ハンドルネームbemsj氏が管理人となっているウェブサイト『マイクロ波可聴効果を利用して会話の音声を送信することは可能か?』では、『4A. 1989822日に成立した米国特許4858612号(発明者:特許権者 フィリップ・L・ストックリン)』というセクションで、下記のように記載しています。

 
引用開始
 
注:特許の限界
特許は、その実効性・実現性を保証しているものではありません。
 
極端にいえば、「今までにない、もしくは今までに公開されていない」、そして、「単なる既知のものの組み合わせではない、もしくは容易に組み合わせではできない創意が含まれている」新規性があれば、よいのです。
例えば、「鉄を50%プラスマイナス2%、銅を40%プラスマイナス2%、アルミを5%プラスマイナス1%、モリブデン5%プラスマイナス1%の重量比で組み合わせて、混合し、1000℃で2時間加熱し、その後25℃まで10分で50℃の割合で、徐々に冷却したことを特徴とした磁石の製造」という特許を申請したとします。
 
引用終了
 

『特許は、その実効性・実現性を保証しているものではありません。』という部分が間違っています(文献1)。米国、日本などの特許法は、審査主義を採用しており、特許庁審査官が拒絶理由について審査しています。

 

拒絶理由がない特許出願について特許査定する一方、拒絶理由がある特許出願については拒絶理由を通知します。

 

ちなみに、代表的な拒絶理由は、新規性、進歩性、実施可能要件、特許クレーム記載不備などがあります(脚注1)。

 

上記の引用部分は、新規性及び進歩性だけがあればよい、という主張になるのですが、現実は全く異なります。特許庁審査官は、実施可能要件、特許クレーム記載不備も審査しており、拒絶理由を出願人に通知しています。

 

例えば、特許庁審査官は、マイクロ波を頭部に照射して、音声を送信する通信が不可能と判断したときには、容赦なく出願人に拒絶理由を通知します。

 

このときの拒絶理由は実施可能要件などという甘いモノでなく、そもそも発明として成立していないという理由になります。日本国特許法では291項柱書違反ということになりますし、米国特許法では101条違反ということになります。

 

物理法則に違反する発明について特許が成立するほど審査が甘いなんてことはありえません。新規性、進歩性などについて審査する前提は、発明が成立していることになります。

 

発明が成立してないような場合、審査実務では新規性、進歩性などの審査は思いっきり手抜きします。そもそも発明が成立していないときには、新規性などについて判断する必用はないのです。

 

発明でないという拒絶理由は二つのタイプがあり、発明者が創作した無体物は特許法上の発明成立要件を満たすが、明細書の記載不備が著しく、特許法上の発明でないと判断される場合と、発明者が創作した無体物はそもそも特許法上の発明成立要件を満たさない場合です。

 

実施可能要件とは、その技術分野におけるその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであることであり(特許法3641号)、米国特許法112条第1段落もほぼ同様の規定になります。

 

要するに、同じ技術分野の研究者が発明を再現できる程度に記載していることが求められます。

 

ところで、一般社会における知名度はイマイチなのですが、弁理士という職業があり、出願人を代理して、特許庁に提出する出願書類を作成したり、拒絶理由通知に対応する意見書という書類を作成しています。

 

このような職業が成立する理由は、特許法が複雑怪奇であり、科学技術の専門知識がある研究者では、特許法に記載されているポイントが分からず、所定の書式を満たす出願書類を作成できなかったり、拒絶理由に対応する書類を作成できないからです。

 

弁理士を経由することなく、発明者本人が特許出願書類を作成したときには、発明でないモノについて特許出願をすることがあります。一方、弁理士が特許出願について依頼を受けたときには、そもそも発明として成立していないような案件は受任しません。

 

ところで、bemsj氏は、『鉄を50%プラスマイナス2%、銅を40%プラスマイナス2%、アルミを5%プラスマイナス1%、モリブデン5%プラスマイナス1%の重量比で組み合わせて、混合し、1000℃で2時間加熱し、その後25℃まで10分で50℃の割合で、徐々に冷却したことを特徴とした磁石の製造』

という特許クレームを例示します(文献1)。

 

これは、記載不備という理由で拒絶されます。

 

1つの理由としては『磁石の製造』でなく、『磁石の製造方法』という記載にすることが求められます。

 

2つめの理由としては、磁石を製造する工程では、磁場を印加することが必須なのですが、上記の特許クレームでは磁場が印加される条件が記載されていません。加熱、冷却するプロセスで磁場を印加しない限り、合金がキチンとした磁石になりませんが、審査官はこの程度はチェックいたします。

 

この事例では特許クレームに磁場に関する条件が記載されていることは必ずしも要件になりませんが、特許明細書に磁場に関する条件が記載されているのは必須になります。

 

ところで、特許明細書の作成という観点では、磁石という用語が要注意です。

 

この点は拒絶理由にならないでしょうが、強い特許か弱い特許かは、磁石という用語に関連する記載で決まります。磁石が形成する磁場がどの程度以上のものかは特許明細書に明記する必用があり、磁力があまりにも弱いときには、そもそも磁石でないので、特許権の権利範囲に含まれないというような議論が成立するのです。

 

要するに、特許を取得するときには、広い権利が望ましいのですが、特許明細書に磁石について何を記載するかにより、権利範囲が広くなったり狭くなったりします。

 

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文献

1 著者:bemsj

タイトル:マイクロ波可聴効果を利用して会話の音声を送信することは可能か?

編集開始:2016-5-31 最初のWEB公開:2016-6-4 更新;2017-10-25

ウェブアドレス:http://denjiha-emf.o.oo7.jp/RF15_Microwave_hearing.htm

2017123日にアクセス

 

脚注

新規性は日本国特許法291項、米国特許法102条、進歩性は日本国特許法292項、米国特許法103条、明細書記載要件は日本特許法364項、米国特許法112条第1段落、特許クレーム記載要件は日本特許法366項、米国特許法112条第2段落になります。米国特許法では進歩性という用語でなく、自明性という用語が一般的であるが、法律上の概念としては進歩性も自明性もほぼ同様であり、微差があるのに過ぎない。