一昨日の
「大人にも話し方教室が要るかも」
の続きっぽいです。(^-^;

あなたは「主語」を意識して
話したり書いたりしていますか?




今日も“根っこを掘り出す”
堀美和子のブログにお越しくださり、
ありがとうございます。
あなたに感謝ですっ!






日本語って結構
“あいまいな(構造の)”
言語だと思うんですよね。

文法でいうところの、
主語がなくても通じるし、
主語と述語が
ごっつ離れてても成り立つ。タラー


英語だと主語のすぐ後ろに動詞が
(しかも時制付きで)くっつく。

「誰が」「どうした」が
セットでやってくる。





たとえば"I love you."。

「私は」
「現在」
「愛する」

の後に、
「誰を」=あなたをという構図。




ヨーロッパ系の格変化を伴う
言語だともっと顕著。

"I love you."と同じ意味の
スペイン語"Te amo."だと

"Te"=二人称単数「あなた」

"amo"=「私は愛する」という
     一人称現在形


この2語だけで間違いようもなく
「うちは(今)あんたが好き」
になる。




誰が何する(した)が
嫌でも分かるようになってる。



でも日本語だと

「好きやねん」(誰が誰を?)
「好きみたいやで」(同)

が成立してしまう。




日本語が構造として
そういう性質を持つ以上、


話し手・書き手は
自分が思ってる以上に、

「主語は誰か」
「どうしたのか」を

意識しないと

「今、何の、

 誰の話をしてんのぉ?」
になっちゃう。
(◎_◎;)


特に

「誰が」が分からないと、
途端に話が

かみ合わなくなります。





職場などで
イラっとしてしまう
原因にもなりかねない。



 

 


これを、
構造上仕方ないと諦めるのか

「いやいや、
 元々そういうもんやったら、
 注意して話そう(書こう)」
とするのかで

コミュニケーションの取りやすさが
全然変わってきます。






格別固く考える必要はないけれど、

「今私は『主語』を意識して
 話してるか?」と

ちょっとだけ考えてみる。

 



もし部下の人たちに、
“主語迷子症候群”が出ていたら、




「それは誰の話?」

「『誰が』がないと、
 話してるあなたは分かってても、
 聞いてる側はなんのことか
 分からなくなるんだよ」

と、ちょっとお節介
してみてあげてください。



癖みたいなもんですから、
すぐには治らないと思いますが、

何度か繰り返すと、
相手も気づいてくれそうです。グリーンハーツ


そしたら、無用のイライラが
ちょっと減って、
職場の空気がちょっとだけ
良くなります。
 




自分も意識する。
相手にも意識してもらう。

円滑なコミュニケーションの肝って
こういうことかもぉ~です。




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