金曜日の夜、、、久し振りに寄り道をせずにまっすぐ帰った。
ところが、駅を出て途中のコンビニでタバコと釣り雑誌を買い、団地のエレベーダーホールでインターホンを鳴らしたところで、、、、おやっ、と気が付いた。
良く見ると、、、エレベーダー前の作り付けのベンチに 「薄手の寝間着一枚」 でガタガタ震える男の子が座っていたのだ。
年の頃はうちの長女と同じくらい。
小学校の5、6年生くらいか。
黒縁のメガネを掛けたその子は青白い顔をガタガタ震わせながら両手を深々とポケットに差し込み、、、、痩せた背中をエビのように丸めていた。
無理もない。
コートにマフラー、それから股引きにラクダまで着込んでいる私でも、、、寒くて肩に力が入る夜だったから。
顔だけではなく、全身を小刻みに震わせているその様子からみると、、そのままでは風邪をひく、というレベルではない。
下手をすると、低体温症で深刻なことになりそうだったから、、、とにかく事情を聞いてみた。
「ボク、おうちはここかな?」
「、、、」
「カギ忘れて入れなくなっちゃったかな?」
「、、、」
ガタガタ震えるだけで返事はないが、、、微かに首を振る。
「お母さんはどうした?」 そう聞くと、初めて口を開いて途切れ途切れに話し出した。
「宿題するの忘れたら、、、お母さんに、、どっか行け、って言われた」
「そうか、、。 けどそんな格好じゃ病気になっちゃうから、もううちに帰った方がいいな。」
「、、、二回帰ったんだけど、、怒ってて、、、入れてくれなかった。」
なるほど、そういう事か。
私の頭の中には、かなり 「教育熱心な母親の顔」 がぼんやりと浮かんだ。
「宿題を忘れる」 ということがどういうことか、身をもって体験させようと考えた母親が、、、、薄手のパジャマ姿の息子を 「寒空に叩き出した」 ということなのだろう。
しかし、、、私は思った。 「ちょっと行き過ぎているな。」
時刻は既に10時近いし、、、おまけに外は零度近い寒さなのだ。
「体験させる」 つもりが、、、死んでしまっては取り返しがつかない。
母親を恐れて渋るその子から無理やり電話番号を聞き出して、、、ダイアルした。
電話に出たのは、間違いなく母親だろう。
しかし、状況を説明すると、、、予想外に必死な声。
「父親と探していたんですが、見つからなかったんです。 今すぐ伺いますからどちらにいらっしゃるか教えて下さい!」
「えーっと、ここは○○団地のエレベーターホールです。」
「○○団地の何号棟ですか?」
「えー、、っと何号棟だっけな、、えーっと、、」
情けないことに自分の棲家が何号棟なのかも知らない私が、やっとのことで場所を説明すると、、、すぐに遠くの方から掛けってくる女性が見えた。
「どうも、、本当に済みません。お世話になりました。 ホラッ、アンタもちゃんと頭下げてっ!!」
そう言いながら息子の頭を手で押し下げたその人の顔を見て、、、私はちょっと笑ってしまった。
その顔は、、、寒さに震えていたその男の子と 「瓜二つ」 だったのだ。
母親の後をトボトボと追いて歩いてゆくその子は、、、一度だけこちらを振り返って 「ペコリ」 と頭を下げた。
エレベーターホールに戻り、8階のインターホーンを鳴らすと 「父ちゃん?なんでさっき開けたのに上がってこなかったの?」 と長女の声。
「ちょっと事件があったからな。 いいから開けてくれ」
8階に上がってうちの玄関のドアを開けると、、、、「早く寝なさい! 何時だと思ってるの?」
お決まりのカミさんの文句が聞こえてきた。
子供のくせに夜更かしの長女は、、、毎晩怒られているが一向に直らない。
散々叱られているのに 「どこ吹く風」 で、「父ちゃん、事件てなーに?」
コートを脱ぎながら、「宿題を忘れたのが原因で云々」、と経緯を説明すると 「ふーん、、」
何か、ピンとこないようだ。
宿題どころか教科書をはじめいつも 「忘れ物だらけ」 の長女は、、、、何か納得のいかない顔のまま、寝室に消えて行った。