「マサズ劇場」その97 性分 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

先週あたりから急に寒くなって来て、いよいよヒートテックのステテコを引っ張り出した。

 

私の作業台は北側の通りに面していて、入り口ドアから隙間風が入ってくるから特に冷える。

 

 

「中島さん、MP 1のガンギの伏石の板、どうしますかねー?」

 

店に来ると、受け板をピンセットでつまんだ岩田が私のところにきた。

 

「ん?どうするって、なにか問題あんの?」

 

「いやー、、鋼の板とニッケルの受け板の見合いの部分なんですけど、面取りしたあとにニッケルの方の端がペラペラになっちゃうんすよ。 まあ気を付けてやってれば大丈夫だとは思うんですけど、、、何度か分解掃除なんかしてるうちに先が欠けたみたいになったらまずいかなー、と。」

 

「え? どこのこと? プロトの面取りした時には気にならなかったけどなー、。 あー、なるほどね。 まあ確かにかなり鋭角に薄くなるなー。」

 

 

こういう部分は、やっているうちにいろいろ出て来る。

 

最終仕上げの段階までは気にならなかったような、ちょっとした問題。

 

最初のうちは細心の注意を払っていれば平気だろうけど、、何回か定期的な分解掃除をしているうちに受け板がみっともないことになったらまずい。

 

自家製ムーブメントのMP 1は「人間の寿命を遥かに超えた耐用年数を持つこと」を前提として作っているのだ。

 

 

伏石の板の形をもう少し変えれば問題ないんですけど、、いいですかね?」

 

「そうだね。でも、どうせ変えるなら先をうんと伸ばしてもらおうかな。 ええと、、こんな感じで、、」

 

私は、手元のメモ用紙に好みの形をボールペンで殴り書きした。

 

「えーっ、、こんな長く延ばしちゃうんですか? んー、、どーすかねー、。」

 

 

私の示した形状は、明らかに岩田の好みとは違っているようだった。

 

こういうのは多分に個人の好みが現れるところで、何人かいればだいたい意見は割れるものだ。

 

実際、その日の夕方に店を訪れた時計師のファビアンに受け板の絵を見せると、「あ、オレは前の方が好き」

 

でも私は、、どちらかというとではなく、ハッキリと変更後の形が好きなのだ。

 

 

子供の頃から、「変わってるね」と言われることがよくあった。

 

もちろん自分ではそう思っていないけど、自分の好みのものや自分のしたいことが周りのみんなと違うのに気づいてはいて、、共同作業が必要な場面では、それなりに擦り合わせながらこの年になったように思う。

 

 

小学校に行くようになったばかりの頃、住んでいた都営住宅の公園に砂場があった。

 

学校が終わるとランドセルをぶん投げてその砂場に集まり、ビー玉転がしをやる。

 

四角い砂場の四つ角にみんな思い思いの台を作り、斜面の途中に半円の穴を作る。

 

上からビー玉を転がして穴に入ったら入れた子の勝ちで、ビー玉を2つあげなきゃいけない。

 

どこにも入らずに終点まで転がれば台を作った子の勝ちで、ビー玉はもらうという遊び。

 

 

人間の性分は、子供の頃にすでに決まっているのだろう。

 

ある者は、いつも転がす役しかやらない。

 

あるものは転がす役をやることもあれば、時には台を作る。

 

台を作ることにしか興味がない私は、、公園に行くのが遅くなって台を作る場所が空いてなければ、ビー玉をやらない。

 

 

ある時、私の台で転がしていた酒屋の息子のKちゃんに「マサくんの台、いつもヘンテコな形だね。」と言われたことがあった。

 

「なんか急カーブで、くにゃぐにゃしてる。」

 

言われてみれば、周りの子の台はもっと真っすぐでなだらかだ。

 

「いいじゃん別に。」

 

「だってさ、急カーブだから玉がなかなか入んないよ。ボクもAくんの方でやろうっと。」

 

向かいのAの方を見ると、、そこには大勢の子供たちが集まっていた。

 

 

そうか。

 

オレの台は、急カーブで球が入りにくそうに見えるのか。だからみんな行っちゃうのか、。

 

でも、自分で気に入っている台を作り変えるのはシャクにさわる。

 

だからグニャグニャはそのままで、、代わりに斜面をデカい穴だらけにしてやった。

 

「おーい。 こっちは穴がたくさんあるぞー。 みんな、こっちでやってみなー。」

 

 

1人、また1人といった感じでみんな集まってきて賑やかになったけど、、当然、やたらとビー玉が入る。

 

そのたびに2つの玉をあげるもんだから、じきにあげるビー玉がなくなった。

 

でも気がつけば、みんながワイワイ寄ってきて騒いでいるのが、私は楽しくて仕方なかったのだ。

 

 

「おー、アレックス、上手いじゃん! キレイキレイ!」「どれどれ? あ、いいね!」「しかも早いし!」「アリガトーゴザイマス」

 

店の奥に目をやると、若手の連中が騒いでいる。

 

那由他モデルのブリッジの仕上げは元々は佐々木がやっていたが、MP 1の製作も始まって手が空かなくなったから、アレックスに引き継ごうとしている。

 

元々スイスの工房でそればかり専門でやっていたんだから、当然といえば当然だろうけど、、篠原がいくつか希望の指示を出しながら試作品のブリッジをやってもらったところ、思っていた以上に上手いし、早かった。

 

使っている研磨剤や道具の違いも関係していて、今では周りの連中も早々に同じ研磨剤を使いだし、何かと参考にしている。

 

一方で、研磨仕上げ以外の作業の経験のないアレックスは、周りで行われているブリッジや歯車の製作なんかに興味があるようで、よくフライス盤や旋盤を覗き込んではたどたどしい日本語で工程を聞いたりしていて、お互いにいい刺激になっているようだ。

 

何はともあれ、みんな仲良く楽しそうにやっているようだから、私としては文句はない。

 

 

結局のところ、ビー玉遊びから50年以上経った今も、私は同じことをしているのかな?

 

 

そんな風に思っているところに「こんな感じだったら、、どーすかねー?」

 

岩田が、変更後の図面を持ってきた。

 

「おー、いいじゃん。よし、これでいこう!」

 

 

伏石の板の先端は、私が書きなぐった形よりも僅かに緩やかなカーブを描いていた。

 

でも、それでいいのだ。

 

 

「ちょっと変わっている私」が100%思い通りにすれば、あまりに突拍子もない品物になりかねないことは分っている。

 

安心安全がモットーの岩田からすれば、かなり頑張って譲った形。

 

そして言い出した私も、充分に満足できる形。

 

 

時計は、ムーブメントだけじゃない。

 

文字盤に関しても、ケースに関しても、何度も何度も、同じようなやり取りを経てできあがってきた。

 

長年の夢だったMasa & Co のオリジナルウォッチは、、良くも悪くも、そういう人間模様を映しだした時計になるのだ。

 

 

 

 

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