第49回ホビーショーに行ってきました~ | takaのゲームやらアニメやらの雑記

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あんま更新してないですが、主にゲーム(forzamotorsports4)やらアニメやら車などのことを書いていきます。
適当にだらだらと更新不定期です。

こんばんわRBです今回わ第49回ホビーショーイベントレポをしたいと思います。

まずはエブロから
ここは新製品で日本グランプリに出た、いすゞR6とか日産GrC最後のプロトNP35などなかなかマニアックなミニカーを今後ラインアップするそうです。

東方系痛プラモ制作日記
東方系痛プラモ制作日記
ほかにも95年GTにでてたジョンソンマックス(10号車)やBPアペックスクラフトトレノ(86号車)が新たにラインアップされます。
< />あとは今期GTのHSVやGTR、レクサスも飾ってありました、多分発売は10月頃かと。

東方系痛プラモ制作日記
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自分的にかなりNP35といすゞR6が気に入りましたw。流石にR6の登場は予測してなかったのでw。(いすゞ最初で最後のレーシングプロトカーです。)
続いて文化教材青島さんとこには、カウンタックが展示されてました。LP400です、ここは毎回実車を展示してるから面白いなぁ~と。


東方系痛プラモ制作日記
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んで新製品はカウンタックのプラモデルとか、あとAZ-1が出るみたいです。痛車シリーズでは新たに今放映されているangelbeats!がロードスターでモデル化されます。(買おうか迷うw)あとAIRのFCとリトバスのFCの完成品が展示されていたのでパシャっと

東方系痛プラモ制作日記
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しかし青島の痛車の使いまわしはひどいなぁ~と、らきすたでロードスター使ったのにまた同じモデルで違う痛車をやるとなると違うベース車で作りたくなってしまう。てかマツダ車多すぎだろwなんで日産車やスバルとかで痛車出さないいんだろう?(いじょ独り言ですたw)
あとARX-07アーバレストがついにプラモデル化!。フルメタルパニックは最近見てたのでM9と一緒に欲しいかもw
東方系痛プラモ制作日記
続いてHPIさんところは70スープラのボディと31Zのラジコンボディを展示してました。あとワイパーキットなどもw
東方系痛プラモ制作日記
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ラジコンは雨天走らせないのになんでワイパーきっとなんかをw。
つづいてタカラ、トミーを、トミカが来年で40周年らしく、30のシルエットを細かく再現したモデルが展示されてました。

$東方系痛プラモ制作日記
あとこちらはフジミさんとこからは、GTP-ZXのミニカーも今後発売されるらしいです。JSPC初期の車で、今後IMSAに参戦し連戦連勝を重ねる車です。星野さんや長谷見さんらがドライブしてました。
東方系痛プラモ制作日記
東方系痛プラモ制作日記
バンダイさんとこはZZガンダムがついにHGで販売されるみたいです。やっとって感じですが、今後ZZシリーズの機体を出して欲しいです。
(ドライセンとかRジャジャとかドーベンウルフとかメガライダーとかもw)

東方系痛プラモ制作日記
あとはRGというHGとは違ったガンダムが発売されるみたいです。
いじょイベントレポですた~

さて話変わりまして、日本GPのR380シリーズが揃ったので記事でも。
まず66年R380(8)67年R380Ⅱ(9,10号車)

東方系痛プラモ制作日記
プロジェクトXでも取り上げられましたR380です。タキレーシングチームと激しいバトルを繰り広げ優勝したR380ですが1964年完成、1965年には茨城県筑波郡谷田部町(現・つくば市)にあった自動車高速試験場において横山達ドライブによって7つのスピード国際記録を樹立する。
1966年8月にプリンス自工は、日産自動車と合併する。当時、日産においてもプロトタイプレーシングカーを開発中であったが、R380を継続使用することとなり、車名も正しくは「ニッサンプリンスR380」となる。以上wikiより抜粋
搭載されたGR8型エンジンは、当時のグロリア、スカイラインに搭載されていたG7型直列6気筒2,000ccエンジンをベースに開発された専用エンジンであり、ベースにしたとはいえほぼ新設計に近い形で開発・設計が行われた。
G7のボア×ストロークは75mm×75mmのスクエアであったが、これを82mm×63mmのショートストロークタイプとし、総排気量は1,996ccとした。
クロスフロー、気筒あたり2バルブのSOHCから、4バルブ、リフタ直駆動式DOHCへ変更し、吸排気効率をアップさせた。
潤滑はドライサンプ方式を採用。
燃料供給は、ウエーバー社製ダブルチョーク40DCOE型キャブレターを3連装とした。
以上のような状況から、当初は200馬力前後、最終的には公称で255馬力を発揮するエンジンとなった。なお、このエンジンをベースにストロークを0.2mm短縮し、一般道での使用を考慮したチューニングならびに一部設計の変更を行ったのが、C10型スカイラインGT-R(PGC10・KPGC10型)に搭載されたS20型エンジンである。
と、後のGTRに積まれるS20egの基の車である。


続いてR381
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1967年の日本グランプリで敗れた日産自動車は、R380の次のステップとして大排気量のビッグマシン投入を考えた。そこで開発されたのがR381である。当初はグループ6規定に合わせ、クローズドボディで製作されたが、68年の日本グランプリでは、当時Can-Amで主流だったグループ7規定の参加も可能になったため、既に製作されていた1号車、2号車は屋根とヘッドライトを取り払い、グループ7規定に改造された。3号車は最初からオープントップで製作された。エンジンは自社製が間に合わず、桜井眞一郎からの依頼によりドン・ニコルズの仲介で当時Can-Amで主流だったムーンがチューニングしたシボレーの5.5リットルV型8気筒を購入し搭載した。
このマシンの最大の特徴が、エアロスタビライザーと呼ばれる可動分割式ウィングである。これは油圧式でリアのウィングを動かし、コーナリング中のダウンフォースを上げるもので、このためR381は「怪鳥」の異名をとることとなる。
いじょwikiより抜粋この車なんとコーナリング時にウイングが動くのですw他にも当時のレーシングプロトのポルシェやシャパラルなどもウイングが動きます。
続いてR382

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10月開催となったグランプリ(前年までは5月開催)を目指し、新型のR382がシェイクダウンされたのは7月。可変ウィングが禁止されたため、リアはダックテール形状となり、R381以上にウェッジシェイプのマシンとなった。グランプリ連覇を狙う日産は、よりパワーアップを求め、6.0リットルに拡大されたGRX-3型を開発、8月にシェイクダウンされた2号車に搭載される。しかしこの6リットルに拡大されたエンジンが世に公表されたのは、グランプリ決勝の2日前だった。
1969年の日本グランプリには、ワークスポルシェ・917、5リットルトヨタ・7が参戦、日本モータースポーツ史上、一つの頂点と呼べるレースとなった。このレースにR382は、高橋国光、北野元、黒沢元治ドライブで3台がエントリーした。
予選でポルシェ、トヨタを抑えR382は1-2-3。決勝ではウィークポイントのクラッチに負担をかけないよう慎重なスタートとなり、ポルシェ、トヨタの先行を許すもすぐに抜き返し1-2-3フォーメーションを築く。その後高橋車がトラブルで遅れるも黒沢、北野で1-2フィニッシュ。日産にとって2年連続のグランプリ制覇となった。
翌1970年6月7日、富士インター300マイルに、R382はグランプリ以来初めて姿を見せる。このレースでも北野、黒沢で1-2フィニッシュを果たす。しかしこの翌日、日産自動車は公害対策に集中するため、70年日本グランプリの欠場を発表する。結果的にR38シリーズにとってこのレースが最後のレースとなった。その後日本グランプリ優勝車両(黒沢車)はアメリカのCan-Amシリーズ参戦の可能性を探るため米国に送られたが、現地でレースに参戦することはなく倉庫にしまわれたまま長い間放置された状態となった。
以上wikiより抜粋
日産の倉庫に保管されていた高橋車、北野車を復元すると言う企画が持ち上がったが、主にマグネシウム合金で製作された部品の劣化が激しく双方を部品取りとして1台に仕上げるという事になり、当時行方不明だった黒沢車のレプリカが製作される事となった。
2004年になり、米国にあったマシンが発見され日本に移送してレストア作業が進められ、同年のニスモフェスティバルでレストアの完了したR382が公開された。以後年末のニスモフェスティバルで、デモ走行が何度か行われている。
こういった経緯により現在R382の黒沢車が2台存在していることになる。
2004年に筑波で黒澤さんが初走行を担当しましたね。
トヨタ7とポルシェ917の画像もうp

東方系痛プラモ制作日記
東方系痛プラモ制作日記
いじょ昔のレーシングプロトの話しでした。
昔のレーシングプロトカーは面白い形の車がいっぱいあるので面白いです。(モデラーズフリマでAVSシャドウがあったので買おうか迷いましたw)
それではまた。