こんにちは。
いつも、読んでいただきまして、ありがとうございます。
かなり、たくさんのお問い合わせをいただいたり、しておりますが、
これは、命の問題なので、虐められている本人が優先ですので、
お時間をいただいている方、今少しお待ちいただきますよう、
お願い申し上げます。
先日は、虐めの心理構造というものを書きました。
今日は、その流れで、もう少し、砕いて考えます。
虐めの根本原理は、他人と比べることから始まると
書きました。
それをもっと砕いて考えると、
優越感というものを持ちたいが故の行動というのが近いかもしれません。
優越感とは、誰かと比べて、自分は勝っているという感覚です。
ですが、どうしてこの優越感が必要かというと、
虐める側の本人たちが、何らかの劣等感を引き起こし、行動が歪み、
その劣等感を埋めるがための行動が虐めというものなのです。
しかし、もう、現代日本の文化は、
正当なもの、正しいもの以外を美化する歪みがなくなってきたと
言っても過言ではありません。
田舎に行くと、こんな容姿のヤンキーと言われる子どもは、
都会にはいないよっていうぐれた子どもに遭遇することがあります。
一昔前までは、ちょい悪と言われるようなヤンキーや、チンピラ、やくざ風の
振る舞いが子どもの中でもカッコイイとされてきました。
大人の社会も、そんな振る舞いがカッコイイという風潮がありました。
今の社会はというと、
勤勉で、まじめで、正直でという、
日本の文化といわれるような感覚が求められるようになってきたのです。
ここが大切です。
虐める子どもは、何らか、学力や、人間関係の構築力欠如などの面で
劣等感を持っていることが多いのです。
そして、体力的や、親の地位などの面で、
優越感を持っていることも多いのです。
そこで、力関係を誇示するために行われてしまうのが、
虐めという行為です。
この、優越感と劣等感の力関係というものの行き着く先が、
歪んだ行為となり、虐めだということを、理解していただいたら幸いです。
今後も続きます。宜しくお願いします。