ドイツを代表する哲学者、カントは1795年に「魂の器官について」というエッセイを執筆している。

 

1781年に「純粋理性批判」を刊行し、1788年に「実践理性批判」を刊行し、更に1790年に「判断力批判」を刊行した後である。

 

ドイツ人神経解剖学者サミュエル・トマス・フォン・ゼンメリンクSamuel Thomas von Sömmeringがカントに「魂の器官について」という書籍の草稿を送ったところ、カントが返答したのだが、この返答はカント全集などに残っている。

 

さて、本稿は、カントでなく、解剖学者フォン・ゼンメリンクに焦点を当てる。ちなみに、ゼンメリンクという氏については、その日本語訳には揺れがあり、文献によっては、ソンメリングと記載されている。

 

フォン・ゼンメリンクは1778年に脳神経が12対あると公表したことにより、医学の歴史に名前を残している。それまでは、イギリス人解剖学者、トーマス・ウィリスThomas Willisが1664年に発表したように、脳神経は9対あるとされていた。

 

「魂の器官について」というタイトルになっているが、前半は脳の構造に関し、当時の解剖学における最新の知見が紹介されている。現代の解剖学の用語を使うと、第3脳室、第4脳室、脳脊髄液などに関する知見が記載されている。

 

「魂の器官について」というエッセイの後半は自然哲学に関し、心と身体との問題を扱っている。

 

デカルトは心身二元論を提唱するとともに、松果体が精神、魂に関連して特別な機能があると提唱した。フォン・ゼンメリンクは、デカルトと同様に心身二元論に立脚するのだが、松果体でなく、脳脊髄液が五感の知覚に関連して、特別な機能があると提唱したのである。

 

ところで、フォン・ゼンメリンクが活躍した18世紀後半を振り返ると、ヨーロッパ社会全般に、宗教、教会の影響が強く残っている。ダーウィンが「種の起源」を発表したのが1859年であり、その後、進化論が定説になるのだが、20世紀、21世紀になっても、進化論に対して、一部から批判を受けることがある。

 

フォン・ゼンメリンクの時代背景を考慮すると、脳という物質が心という機能を担当しているというような心身一元論は到底、容認されなかったのではないのかな。

 

そこで、脳の構造という物質面だけでなく、魂soulというような精神面についても考察して、一冊の書籍にまとめたのではないのかな。