米国大学院を卒業した直後の旅行では、ウィーンでアメリカ人の友人と待ち合わせした。

 
友人と私は専門分野は異なるが、友人も博士号を取得した卒業旅行である。友人と私は博士論文が完成するタイミングが少し違っていた。
 
ウィーンを起点として友人と二人で旅行した。
 
ウィーン観光となると、シュテファン大聖堂であるが、友人と一緒にシュテファン大聖堂のミサに参列して、厳かな気分になった。
 
神父はドイツ語で説話したのだが、ところどころ単語は拾える。しかしながら、ドイツ語は良く分からない。
 
レストランで料理を注文したり、ホテルの受付で会話するのは、ドイツ語で何とかなる。しかしながら、ドイツ語で何とかならないような会話になった場合、英語で会話すれば、意思の疎通はできる。
 
ウィーンのシェーンブルン宮殿は、豪華で壮大であり、花壇の手入れが行き届いていた。このように華麗な宮殿は、米国でも日本でも見たことはない。
 
ハプスブルグ家は、シェーンブルン宮殿を夏の別荘に使っていたことを知って、なぜ、オーストリア・ハンガリー帝国が崩壊したか一瞬で理解した。
 
 
普通の庭ではなく、花が咲き乱れる美しい庭園がある絢爛豪華な宮殿を一家族で独占して、その維持費が税金で賄われている。
 
しかも、この豪華極まりない宮殿に、一年中、暮らしているのでなく、夏のバケーションのために、これだけの宮殿が建設され、維持されているのである。
 
王侯貴族は一般国民とかけ離れた豪奢な生活をするものであるが、それにしてもね。