「懐中時計修理」その103 ショーケース 2 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

「ええと、、この辺のはずだけどな。」

 

4トントラックのレンタカーで私が乗り付けたのは、夢の島の倉庫街。

 

その中の一画に、Aさんの借りている家具の倉庫はあった。

 

 

「うわーっ、、結構いっぱいありますねー。」

 

予想外に、Aさんの倉庫内はまだアンティーク家具で一杯だった。

 

サイドボード、テーブル、椅子、その他、ドレッサーなど、、仕入れに相当なお金が掛かったのは間違いない。

 

 

「そうなんですよ。 ちょっと前にイギリスに買い付けに行ったばかりなのに、こんなことになっちゃって。 もうちょっと売れると思ったんだけどねー、。」

 

「それにしても、、これを今月中に全部明け渡すって、大変ですよね。」

 

「うん、ハッキリ言ってムリだよね。 どうしても残ったら、最後は業者に金を出して引き取ってもらわないと。 まったくバカな話しだけど。」

 

仕入れてきたばかりの商品を、お金を払って処分する。

 

確かにこんなにバカな話しはないが、、背に腹は代えられないということだろう。

 

私はこの時、置き場の必要な「家具」を商う難しさを、肌で感じた。

 

 

「そうそう、で、マサさんとこにいいって電話で言ってたのは、その奥のヤツなんだけど。」

 

Aさんの指さしたテーブルセットの奥の方にあるのは、ものすごく古そうな長細いショーケースだった。

 

カーブしたガラスが木枠にはまっていて、洒落た猫足のキャビネットの上に乗っている。

 

100年やそこらは経っていそうな貫禄だ。

 

 

「わー、いいなー。これ。」

 

「でしょ? ロンドンのジュエリー屋が使ってたみたいだけど、、コイツに時計とか入れたらバッチリでしょ。」

 

「うん」

 

 

私の頭の中にはすでに、、ガラクタだらけのジャンクヤードの真ん中に、このケースが鎮座している絵が浮かんでいた。

 

普通、5坪しかない小さな店に3メートル以上あるショーケースは大きすぎるけど、、幸い、うなぎの寝床のような形をしているジャンクヤードには、なんとか入る。

 

コイツが入ったら、、自分の店が、少しは立派になるような気がした。

 

 

でも、。

 

すっかりその気になった私にとって、残る心配はただ一つ。

 

「Aさん、これ欲しいけど、、オレに買えるかな?」

 

「いくらでもいいですよ。 マサさんがいいっていう値段で。 売れなきゃどうせ処分するんだから。」

 

「ホントに? オレ、これだけしかないけど、、これでもいい?」

 

 

Aさんに渡した全財産は、たったの20万円、。

 

失礼は承知の上。

 

でも、本当にそれが、私の「精一杯」だったのだ。

 

 

「マサさん、ホントすいません。 また余裕ができたら、お店に寄らせてもらいますよ。」

 

ショーケースの荷積みを手伝ってくれたAさんは、運転席に座った私に頭を下げ、見送ってくれた。

 

見た目はちょっとゴツイけど、心の優しい人なのだ。

 

 

横道に出てハンドルを切った私が振り返ると、まだ外に立っているAさんが、遠くに見えた。

 

でも残念なことに、、Aさんに会ったのは、それが最後だった。

 

 

 

(続く)

 

 

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