古都で町家料亭を取り仕切る若女将さんが
Facebookでこんなことを呟いておられました。
「空間、建築という箱は、
その中に何が入るかで如何様(いかよう)にも変わるのだなぁ」と。
きっかけは、初夏にそのお店で開かれた披露宴。
テーマは「レトロな和の大人婚」。
築160年の日本建築に
西洋のアンティーク(家具+小物)、
お友達は和装で更に場の雰囲気を創る、等々、
そのお館(おやかた)ならではの披露宴だったそうです。
その模様を『ゼクシィ』が取材したというのも納得です。
今日も広報ジャーナリスト・堀美和子のブログにお越しくださり、
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160年前というと幕末。
ペリーの来航(1853[嘉永6]年)から、そう遠くない頃。
恐らく、下田にはハリスさん※がいたんじゃないだろうか。。。
※タウンゼント・ハリス、初代駐日本アメリカ合衆国弁理公使
その頃のアメリカ国旗はこうでした。。。星の数、少ないでしょ。
そんな頃から彼の地にあった料亭。
二度うかがったことがありますが、
時代ごとの使われ方とか、時々の意識みたいなものが感じられて、
目を見はった思いがあります。
古き良きものだけが持つなんとも言えない空気感が、
建物全体から醸されていました。
「伝統」とひとくくりにしたくない、
≪ここだからこそ≫の何か。
同じ古い建物、同じ用途だとしても、
決して同じではない、
そこだからこその
≪たたずまい≫っていうのが、確かにあるんだな、
と深く感じ入りました。
件の若女将さんが披露宴をお世話された感想を、
「見慣れた空間に新たな風が吹き込み、
剛健な町家の秘めた可能性を感じた
印象深いお席でした」
と書いておられるように、
古いもの、慣れ親しんだものであればあるほど、
≪そこだけにしかない価値≫を秘めてるんだと思います。
そう考えたら、日本全国に宝物のような建築物って
星の数ほどあると思うんですね。
あのアメリカ国旗ではありませんが、
星の一個一個が、
その星しか持ちえない素晴らしい何かを持っている。
しかし、悲しいかな、
住宅だけでなくあらゆる建物が“余る”現在では、
星の輝きが見つけ出される前に、
取り壊されていく所も多いです。
特に公共的な建物~学校とか~は、
規模が大きいだけに、お荷物的な存在になっている。。。(泣)
地域の歴史を、人々の生き様を伝えてくれる
物言わぬ証人だというのに。
私、建築って
人が息吹を吹き込んで初めて生きる、
その使命を果たし全うできるものだ、
と信じてます。
かつてそうであったように、
そして、これからもそうであるように。
知人で、
「廃校になった小学校をなんとかできないか?」
考えたいっていう人がいます。
今は亡きご両親の広い家を、
「地域の人が気軽に集え、ここの歴史や伝統を
外の人にも伝えられるカフェにしたい」
と話す人もいます。
町づくりって、そんな小さな一歩からだと思うんですね。
だから、「うちのとこには何もない」と
嘆かれている地方ほど、
足元の、発掘されるのを待っている≪お宝≫を
見逃さないでほしいと思います。
一瞬のきらめきを見逃してしまえば、
もう二度と同じ輝きは戻りません。
そこから、人づくりが、
そして、お客様づくりだって、始まるんですから。
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