トーマス・サズ(Thomas Szasz)ニューヨーク州立大学
シラキューズ校精神医学教授は、
1960年に「精神病という神話」という論文を発表し、
1961年に同じタイトルの書籍を出版しました。
これらの著作によると、社会的、道徳的に
望ましくないとされている行動をした人に対して
精神病という烙印を押しているに過ぎず、
精神病という病気は存在しないと立論しています。
そもそも病気というのは、細胞や、細胞が集合した組織や、
全体として一定の機能を担う器官に形態又は機能に異常がある状態をいい、
社会的、道徳的に望ましくないとされている行動をしても、
脳という器官の形態にも機能にも特に異常がないとしています。
例えば、1851年にサミュエル・A・カートライトという
アメリカ人医師が黒人に特有の精神病として、
ドラペトマニアという病気があると発表しました。
ドラペトマニア(Drapetomania)という精神病は、
「逃亡奴隷精神病」と翻訳されることもあり、
黒人奴隷が逃亡を渇望する精神状態を意味します。
サミュエル・A・カートライトが考案した治療法は、
患者から悪魔が出て行くように鞭打ちをおこなうことであった。
この病気は学会発表されルイジアナ医学会によって
精神病であると認定され新聞などに載り広く認知されることになった。
要するに、黒人奴隷が苦役から逃げ出すのは
医学的に精神病であるとして、
その治療のために鞭打ちを行うことは
虐待でも暴力でもなく正当な医療行為であるとしたのである。
この異常な説は当時のアメリカ南部では広く受け入れられていた。
トーマス・サズ(Thomas Szasz)ニューヨーク州立大学
シラキューズ校精神医学教授は、
1961年に発表した「精神病という神話」という書籍にて
ドラペトマニアというような精神病は存在しないと論述しています。
黒人奴隷が農場から逃亡しても、
別の脳に器質的な異常や機能的な異常があるわけでも何でもないのです。
また、「精神病という神話」が出版された時代、アメリカ精神医学界は、
同性愛を精神病の一種に分類しており、同性愛は治療の対象でした。
これに対して、21世紀の現代では、アメリカ精神医学界は、
同性愛を精神病と認定していません。
このように、社会的、道徳的に望ましくないとみなされた行動について
様々な精神病の病名が付されているのです。
トーマス・サズ(Thomas Szasz)
ニューヨーク州立大学シラキューズ校精神医学教授は、
このような精神状態は医学的に精神病とされていても、
実は病気でも何でもないと立論しているのです。
トーマス・サズ医学教授が提唱した概念が発展して、
医療化(medicalization)という用語が創られています。
医療化(medicalization)とは、
社会的、道徳的に望ましくないとみなされた行動に対して、
次第に医学的に病気というレッテルが貼られる過程をいいます。
典型的には、精神病の病名が付されます。
最近では、ADHDという精神病が医療化の例であり、
落ち着きがない子供に薬を販売することができるようになっています。
また、老年性アルツハイマー病は女性の閉経のように、
老化に起因して、多かれ少なかれ必然的に起きるものでもあり、
医学上の病気と言い難いものがあります。
しかし、最近は、精神病の一種ということにして、
投薬治療を推進する傾向にあります。
精神医学の専門家が精神病に分類している精神状態であっても、
本当に病気か否かは怪しいものがあります。
病気というからには、脳神経系の正常な機能が解明されて、
脳神経系の特定の部位に異常があることを示すことが求められます。
ところが、脳神経系の機能が解明されていない現状に付け込んで、
病気でないものを病気としているのかもしれません。
すると、精神病院に大量の患者さんが入院して、
精神科医が繁盛することになります。
参考文献
論文タイトル:Medicalization and social control
タイトルの和訳:医療化及び社会コントロール
著者:Peter Conrad
雑誌:Annual Review of Sociology Vol. 18,1992, 209-232
ピーター・コンランド、ジョゼフ・F・シュタイナー著
進藤雄三、近藤正英、杉田聡翻訳
『逸脱と医療化―悪から病いへ』
ミネルヴァ書房 2003年 ISBN 4623038106
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