市民運動の成功例だ。 

(→「柏崎の狸になる」)p203

 

 

8 「西洋哲学史(上)」ラッセル、市井三郎訳 みすず  1・17

 

 ◇沢山メモがある。巻末の市井三郎のあとがきによると、日本ほど哲学に人気のないイギリスの哲学書では売れているという。また社会思想史のように見える「英米では珍しい試み」は、市井の属する会報では、林達夫や武谷三男から厳しい批評が出た、という。

 〇(私は「哲学」という語を)ある非常に深い意味で使うことを提案する。自然法則とは本当に存在するものなのか?あるいは我々が生得的に秩序を愛するが故に存在すると信じているものに過ぎないのか?p3

 〇◎知恵といったものは存在するか?あるいは知恵と見えているものは、愚かさの究極的な洗練に過ぎないのか? 哲学→BC6世紀ギリシャにおいて始められたp4

 ○哲学の第二の偉大な時期は11世紀から14世紀まで続く (カトリック教会が

 支配(フリードリッヒⅡ世のような偉大な反逆者は極めて少数)p5

   ○新宗教を創設しようとしたフリードリッヒⅡ世は、反法王文化の極端な形態を代表しているし、フリードリッヒⅡ世が支配していたナポリ王国に生を享けたアクィナスは現在に至るまで、法王派哲学の古典的唱道者たる位置を保っている。

    芸術の面では、ルネッサンスは、まだ秩序的であるといえるが、思想の面では実りの多い多大な無秩序が好まれた このような視点からすればモンテーニュがこの時代の最も典型的な代表者p8

   ○カトリック教会は、三つの根源から派生した。その聖なる歴史はユダヤ的であり、その神学はギリシャ的であり、その統治や教会法規は、少なくとも間接的にはローマ的p10

   ○リベラリズムの本質は、非合理的な独断に基づかない社会的秩序を確保し、社会の保存に必要である以上の諸制約を設けないで安定を保障しようとする試みp12(→序説)

一部 ソクラテス哲学以前の哲学  p13

   ○哲学はターレスとともに始まる。日食を予言→その日食はBC585年に起こった

   〇ミノス文化→このクレタ文明の残存物を見ると、エジプトの神殿が持つ恐ろしい

   ような陰鬱さと、非常にかけ離れて、快活でほとんど頽廃的な贅沢品だという印象が与えられる p15

   ○◎オルフィック教徒たちは、「教会」と呼んでいいものを創設した。(略)このオルフィック教たちの影響から、一つの生き方としての哲学概念が誕生した。P33

    (→1章 ギリシャ文明の勃興)

   ○ギリシャ人たちが抽象的な事柄で発揮した想像力に富む発明の才能はいくら誉めても誉め過ぎることはおそらくないであろう。P47

   ○ついにAD525年、ユスティニアヌス帝(東ローマ皇帝)はその宗教的頑固さからアテナイのアカデメイアを閉鎖し、暗黒時代がヨーロッパに降った。P69

   ○「ファイドロス」~ペリクレス~アスパシア

   ○ソクラテスやプラトンやアリストテレスと違って原子論者たちは、目的p74

   あるいは目的因という概念を導入することなしに、世界を説明しようとした。

   ○◎われわれが「なぜ?」と問う場合には、次の二つのことのいずれかを意味しうる。すなわち「その出来事はどのような目的に役立ったか?」ということ。 「以前のどのような状況がこの状況を惹起させたか?」の二つがある。P75

   ○「ソフィスト」という語は、もともとは悪い意味を持ってはいなかった。それは

   現在の我々が「教授」(プロフェッサー)という語で意味しているものを意味していた。P81

   〇◎アテナイの民主制は、奴隷や婦人を含めないという重大な限界を持ってはいたが、ある面では地球のいかなる制度よりも民主的であった。裁判官や大部分の高級官吏はクジ引きで選ばれ(略)専門家気質というものを持たなかった。P82

   〇前404年には、アテナイはスパルタに敗退し、前399年にはソクラテスが処刑されている。P87                           p98

   〇めったにぶどう酒を口にしなかったソクラテスだが、呑む段になると、彼の右に出る者はなかった。そして彼の酔っぱらうのを見たひとは誰もいないのである。

   〇スパルタ  未成年女子は同男子に与えられるのと同じ体育をやるのであり、もっと注目すべきことには未成年男女はすべて裸体でいっしょに体操をやったのである。P102 プルタルコス「リュクルゴスの生涯」

   〇プラトンは大部分のギリシャ哲学者と同じく、英知を得るためには閑暇が必要である、という見解を抱いた。P112

   〇プラトンを近代思想に対比させるにあたって、二つの一般的な問題が起ってくる。

   そのひとつは「英知」といったものが存在するか、という問題、第二はもしそのようなものがあるとすれば、その英知に政治的権力を与えるような、何らかの国家構成(あるいは憲法)が考案しうるかという問題である。P113

〇プラトンの最も重要な対話篇=「共和国」p114             p117

○プラトンの都市の目的は全体の善ということであって、一階級だけの幸福ではない

  〇◎事物は、みづから発生してきたところの元のものへ、もう一度帰ってゆくのが定めである。(アナキシマンドロス)p120

〇ギリシア人の宇宙観→自然と人間の双方に法則があるという信念の源泉であり、明らかにプラトンの正義観念の根底に横たわっているp120

〇プラトンの哲学はパルメニデスによって最初に唱えられたところの実在と仮象との

区別を基礎にしている。P126

〇プラトンが影響を及ぼしたのは、哲学者だけではなかった。清教徒たちが、音楽や

絵画やカトリック教会の豪華な儀式に反対したのは、なぜであろうか?その答えは「共和国」第十巻に見出すことができる。P126

〇哲学者とは何かが問題→卑俗な好奇心は哲学者つくらない→哲学者とは「真理の

幻」を愛する者だp126-7

〇「共和国」六巻および七巻では、プラトンは二つの問題と取り組んでいる

第一:哲学とは何かという問題 第二:適当な気質をもった若い男性あるいは女

性を、哲学者になるように教育するにはどうすればいいか、という問題p128-9

〇◎知性の二種類   「理性」及び「悟性」(理解力)⇒理性がより高次の種類

理性:純粋なイデアを扱うもので、その方法は弁証法的

悟性:数学に用いられるような種類の知性 p130

〇イデアの世界=対象が太陽によって照明されている時にわれわれの見るもの

眼は魂になぞらえられ、光の源泉たる太陽は、真理あるいは善になぞらえら

れる p131

〇◎プラトンの哲学にはいたるところにピタゴラス主義におけると同じような知性と

神秘主義との融合があり、ついにその頂点においては、明らかに神秘主義が優越する。

彼自身その対話篇「パルメニデス」に書いているように後になってその難点を理解し

はじめた。これは哲学者の自己批判という歴史上もっとも注目すべき事柄の一つなの

である。P132-3                                                                                                          

○多くのキリスト教徒たちのとっても、ソクラテスの死はキリストの死を除けば最高

のものなのである。原注⑴ p138-9

○「ファイドン」での議論p144-5

第一の議論:対立物をもつ全ての事物は、その対立物から生じる~宇宙的正義に関するアナキンマンドロスの見解を提起

◎第二の議論:知識とは回想であり、したがって魂は、誕生以前から存在していたはずだ

○「◎教えというものはなく、回想があるに過ぎない」ソクラテス『メノン』p145

○人間としてのソクラテスは、聖者の列に入ると信じてもよいが、哲学者としての彼

は、科学的煉獄に長期滞在する必要があろう。P148

○アリストテレスがアレクサンダーのことを次のように考えていたと思う。「哲学の

ことが何も理解できなかった怠け者で、強情な少年だ。」p166

○「アリストテレスは明晰さを欠く」→「観念を実体化するプラトンの傾向からアリストテレスが中途半端にしか自己を解放していなかった」(ツェラー)p171     

○ハムレットが母をさとす言葉:『ハムレット』三幕四場

◎「淑徳がなくとも、うわべだけでもあるようなふりをなさい。習慣という怪物は、悪いという感覚をすべて食いつくす悪魔ですがその反面に、正しく善い行いにも美しい服装を与えて、おいおい身にそぐわせてくれる天使なのです。」p178                      

○最高の徳は少数者にのみ限られている、というアリストテレスの見解は彼が倫理学を政治学に従属させたことと論理的に関連を持っている、p182

〇「人間的な徳とは、完全な生活における徳に従うところの魂の活動である。」

アリストテレスp183

 〇幸福は有徳な活動の中にあるが、完全な幸福は最善の活動、すなわち瞑想的活動

にある。P185

○◎ラッセル:「カテゴリー」というような名辞が、何らかの明晰な観念を代表するも

のにして、哲学に有用であるとはぜんぜん信じていない。P203

〇◎本質という概念は、アリストテレス以降現代に至るまでのあらゆる哲学の肝要な

一部分⇒絶望的なほど馬鹿げた概念  「実体」という概念も「本質」概念と同じ

ように言語的な便宜に過ぎないものを形而上学に移行させた。P204

〇「実体」という概念は、真面目に考えれば、様々な難点から自由ではありえない

概念である。                           P205

〇実際には、「実体」とは、様々な出来事を束にして集める便宜的方法に過ぎない。

三部 アリストテレス以後の古代哲学

 〇ギリシア語をしゃべった古代世界の歴史 三つの時期  p220

  マケドニアの征服以前   マケドニアの支配    クレオパトラの死後

  最初 :都市国家の時代        第二          第三

        自由と無秩序       従属と無秩序      従属と秩序

○キニク学派 ディオゲネスを通じてアンティステネスに派生

ソクラテスの弟子ある意味でトルストイに似るp231

ディオゲネス  ルソー、トルストイに似るp233

○◎キニク学派の中で最良のものがストア主義に受けつがれたp234

○「マルクス・カトーは、青年たちがギリシア語を勉強しはじめ、ローマでの評価

が高まり始める最初から、それを毛嫌いした。(略)

名誉や武勲というものを全く願い下げにするかもしれないという恐れ」p238

○カトー「一般に哲学というものを憎んでいた」プルタルコスp238

〇ルネッサンス以降神学的懐疑論はその大部分の唱道者において科学への熱狂的な

信仰によって補足されるに至ったが、古代にあっては懐疑に対するそのような補足

物は存在しなかった。P240

○人間は拷問台の上でも幸福でありうる、と最初に主張したのは、ストア学派の徒

ではなく、エピクロスであった。P243

〇エピクロスの主張によれば恐怖の二大源泉は宗教と死の恐ろしさである。エピクロスは唯物論者ではあったが、決定論者

ではなかった。P246

〇エピクロスの哲学がルネッサンス以降の読書人に知られるに至ったのは主として

ルクレティウスの詩を通してである。P250

○キケロはロードス島でポセイドニオスについて学んだ。P258

 ○東ローマ帝国は、その(ストア派)文明がギリシア的であってローマ的ではなか

った。P275

〇プルタルコス「高貴なるギリシア人及びローマ人評伝」いわゆる英雄伝p276

○◎教会は自らを「カトリック」(「普遍的」の意)と呼んだ。P281    p282

〇我々にとってアラビア人が重要であるのはキリスト教徒ではなく彼らがギリシア

の伝統のうち東ローマ帝国のみが保有していた部分を直接に引きついでくれたこと

〇プロティノスの生涯 友人で弟子ポリフェリオスの書いた伝記を通じて知られる

〇プラトンのふざけたがる傾向などはプロティノスの叙述には見られない p285

 P287  プロティノスはギリシア人にとって終焉であり、キリスト教界にとって

発端だった。 上巻 結語

訳者あとがき 市井三郎                       p297

 ○哲学がわが国ほど「人気」のないイギリスでの”不思議な“ベストセラーの一つ

 〇哲学史を社会的諸条件との関連において眺めるという英米では珍しい試みp298

◇約5ページのメモを取りおわる。腹をかかえて笑ったのはプラトンを評して「ふざ

けたがる」の一行だろうか。プラトンが身近に感じられる。

 

 

 

 

9 『優しい語り手』トカルチュク 岩波   1・18

  ノーベル文学賞記念講演:2019年のノーベル賞受賞の記念講演

 

〇「まだ私は生まれてないのに、どうして、私が恋しいの」私は尋ねます。(略)

「でも逆もあるのよ」母は答えました。「もしもだれかを恋しく思うなら、

そのだれかは、もういるのよ」p5

〇私が「私はいない」と言ったとしても、最初に私は「私は」と言う、この

世で一番大切で、一番ふしぎなこの言葉を発することになる のです。⑴ 

⑴    「私は」=ポーランド語のbe動詞にあたるbycの一人称単数形jestem

「私はここに存在している」という意味になる。『逃亡派』白水社、2014で

くりかえされるキーワード。P5。

○◎「カタルシス」 ⑵精神の浄化佐用。アリストテレス『詩学』「悲劇の本質

の定義」光文社文庫2019  →[

「悲劇とは(・・)憐れみと怖れを通じ、そうした諸感情からのカタルシス(浄化)

をなしとげるものである。」P14                   

〇17世紀の偉大な学者、ヨハネス・アモス・コメニウスは「汎知主義」パンソ

フィズムという言葉を作り出し(下略)p16 ⇒あらゆる事をあらゆる人が学べるこ

との必要性 

○EMフォースターが言うには「王が死に、やがて女王が死んだ」というのは

ストーリーですが、もし「王が死に、やがて寂しさのあまり女王が死んだ」と

いうならこれはプロットです」『小説の諸相』p21

○「バタフライエフェクト」㉗ ㉗蝶の羽ばたきのような些細なきっかけが遠方

のトルネードのような甚大な結果につながるという比喩的表現p33

○「第四人称」とも呼ぶべきもの=新しい種類の語り手を夢見ています p36                   

 自らのうちに登場人物それぞれの視点を含み、更に各人物の視野をふみこえて、

より多く、より広く見ることのできる、時間だって無視できる、そんな語り手

○書いているとき→本に出てくる全ての生き物と事物とを、自分を通して放出しな

ければなりません。(略)

私を助けてくれるのが、まさに優しさ→優しさとは、人格を与える技術、共感

する技術、つまりは絶えず似ているところを見つける技術p41

優しさは、関係する全てに人格を与えます。

○優しさは、愛の最も慎ましい形です。P42

○優しさは、自発的で無欲です。それは感情移入の彼方へ超えゆく感情です。そ

れはむしろ意識です。あるいは多少の憂鬱、運命の共有かもしれません。

○優しさは、私たちの間にある結びつきや類似点、同一性についおうて気づか

せてくれます。 P42 (→「優しい語り手」)       

○カフカ ~ 全体主義の根底的な側面≠個人から現実への影響力をすっかり奪

ってしまう人間間の機構(メカニズム) →権力は行動の基準と規範を定め(国

民の社会的な分を固定し)公的な行動の方針・領域・限界の限界を定めます。~

「どのように生きるべきか」? P67

○◎「一切のものが首元に締め上げてくる手を感じている」「断章から」『実存と人生』   

クンデラはグロテスクを次のように説明しますーカフカ的 世界では、喜劇性は悲劇

性に対する対位的要素をつくらない。―(略)カフカにおける喜劇性は、恒常的な

悲劇的状況のうちにあり、それを内部から笑いものにし、悲劇から天使の翼を切り

取るが、そうした悲劇は病を治しもしなければ手助けもせず、悪夢になる。

 (→「中欧」の幻影は文学に写し出される)p68

 

 

 

 10 「クレーの絵本」谷川俊太郎、1995  1・23

 

  ◇感動して読了。一番感動したのは1975年に『夜中で』で発表された

  クレーの絵にイメージをえた一連の詩(「P・クレーの絵の絵による「絵本」の

  ために」というタイトルで「現代詩手帖」72年1月号で発表された)を、一行

  はおろか、一字も直していないことだ。

   クレーの絵についての俊太郎さんの詩集は、1975年『夜中で』、1995年『クレ

ーの絵本』、『クレーの天使』2000年の順に並んでいる。『絵本』に出てくる詩は

『夜中で』で発表されたもの以外では、「愛」、「在るもの」「線」の三篇があるだけで

あり、長詩「愛」は、クレーの絵へのオマージュであり、巻頭にあり、他の短い

二編は、クレーの絵のタイトルを詩のタイトルにしておらず、「一連の詩群」には

さまれている。

 『絵本』と『天使』は『夜中で』と同様、「贈りもの」に最適の詩集である。し

かし、ある人にどちらか一冊をプレゼントするかは、迷うところだ。無難なのは、

カラー写真の豪華さゆえに『絵本』か。とくに沖縄の豊永さんが激賞した「忘れ

っぽい天使」も後述するように忘れがたい。たしかに絵と詩文が両側から3Dの

映像のように迫ってくる何篇かはすばらしい。たとえば、「面目な顔つき」、「黒

い王様」あるいは「階段の上のこども」。何とすばらしい。

 冒頭の「愛」では、この2行がすばらしい。

  「たちきられたものをもとのつながりに戻すため

                ひとりの心をひとびとの心に」

 間にはさまれた「在るもの」と「線」も、「在るもの」は、「愛」と同じよう

に漢字仮名まじりで書かれている。句読点はないが。

 「線」では下の6行がすばらしい

   文字はほどけ

   その意味するところの

   ものの線に

           (略)

   けれどほどいても

   ほどいても魂は

   もつれたまま・・・

               最後 の行は点線で終わるが。

  ところで「愛」の前のページの「扉」に「忘れっぽい天使」(1939年)の

絵がある『クレーの天使』でやはり忘れがたい「忘れっぽい天使」を、俊太

郎さんはいつ書いたのだろうか。下絵のスケッチのようで色がないので、扉

絵にしたが1995年にはこの絵には特別なこだわりがあったのだろう。

 そして「魂の住む絵」という表題の「あとがき」がある。

○「クレーの絵は抽象ではない。抽象画には精神は住めても、魂は住めない。」

○◎「若いころから私は彼の絵にうながされて詩を書いてきた。ちょうどモー

ツァルトの音楽にうながされてそうしてきたように。「詩」は言葉のうちに

あるよりももっと明瞭に、ある種の音楽、ある種の絵のうちにひそんでいる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

                                                                                                                                          

 

11 「気流の鳴る音」真木悠介 ちくま学芸文庫      1・30

 

 ○学生のころ、「ユートピアの会」=研究会 山岸会の人を招く→この団体では

 労働が強制されないp18

 ○コミュ―ン論は、人間と人間との関係のあり方を問うばかりでなく、自然論、

宇宙論、存在論をその中に包括しなければならない。P21

○1975年の永山則夫の年賀状「最大多数の幸福か、万人の解放か、プロレ

タリアートに問いたい」 →「最大多数の最大幸福」は、少数者圧殺のレトリック

となる。p31 (→序)

○ドンファンの「世界を止める」という観念への我々の最も近い対応物は、フッサ

ールの現象学的判断中止エポケー」であろう。 →似た発想はまたレヴィストロ

ースらのいわば「人類学的判断中止」にもみることができる。P87

○マルクスの物象化論の固有の方法論的な翼は「経済学的エポケー(判断中止)」

であった。P88

○〈世界を止める〉ことによってはじめて、1異世界を理解すること 等が可能

となる。P93                          p94

○◎われわれは「ルターとエラスムス」以来、明晰さがしばしば情熱とか行動の敵

であるという話はきいている。しかし明晰がなぜ、他ならぬ「知」の敵なのか?

○ドンファン→「心の明晰さ、それは得にくく、(第一の敵である)恐怖を追い払う。

しかし同時に自分を盲目にしてしまう。(略)p97   

○◎「明晰」を克服したものがゆきつくところは、「不明晰」でなく「世界を止め」

見る力をもった真の〈明晰〉である。P100

○◎「イマジン」がこだまし続ける1970年代以降のアメリカとヨーロッパ、日本の、

新しい社会運動の世代は、しぐさや生き方のスタイルの水準における市民社会の「自明の」前提のいくつかをつきくずしてきた。 ~カスタネダ読者の層とは深く重なり合って

いる。P100 (→「世界を止める」—〈明晰の罠〉からの解放)                                    ○サルトル「存在と無」第四部の所有権 所有と所有権を区別 原型的な範囲を例

示→所有の本源を問う:人文書院1967年 「私的な所有は、われわれをひどく愚か

にし、一面的にしてしまったのでわれわれが対象を所有habenするときにはじめて、

対象はわれわれのものであるというふうになっている」~「経哲草稿」(←結 経験を

もつこととと翼をもつこと)p175-6

○(近代の)価値体系は、主体が明晰であればあるほど、根源的に不吉なニヒリ

ズムの影におびやかされざるをえない。P208 真木「時間の比較社会学」序章

○ニヒリズムを超克する唯一の道は、このように 認識そのものの透徹のかなたにしかない。p212

○未来によって充たされる生のあり方 プロメテウス的な生~「文明」

  他者によって充たされる生のあり方 ディオニソス的な生~「反文明」

P223 (→交錯するコミューン)

あとがき

○「理解することは変ること」サルトル  p229

○〈近代のあとの時代を構想し、切り開くための比較社会学〉という夢

 の仕事(の荒い最初のモチーフとコンセプトを伝える) p231

 

 

 

 

 

12 「生政治・統治」フーコーコレクション6」 フーコー  1・31 

 

 〇ニーチェの仕事は、私の提案している研究のために依拠することのできる

モデルのうちでも、最良の、最も有効で、最もアクチュアルなものp17

〇発明というときニーチェはいつも「発明」に対立するある言葉を念頭にお

いています。それは「起源」という言葉です。彼が「発明」と言うとき、それ

は「起源」と言わないためなのです。P19

〇詩の起源Ursprung」を探し求める人びとがいるが、実際には詩の起源などは

なく、詩の発明しかないのだと断言(下略) 「悦ばしき知識」p20

◎歴史家たる者、卑小なことを恐れてはなりません。というのは、卑小なもの

の積み重ねから、些細なことの積み重ねから、大きな事象は生み出されたので

すから。P20—1                                                

〇スピノザは西洋のあらゆる哲学者の中で、適合と至福と統一しての認識という

考えをもっとも遠くまで進めた人だったからです。P28

〇認識を遠近法的性格をもつものと明言している。=ニーチェp31

〇ギリシア法制史の演劇化 「オイディプス王」「アンティゴネー」「 エレクトラ」

⇒民衆が裁きの権利、真実を言う権利、真実を自分の主人たちに対置する権利、

自分たちを統治する者を裁く権利、そうした権利を手に入れるプロセスの歴史p65

○われわれの時代の社会はどこでもベンサムを顕揚しなければならないでしょ

う。P102(←「1「真理と裁判形態」」

○啓蒙思想家の仕事の一つは、理性をもつ政治的権力を増やすことでした。し

かしまもなく、19世紀の人びとは、理性の力が社会の中でどうも大きくなりす

ぎて しまったのでないか、と考えるようになります。P304

○カント以来、哲学の役割とは、理性が経験のなかで与えられているその限界

をこえないようにすることだった.p305(←8「全体的なものと個別的なもの」)

○◎現代の哲学とは、二世紀前に、かくも不用意に投げかけられた問い「啓蒙と

は何か」に答えようと試みる哲学である。P363

○啓蒙は地球上の全ての人間の政治的社会的存在に関わる歴史的な変化である、

と想像せねばならない。P369

○◎カント:啓蒙が一つの標語Wahlspruch{(=Aude sapere知る勇気、大胆さをも

て)}を持つものであるp367

〇◎ボードレールの中に19世紀における現代性の最も先鋭的な意識の一つを認め

る→ボードレールが現代性「一時的なもの、うつろい易いもの、偶発的なもの」

によって定義するp375

〇現代性モデルニテは、時間の流れを追うだけの流行モードとは区別される。それは

現在の瞬間の裡に「英雄的な」ものを掴むことをゆるす態度のことなのだ。P376

〇◎まとめとしてカントに戻る→私たちが経験してきた多くの事がらは啓蒙の歴史

的出来事が、私たちを成人にはせず、私たちは成人にはなっていないと思わせるもの

だ。P392(←9「啓蒙とは何か」」)                   p409

○今日ギリシア人を考えなおそうとする→あるとき与えられた経験としてのギリ

シア思想、そしてそれに対して完全に自由になれる経験としてのギリシア思想、これ

をふまえてヨーロッパ思想が再出発できるようにするため(10「道徳の系譜」)↓

〇ニーチェにとってもあなたにとっても、歴史と哲学のあいだには系譜學があり

自分が自己とは異質なものになる一つの流儀があります(←→ヘーゲル)p409—10

 

 

 

13 さらば 戦後精神 藤田省三とその時代 植田幸生  2・3

 

 〇松山高校3年:丸山と出会う「軍国支配者の精神形態」

          雑誌「潮流」→丸山ゼミに入って勉強したいp20

 〇「経験」 最も大切にした言葉の一つ「戦後の思考の前提は経験であった。どこ

 までも経験であった」p24

 〇◎藤田が到達した最後の思想 ともに『思想の科学』

   「安楽への全体主義」85年9月  「全体主義の時代経験」86年2月

  →その後「全体主義の時代経験」95年1月 p191

 〇前書で扱われた松陰や保元物語などの歴史に関するエッセイは本書の中には

 見られず →「全体主義の時代経験」はアーレントの『全体主義の起源』に

 着想をえて書かれたエッセイp193-4

 

 

 

14 「まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学」  2・5

       見田宗介 河出書房だ。

 

  〇N・N・(永山則夫) 「貧乏」の本質は差別、すなわち階級構造そのものである、ということだ。p50

  〇・ファノン「黒い皮膚、白い仮面」p60

  〇◎「見るまえに跳べ」というアジテーションは、跳ぶまえに見ることもで

きる人間の言い方だ。

 見るまえに跳ぶことだけをしいられてあることの無念。 P69

〇「おばすて」のような形で、共同体は自らの過剰の人口を処分してきた。

市民社会はこの同じ老人たちに、密室や施設の中で、ひっそりと死を選ば

せる。都会はスマートに殺す。p70  (←「まなざしの地獄」)

○大正15/5/29夜北海道石狩国空知郡北村の長谷川農場田中佐(43)は

五人の子供を殺してから自殺をとげた→一家心中流行のさきがけ

 まず北海道の開拓農場に発生し、ついで全国の大都市に飛火しているp80

○(その背後には)農村における自然村秩序の解体と大家族制の実質的な

崩壊の最後の局面の現実がある。P81               p88

○過去の家郷から未来の家郷へのこのような「決死の跳躍」の時→タイム

リーに掲げられた池田政権の「所得倍増」―福祉国家のvisionこそ、ささや

かな家郷創設者の群れにとってどれほど力強い心の支えになったことであろう

○59年―61年の株価の異常な高騰:「マネービル」への情熱→〈第二の家

郷〉のまずは経済的な土台(家産!)の創設             p85

 私の仮説と図式 ⇒日本における自然村秩序の崩壊と大家族制の実質的な崩壊

  は「出稼ぎ型」の社会構造・生活構造・意識構造の基礎を掘りくずす

                                                           (←「新しい望郷の歌」)p93

あとがき 「まなざしの地獄」1973年「展望」

解説  大澤真幸 p99

  ○私が社会学という学問を志した最大のきっかけは、見田宗介先生と出会っ

たことにある。「この人にはかなわない」とつくづく感じた。73年夏学期「比

較社会学演習」少人数の授業    p99

○『まなざしの地獄』この論文が「社会学」という学問に宿痾のようにとりつ

いている分裂を縫合し、完全にのりこえているp102

○可能にしているのは、平均値と極限値の間の相互媒介的な関係である 統計

的手法を用いた数量調査は平均値こそ全体を代表するに適しているという考え

にもとづく←→実は極限値 N・Nによって全体を代表させることもできる

⇒例外においてこそ一般性が見い出しうるp104

 ○◎60年代後半から70年へと至る時期の日本社会 p106

  日本の戦後史のーあるいは日本の近代史全体のー大きな転換点

 ○60年代に形成された〈個別としての家郷〉は現在、どのようになって

いるのだろうかp116

○見田先生の論考は、現代社会を反映する鏡になりうる

 「かっての新しい望郷の歌」は家族的な情愛を歌った。さらに新しい

望郷の歌は、何のため、どこに向かって歌われるのだろうかp121-2                                                                                                                                                                                                                                                                         

15 「衆妙の門」 金子光晴・櫻井滋人 講談社  2・7

  

○暁星 平民の学習院 貴族や富豪の御曹司ばかりp10

  ○十二階(凌雲閣)辰野金吾が建てるp13

  ○当時の女学生(略)競争だから凄い 跡見、淑徳、双葉なんてみんな

  そうでね。金がかかっていて若いp66

  ○小林多喜二が虐殺されたかと思えば、銀座通りに戦争成金が花電車の

  ご見物239

  〇◎日本てえ国のいいところは、素寒貧でもどうにか生きていける。恥を

  かく度胸ができていればね。P240

 

 

 

16「贈与論 他二篇」モース 岩波文庫  2・11     

 p230

節・三つの義務―与えること、受け取ること、お返しをすること。与えるもの

はポトラッチの本質である。首長たるものはポトラッチを与えねばならない(略)

 ○交換のアルカイックな形態、すなわち、贈り物を与え、それにお返しをする

 ことからなる贈り物の交換(を見い出した。) 「贈与論」二章 p298

  (50贈り物というのは、神々への捧げ物とどこか似たところがある

    アリストテレス「ニコマコス倫理学」3章

 〇招待というのはしなくてはならないものであるし、それらを受けなくては

 ならないものである。私たちはいまだにこのような習慣をもち続けている。

   P396  同4章

 ○・「ローマ法の歴史」ミネルヴァ書房2008

 

 

 ◎17「西洋哲学史 古代より現代を合巻」ラッセル みすず  2・12

 

   ○アウグスティヌス もっとも優れた純粋に哲学的な作品

      ・『告白』第十一巻p348

     無からの創造は不可能である、というギリシア的見解はキリスト教時代

    にも間をおいて幾度か唱えられたきたのであり、これは汎神論を生み

出している。P348

   ○聖キリルス:アレキサンドリアの最大司教(412—484)     p363

    ユダヤ人虐殺をそそのかした。高名たるに値する主著は根拠はヒュパティ

アを私刑に処したこと。新プラトン主義の哲学を固守し、その才能を数学に

捧げていた。(略)これ以後アレキサンドリアはもはや哲学者によって悩まさ

れれることがなかった。

○・ダンテの『新生』は疑いもなくボエティウスに影響を受けたp365

〇アベラールのもっとも有名な著書・「然りと否」p431

○歴史に見られるあらゆる失敗のうちでフリードリヒの敗退は最も興味ある

ものの一つであるp442

〇カタリ派の教義は確実に知ることは不可能→同派の敵たちが証言している

ことにすっかり依拠しなければならない P442

○ヴァルドゥス派 ボヘミアでは後代のフス派への道を切り開いたp442

○人里はなれたアルプスの渓谷やアメリカ合衆国でこの派は現在まで残存し

続けている p443

○フス 身の安全を保護すると約束 コンスタンツで焚殺の刑p478

○ワットタイラーの指揮した農民一揆 同じような境地にいたルターと

ちがってウィクリフはその蜂起を非難しなかった オックスフォード大学

もウィクリフ擁護p480-1

〇中世は闘争の必要もなく死滅したのではないp482

○◎サヴォナローラとレオナルドとは同じ年に生まれている(←中世

哲学結びのページ)」

近代哲学 〇ヘーゲルはスピノーザの影響によって自らを救っているp487

〇中世的世界観に対置されるところの近代的見地は、ルネッサンスとp489

呼ばれる運動とともにイタリアで始まった 最初は数人ことにペトラルカ

○◎1250年にフリードリヒ二世が死んだ後にイタリアは概して外国の干渉

から自由であった。P489

○サヴォナローラを除いて当時のいかなるイタリア人も、公共的目的のため

に何らかの冒険をおかす、といったことはまずやらなかったp496

〇「全て武装した予言者は征服に成功し、武装していない予言者は破れてい

る」p498 後者の一例サヴォナローラ マキャベリ→サヴォナローラに非常

に感銘p498

  ○モーアは殉教をとげ、エラスムスは無為に沈んでいった。P506

  ○「愚神礼賛」→ルソーの「サヴォアの牧師」に示された見解―

  真の宗教は頭ではなくてパトスからくるものであり、こういった神

学はすべて余計なものだという見解―が初めて現れている文学p509

○成り上がりの占星術師に人々は耳を傾けている(ルッターのコペル

ニクス批判)p523

○◎17世紀のオランダは思弁の自由があった唯一の国p552

  ○懐疑主義がもしどこかでとどまらなければならないとすれば、その

  方法が、極限的な結論のみを生じうる⇒論理的に明らかp560

  ○◎スピノザの世界観は、人間を恐怖の圧政から解き放つ意図をもっている。

  「自由な人間は死というものを最も軽視する。そして死ではなく、生につ

いて冥想することがその人の知恵なのである」スピノザは、この格言に

もっとも完全に従って生きた。P567

○◎ロックは「理性」と「悟性」の区別を厳格にはしていないのであるから

「人間悟性論」と慣用に従って訳したが、ここでは、「理解力」としておく。

                        understandism  p600

  ○『人間悟性論』第三巻は言葉というものを扱っていて、形而上学者たちが

  世界に関する知識として呈示するものが、全く言葉の遊戯であることを主と

して示そうと務めているp603

○◎ロックの「政治論」→自ら「自然のままの状態 」state of natureと読んだ

ものがあらゆる人間的政治に先行するものだと想定する

 “自然法”が存在する→神のさまざまな命令から成るp615

○自然のままの状態や自然法についてロックが述べていること

 →独創的でなく、中世のスコラ的教説のくりかえし→アクィナスp616

〇ロックの自然のままの状態 野蛮人たちの生活の描写でなく、つねに「理性」

に従う(略)有徳なアナキストたちの空想社会を叙述→「理性」とは「自然法」

と同じp617

○「自然のままの状態を支配するものは自然法であって、その法は万人を拘束して

いる」~「われわれは全て神の財産である」❣p618

○道徳率が成文法規から独立しているかぎり、その道徳率を「自然法」と同一視し

ていいであろう。

(ユダヤ成文法は可能なその道徳率をかねて)

成文法は可能なかぎり自然法によって導かれ鼓吹されたものであるべきだp621

〇ヒュームの「人間本性論」は三巻に分かれていて、それぞれ理解力(「悟性」

と訳されるunderstanding)、情熱、道徳をとり扱っているp652

 二部 ルソーより現代まで

 18章 浪漫主義的運動 18世紀の後半より現代に至るまで芸術や文学、哲学

  そして政治さえもひろい意味で、浪漫主義的運動と呼びうるものの

  特徴であるところの、ある種の感情によって影響をこうむってきた。P667

  〇◎浪漫主義的運動における最初の偉大な人物はルソーであるp667

○一つの社会勢力としてのルソーの巨大な重要性を我々は承認しな

ければならないp678

○◎『社会契約論』→この著書はその性格においては彼の大部分の著

作とは異なっている→情緒性はほとんどなく、綿密な知的推理 p688

 その1章は次のようなきわめて力強い修辞に始まっている。「人間

  は自由でありながらあらゆるところで鎖につながれている。(略)

  〇◎『純粋』⇒最も重要な著書 カント       p699

   「我々の知識で経験を超越しているものはないが、それにもか

かわらず我々の知識の一部分は先天的(アプリオリ)なもの」

○◎空間や時間は概念ではなくて、「直観」の形式であるp700

〇◎『道徳形而上学』1785に述べられたカントの倫理体系は少なか

らず歴史的重要性をもっている。この著作には「無上命法」(あるいは定言的命法)という考えが述べられている。p702

○〚永久平和論』のためにカントは、1993年以降、自国において

  声望を失った。p704                       p705

  ○◎我々の感覚が原因―この原因となるものをカントは「ものそれ自体」あるいは「本体」noumeraと呼んだーを持つ、ということを彼はあらゆる場合に疑問視してはいない

 〇◎精神は白紙(タブㇻ・ラサ)である。(ロック)p714

  ○もしカントが存在してなかったらば、ヘーゲルの体系は生まれなかったはずである→ヘーゲル:あらゆる偉大な哲学者のうちで、最もその理解が困難な人物p722

  ○◎知識は悲しみだ。最大の知識をもつ者が、

  知識の樹は生命の樹ではないという、

  致命的な真理の前に最大の、

  悲歎にくれねばならぬのだ。  バイロン p742

  〇ショーペンハウアーはものそれ自体あーを残存させ、それを意志と同一視←→フィ

ヒテやヘーゲル ものそれ自体をとり除くp747

○◎いったい何のことや、自分にも

 まだわからぬことを余はやるつもりだー

   しかしそれをば、地上の恐怖としてみせる。  リヤ王

    →これがニーチェ哲学の要約なのだ。P759—60

  ○オーウェンはベンサムの友人であって、ベンサムはオーウェンの事業に少なからぬ額の金を投資してはいたp773

  〇◎永遠的なものへの愛好心が、他人の労働に依存して暮らす有閑階級の特徴であるようにいわれているが、私はそれ

  が本当であるかどうか疑うものが多いp778

  ○◎持続が自らを呈示するのは、なかんずく記憶においてである。なぜなら記憶にお

いては過去が現在に生きているからである。P788「物質と記憶」

〇「本能のみが遠隔における知識である。それは知性に対して、視力が触覚に対してもつのと同じ関係をもっている。」ベルグソンp790

〇ある種の狂気―フィヒテとともに哲学に進入 近代人がおちいりがちな力への陶酔

→陶酔は現代における最大の危険であり、その陶酔に寄与するいかなる哲学も、巨大

な社会的災禍をもたらす危険を増大させつつある、と私ほ信じている。P820