昨日、12月8日に開催されたAAMT創立30周年記念『AAMT2021, Online ~機械翻訳最前線~』について紹介いたします。

 

なお、AAMTという略語の一部となっている「MT」は、機械翻訳machine translationを意味します。本稿では、「機械翻訳」という用語について「MT」という略語が用いられています。

 

安達久博日本翻訳連盟会長は、「翻訳業界とMTとの過去、現在と未来」というタイトルで講演をなさいました。日本翻訳連盟会長という立場を反映し、この講演は日本翻訳連盟に関するトピックが中心でした。

 

勝田美保子日本翻訳連盟初代会長も、1980年代から機械翻訳の研究に関わっていたという逸話を紹介いたしました。

 

なお、初代会長は、今年、2021年に93才で亡くなっています。故人の冥福をお祈りいたします。

 

また、日本翻訳連盟はJTF翻訳祭を主催していますが、その沿革を紹介いたしました。ちなみに、JTFは、日本翻訳連盟の略語になります。

 

第1回JTF翻訳祭は、平成4年9月26日に東京都千代田区永田町の星稜会館で開催されました。

 

翌年、平成5年に開催された第2回JTFでは、国際文化科学技術翻訳研究所がUNIXに対応する翻訳支援ツールを展示し、更に実演をしたそうです。

 

AAMTは今年、2021年に30周年であるのに対して、日本翻訳連盟JTFは、今年40周年になります。2021年10月に第30回JTF翻訳祭が開催されました。

 

産業技術総合研究所人工知能研究センターの辻井潤一先生は「長尾先生の言語観と例からの機械翻訳」というタイトルで講演いたしました。

 

最初にAAMTが設立される以前の言語処理と言語学について紹介いたしました。

 

AAMT設立前の言語処理としては、「やまと」という名称の機械翻訳用計算機を紹介しています。電総研の和田弘氏が1958年に「やまと」について研究を始めています。

 

チョムスキーが構造主義に関する言語理論を構築し、文脈自由文法context free grammarを提唱しましたが、「やまと」は文脈自由文法を実装していました。

 

AAMT設立前の言語学としては、アメリカ構造主義言語学のレナード・ブルームフィールドLeonard Bloomfieldについて紹介し、更に、1933年の著書、Languageに言及しています。

 

ブルームフィールドはアメリカ・インディアンの言語を研究していたのですが、英語の直観が使えないという特徴があります。

 

また、言語的相対論として、言語は話者の思考や世界観に影響を与えるというSapir-Whorf仮説を紹介しています。

 

長尾先生が所属していた京大の言語学は言語的相対論に影響を受けており、人間の心の中で言語は大きな役割を果たしている、という立場を採用しています。

 

長尾先生のことば「言語は人間の情報処理の根幹にある。言語処理は、将来の情報処理の中核になる。」を紹介するとともに、その先見性について指摘しています。

 

長尾先生の研究は、言語研究の方向性と研究の動機が二項対立になっているそうです。

 

言語研究の方向性には、経験主義的指向性と認知主義的な傾向の双方があります。

 

経験主義的指向性としては、記述言語学、アメリカ構造主義言語学を研究するとともに、コーパスから辞書を作成しています。また、統語論のみを取り上げるチョムスキー流構造主義に批判的とのこと。

 

認知主義的な傾向としては、語用論や人間の内的処理も研究しています。

 

一方、研究の動機としては、社会に貢献するという社会的な使命感から機械翻訳プロジェクトを始めています。また、研究の動機には知的な探求心もあり、このような動機から人間の情報処理や人工知能の対話について研究しています。

 

ところで、現在の経済産業省に対応する省庁は通商産業省になりますが、当時の通商産業省が、1982年から1992年にかけて第5世代コンピュータという国家プロジェクトを推進しました。

 

その当時の機械翻訳について紹介しています。

 

1986年4月にATR自動翻訳電話研究所が設立されていますし、1987年にアジア近隣諸国の言語を機械翻訳するプロジェクトが始まっていますし、

 

1987年9月に箱根でMT Summit(MTとは機械翻訳を意味する)が開催されたのですが、MT Summitがその後、AAMTに進化いたしました。また、この進化の過程で長尾先生の社会的な使命感が顕在化しています。

 

さて、長尾先生の言語観にトピックが移るのですが、言語表現は様々な要因の重なりで発現している複雑なものという言語観です。

 

即ち、無限集合を生成的に定義する生成文法に批判的です。

 

言語は有限集合ですが、膨大な有限集合であり、集合として閉じるというのでないとしています。

 

演繹的に無限に言語を生成する規則というシステムというより、類推、帰納、メタファーなどを重視しています。

 

また、言語としては非文であっても、現実の日常会話では非文が使われることがある、という指摘もしています。

 

京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻の黒橋禎夫教授と、早稲田大学基幹理工学部 情報通信学科の河原大輔教授が、合同で制作した長尾真先生の追悼動画が、放映されました。