日本では、博士号を取得すると、大学に残って、
教授を目指すものという先入観がある。

筆者も東大の大学院に進学していることもあり、
友人に教授も多い。

私は、結局、米国の大学院で博士号を取得しているが、
米国では、博士号を取得しても、企業に就職する人が多かった。

その理由は簡単である。

大学に残るより、企業に就職する方が給料がよいのである。

筆者が卒業した大学院は、米国の州立大学である。

ある日、研究室で会話をしていると、
米国では公務員の年収は情報公開の対象になると聞いた。

そこで、その大学の図書館に行って、
教授など教師陣の全員の年収が情報公開されているか調べてみた。

すると、指導教官の年収がバッチリと掲載されていた!

大学教授の年収は実に安かった。

教授になる前の助手の年収は更に安かった。

大学教授を目指すというのは、
馬鹿げたことだというのが良く分かった。

研究生活は長時間労働であり、
研究が成功することもあれば、
そうでないこともある。

その見返りとなる年収が実は...

ネットでも、大学教授の年収は検索できて、
大体のことが分かる時代である。

日本では、早くて40代前半、多くは40代半ばで大学教授に就任する。

業績がよい企業の会社員は、同じ年代の大学教授より収入が多い。

特に、金融機関、マスコミ、商社など年収が高いとされている業界と、
大学教授の給料は比べものにならない。

最近、テレパシー装置のしくみなど理工系の読者がアクセスする内容をアップしているが、理工系の読者に言いたい。

年収は低いより高い方がよい。

また、大学院の学歴は、会社に勤務するためのステップという側面もあり、
わざわざ安い給料を選ぶことはない。

下記のウェブサイトで、米国の大学教授の給料が検索できる。

学生時代に私が驚愕した給料より遥かに上昇している。

ドルベースで、約20年で2~3倍になっている。


青色発光ダイオードを発明した中村修二先生は、
カリフォルニア大学サンタ・バーバラにいるが、
2008年の年収は29万9千ドルである。

2012年は30万ドルを超えているであろう。

「大学の先生 part 2」に続く。